AV新法の「合憲性」を初判断、東京地裁の判決どう見る? 平裕介弁護士の視点
みずから制作したアダルトビデオの出演女性に、AV出演被害防止・救済法(いわゆるAV新法)で義務付けられた説明をせず、契約書類も交付しなかったとして、同法違反などの罪に問われた映像制作会社代表の男性に対して、東京地裁(安永健次裁判長)は9月14日、懲役2年(執行猶予3年)、罰金150万円の有罪判決を言い渡した。法人には罰金30万円。
弁護側は同法の規定は、「職業の自由」を保障した憲法22条1項に反するとして無罪を主張していたが、安永裁判長は「説明・交付義務の規定は職業選択の自由そのものに対する制限を加えるものとはいえない」と退けた。
2022年6月の施行後、同法違反での立件は初めてで、判決が言い渡されるのも初めてとみられる。憲法訴訟に詳しい平裕介弁護士に判決で注目したポイントを聞いた。
⚫︎弁護側は「無罪」を主張していた
男性は2022年9月、AVを撮影し、インターネットで公開・販売するにあたり、出演した女性3人に法定の契約書などを交付・説明しなかったとして、同法違反の罪(説明義務・交付義務違反)に問われた。
2016年から2022年まで、29本の無修正動画を販売サイト「FC2コンテンツマーケット」で販売した罪(わいせつ電磁的記録媒体陳列罪)の起訴内容は認めたが、AV新法違反では無罪を主張していた。
同法は2022年6月に施行され、契約・撮影・公表まで計5カ月空ける必要があることから、弁護側は施行後5カ月間は収入を得る機会を失うもので、「職業選択の自由」への強い制限だとうったえていた。
しかし、判決は、起訴内容の事実を認定し、同法の規定は違憲ということはできないと結論づけた。
弁護士ドットコムニュースの取材に、男性の弁護人は控訴を検討するとの考えを示した。
●【判決の注目ポイント】「AV新法の規定の違憲性」を「慎重に決すべき」としている
憲法訴訟に詳しい平裕介弁護士に、今回の判決の評価を聞いた。
--判決をどのように評価しますか
判決は、「職業の自由」(憲法22条1項)の違憲審査について「慎重に」判断すべきとした点などは評価できるものの、その当てはめが現実と乖離したものである点には問題があるものと言わざるを得ません。その理由を説明していきます。
判決は、性行為映像制作物を制作・公表する者の事業(AV制作公表事業者)を「職業」(憲法22条1項)であるとの前提のうえでAV新法の憲法適合性を審査しているので、AVの事業者が事業を行う自由は憲法で保障される「職業の自由」(職業選択の自由、職業遂行・営業の自由)に当たることを確認したものといえます。
このことからすると、事業者と出演契約を結んでAVに出演する者の出演行為もまた、憲法22条1項で保障された「職業の自由」であることが認められたともいえるのではないでしょうか。
事業者に対する刑事事件なので、判決はこの点を明言していませんが、判決の中で明言しても良かったと考えられます。
このように、AV新法は、事業者と出演者の基本的人権を制限する法律ですから、判決は、AV新法の規制の合憲性について、規制の目的、必要性、内容や制限される「職業の自由」の性質、内容及び制限の程度を比較衡量した上で「慎重に」決すべきと判示しています。
その上で、数少ない法令違憲判決として著名な薬事法違憲判決(最高裁大法廷昭和50年4月30日判決民集29巻4号572頁)を引用しつつ、(1)規制の目的が「公共の福祉に合致」するか、(2)規制手段の具体的内容及び必要性と合理性につき、合理的な立法裁量の範囲にとどまるものか、の2点を検討しています。
薬事法違憲判決には「慎重に」というキーワードがあり、同判決よりも緩やかに違憲性を判定したと解される小売市場事件判決(最高裁大法廷昭和47年11月22日判決刑集26巻9号586頁)には「慎重に」というキーワードがないので、今回の判決がAV新法の規定の違憲性を「慎重に」検討すべき旨明言した点は一定程度厳格に違憲審査をすべきだと述べたものと理解できることから、「職業の自由」の保障の観点から評価されるべきことでしょう。
●判決はAV出演者の「自己決定権」に言及した
以上の判断枠組みの当てはめに関して、今回の判決は(1)規制目的が「公共の福祉に合致」するかという点について、AVへの出演を熟慮する機会を与えることにより、「出演者の性に関する自己決定権を保障する趣旨」と解されると述べ、AV新法には文言のない「自己決定権」に言及しました。
この「自己決定権」とは、個人の人格的生存にかかわる重要な私的事項を公権力の介入・干渉なしに各自が自律的に決定できる自由をいうものであり、憲法13条で保障されるいわゆる「新しい人権」の一種です。
これは、出演者が契約の内容等を十分に理解した上で契約締結を判断できなければ、AVへの出演が「出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害を生じさせるおそれがある」ものの、他方で、出演者が契約の内容等を十分に把握できる場合には、憲法で保障された「自己決定権」により出演者が権力に干渉されることなくAVに出演できることを確認した面がある判示だと言えます。
また、このような理解からすると、上記のように、仕事として出演する場合にはAV出演者が(自己決定権及び)「職業の自由」を行使することになると解されます。
このように、判決がAV出演者の性に関する「自己決定権」に言及した点も見逃せません。
さらに判決は、(2)規制手段の点について、相応の「必要性、合理性」が認められるとしています。
判決は、直接問題になっていた説明義務規定(法5条1項)と契約書等交付義務規定(法6条)以外の規定にも言及しています。
AV撮影が契約書面交付から1カ月間許されないとする「1カ月ルール」(法7条1項)、撮影終了から4カ月間は公表できないという4カ月ルール(法9条)、公表後も1年間(施行日から2年経過するまでは2年間)は無条件・無理由で解除でき(任意解除、法13条1項、附則3条1項)、解除により出演者は損害賠償義務を負わない(法13条3項)という各規定にも言及しつつ、これらの規定も、「出演者を含め、収入を得る機会が実質的に奪われていたともいい難い」と認定しているのです。
しかしながら、私が書いた「AV新法と職業の自由」(法学セミナー816号・2023年)で引用した文献でも指摘されていることですが、AV新法可決成立後、2022年7月に実施された業界内のアンケート調査によると、「新法後の新規オファーは増えたか?減ったか?」との問いに対し、「減った」と回答したAV出演者は51.9%、「新規ゼロ」は16.7%と多くのAV出演者が仕事を失っており、現実に廃業(引退)に追い込まれた者もいることなどから、本判決は、実態とは異なる事実認定あるいは事実の評価をしたと言わざるを得ません。
判決が本件では直接には問題となっていない条文の規定である1カ月・4カ月ルール等にまであえて踏み込んで判断した点は評価できると言えます。
しかし、事業者や出演者が廃業に追い込まれるなど「職業の自由」の制限の程度が大きいことなどに照らすと、規制手段の「必要性、合理性」のあてはめは慎重さを欠くものであり、「慎重に」違憲審査をすべきと述べた上記の判示と矛盾し、問題があるものと考えられます。
【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。行政訴訟、行政事件の法律相談等を主な業務とし、憲法問題に関する訴訟にも注力している。日本大学法学部・法科大学院、國學院大學法学部非常勤講師。審査会委員や法律相談員、公務員研修の講師等、自治体の業務も担当する。
事務所名:永世綜合法律事務所
事務所URL:https://eisei-law.com/