もしも、公共の場や道路上でのトラブルに巻き込まれたら……?(写真:metamorworks/PIXTA)

アンガーマネジメントとは、1970年代にアメリカで生まれた怒りの感情と上手に付き合うための“心のトレーニング”のことです。「史上最高のテニスプレーヤー」と呼ばれるロジャー・フェデラー選手が取り入れて、大幅に成績を伸ばしたことでも知られています。

実生活に役立てるアンガーマネジメントを安藤俊介氏の著書『[図解]アンガーマネジメント超入門 「怒り」が消える心のトレーニング(特装版)』より一部抜粋し再構成のうえ解説します。

もしも、公共の場や道路上でのトラブルに巻き込まれたら……?

正義感から他人を裁かない

■公共の場のトラブルに関わらないという選択を考える

通勤電車などの公共交通機関で、乗客同士のケンカや駅員への理不尽なクレームなどを目にしたことはないでしょうか。こうした場合、どう対応するのが正しいのでしょうか。

勇気を持ってケンカは仲裁し、理不尽は正すべき──でしょうか。

アンガーマネジメントの立場からいえば、たとえ正義感からであっても、場当たり的にトラブルに関わる、というのは一番やってはいけないことです。

正義感があるのは良いことですが、強すぎる正義感は怒りの感情のコントロールの大きな障害となります。正義感の高い人は、たとえば電車の中でのちょっとしたマナー違反を見過ごすことができません。ずっと見ながらイライラしています。

しかし、「イライラするなら見ない」という選択もあるはずです。見ないでいられないなら、そこから距離を取るという方法もあります。

アンガーマネジメントの基本は自己責任を貫くこと。自己責任とは「自分の感情はすべて自分が決める」ということです。マナー違反や理不尽なクレームなどに対して、不愉快になったり、正義感を発揮したくなるなら、不要に見ない、気にしない努力をすることも、怒りの感情をコントロールする大切な能力です。

自分自身がトラブルに巻き込まれてしまったら、どうすればいいでしょうか。たとえば、すれ違いざまに肩が当たって「なんだよ!」と文句を言われたようなケースです。

このような場合、自分に非がないとしても、さっと一言謝ってしまいましょう。ここで謝れなかったり、謝っても後からイライラしてしまうのは、物事を勝ち負けで考えるからです。

自分が悪くないのに謝ったり、逃げたりするのは「負け」だと感じていないでしょうか。しかし、このようなトラブルに勝ち負けなどありません。謝って逃げたとしても、あなたの価値を落とすことにはならないのです。

勝ち負けという思考から解放されると、人生が楽になります。誤解を恐れずに言えば、「公共のトラブルには関わらない」ことを選択肢に加えましょう。

車の運転中は乱暴行為に走りやすくなる

■ロードレイジの被害者にも加害者にもならないために

2017年6月、東名高速の追い越し車線で悲惨な事件が起きました。あおり運転によって進路妨害を繰り返され、無理矢理に停車させられた結果、後方から大型トラックに追突されたという事件です。運転していた夫婦は帰らぬ人となってしまいました。

この事件のように、運転中に何らかの理由で腹を立てて、過激な報復行動をすること全般をロードレイジと言います。先の事件は、パーキングエリアで停車の仕方を注意されたことに腹を立てたことが、高速道路での報復行動につながったようです。

アンガーマネジメントは1970年代にアメリカで生まれましたが、当時のアメリカはロードレイジが大きな社会問題でした。

なぜ車の運転が特に問題になるかと言えば、運転中は車という道具の力で、自分が偉くなったかのような万能感を抱き、乱暴行為に走りやすくなるからです。さらに、車はプライベート空間なので、その人の本音が表れやすいのです。

まず、自分がロードレイジを仕掛けられたとしたら、絶対に挑発に乗ってはいけません。

ここでも原則は「逃げる」です。とにかくなんとかして、相手から離れることが大切です。

自分がロードレイジの加害者になる可能性も考えておきましょう。実際、多くの人にその可能性があるからです。

日本アンガーマネジメント協会の調査では、90%以上の人が運転中にイライラした経験を持っています。そして、60%以上が危険運転をする可能性がある、という結果が出ています。

「自分が加害者になるなんて、ありえない」と思う人がほとんどだと思いますが、運転中に怒りをコントロールできなくなってしまい、加害者になる可能性は意外に高いのです。

運転をするなら、イライラする場面を想定して、自分にかける言葉を用意する、自分の怒りの尺度を考える、車内や手元に家族の写真を置くなど、本書で学んできた対策を準備しておきましょう。

普通の社会人がネットでは人が変わる

■インターネット・SNSとは適度な距離を取る。やめてもいい

インターネットの掲示板やSNSが炎上することがあります。炎上とは、ある発言に反論や非難が殺到し、収拾がつかない状態のこと。反論や非難というと正当な印象を受けますが、実際は目も当てられないような罵詈雑言が飛び交っています。

ネット上でこうした悪意あるコメントをする人には、30代の普通のビジネスパーソンが多いという調査結果があります。普通の社会人として生活をしていて、悪意をぶつけるようには見えない人が、ネットでは人が変わったかのようになるのです。

「匿名掲示板だから好き勝手書くのだ」と思われるかもしれませんが、実は会社名や実名を明かす必要があるSNSでも、同様の書きなぐったような暴言は多いのです。

このような現象は、インターネット空間では、相手との距離感がなくなってしまうことにも原因があります。距離感や時間感覚が狂うと、人はおかしな行動をしてしまうのです。

結婚40年を超す70代の夫婦間で、40年前の夫の浮気が夫婦げんかのネタになるようなことが起きます。何かの拍子に怒りにとらわれると、時間感覚がなくなってしまうから、40年前のことが昨日のことのように問題になってしまうのです。

同様に、ネットでは距離感が失われます。20年前なら、テレビの出演者は、雲の上の存在でした。遠くの人物だという距離感があったのですが、最近はSNSで、著名人を身近な相手と感じる人も増え、その結果、簡単に悪口や非難が書かれてしまうのです。

被害は著名人に限りません。友人のSNSに自分の悪口が書かれている可能性もありますし、自分の書いた記事に悪意のある書き込みをされることもあります。

気になるならSNSとの距離を取りましょう。私は基本的にSNS経由の知らない人からのメッセージに返信はしません。やめてしまうのも一つの手です。不快な情報にわざわざ近づく必要はないからです。何を書かれても、目にしなければ書かれていないのと一緒です。

■パワハラをしない・されないために

突然、機嫌が悪くなる人が職場にいるのはやっかいなことですが、それが上司ならなおさらです。イライラした態度を取られたり、突然、大声で怒られたりすると、どうしたらよいかわからなくなるのも当然です。これ以上ない大きなストレスを感じるでしょう。

このような人とうまく付き合うには、まず相手をよく観察することです。観察の狙いは、相手のコアビリーフを見極めること。「なぜかこの言葉に反応する」「木曜の午前中はピリピリしている」など、何らかの傾向が見えてきたらしめたものです。相手の「べき」がわかれば、それに触れないように対応できるようになります。

同様に、機嫌が悪くならないパターンがありそうなら、その再現を試みてみるのもいいでしょう。「あの2人はぶつかりやすいけれど、間にAさんが入ると緩衝材になるようだ」というような対応策が見つかるかもしれません。

相手がルールのぶれる人なら、できるだけ受け流すようにしましょう。

アンガーマネジメントは、武道で言うと合気道です。自分から積極的に責めるより、相手の怒りを受け流していくことを優先させます。

パワハラの知識を身につける


最近は、職場でのパワーハラスメントが深刻な問題になっています。私自身も厚生労働省のパワハラ防止対策検討会に委員として参加しましたが、言葉が一人歩きしている現状を実感しました。

というのも、どんな言動がパワハラかがわかりづらいのです。暴力などは別として、精神的なものはケース・バイ・ケース。定義があいまいです。

実際、アンガーマネジメント協会のアンケートによると、パワハラをする側がパワハラと認識する案件は16.7%。対してされる側は53.8%。実に3倍ほどの開きがありました。パワハラのむずかしさを表す結果です。

だからこそ、何がパワハラで、何がパワハラでないのかの「知識をつけること」が、パワハラをしない、されないための実践の第一歩です。

(安藤 俊介 : 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 代表理事)