■中国全土を揺さぶった異例の抗議活動

習近平氏の3期目入りが決まった中国共産党大会をめぐり、中国国内で異常が起きた。共産党の厳しい統制が行き届く同国において、めずらしくデモが相次いたのだ。

北京の大通りを跨ぐ高架橋には10月13日の朝、抗議の横断幕が掲げられた。無理なゼロコロナ政策を代表とする指導部の締め付けを批判し、しわ寄せにあえぐ市民の苦しみを代弁したものだ。同時に独裁を続ける習近平政権に対し、退陣を迫るものとなっている。

写真=時事通信フォト
2022年10月13日、中国・北京市内の高架橋に掲げられた習近平政権を批判する横断幕[ツイッターより] - 写真=時事通信フォト

赤字でしたためられたこの横断幕は、米CNNおよび英ガーディアン紙などによると、次のように訴えている。

「PCR検査ではなく食料を。ゼロコロナでなく生活を。戒厳令にも似たロックダウンではなく自由を。嘘ではなく品位を。文化大革命ではなく改革を。独裁ではなく投票を」

最後に文章は、こう訴えている。「そして、奴隷ではなく、市民でありたい」

現場は北京中心部にある主要な交差点であり、横断幕はその上に架かる四通橋にはためいた。オーストラリア放送協会のビル・バートルズ東アジア特派員は、事件の顚末(てんまつ)を収めた写真と動画をTwitterに投稿している。

投稿において氏は、「このようなささやかな抗議行動はほかではとくに大きな注目を集めることもないが、北京では……」とつづり、中国においては極めて異例のデモであるとの認識を示している。

■活動家は逮捕され、消されてしまった…

事件発生は、習近平国家主席が再選をもくろむ党大会の3日前という、指導部が神経をピリつかせているタイミングだった。独裁体制を長年続けてきた習氏を痛烈に批判する目的でこの時期をねらったとみられる。

現場には同時にもう1枚、別の横断幕が掲げられている。習氏を「独裁者」「国賊」などと批判しながら、政権の終焉(しゅうえん)に向け、労働や学業のストライキを求める内容だ。通行人の注目を集めるため、横断幕を掲げた陸橋の上ではタイヤが燃やされ煙が立ち昇った。

2枚の横断幕は駆けつけた警官によって取り外され、タイヤの火もまもなく消し止められた。警官により、横断幕を設置した男は即座に拘束された模様だ。

フランスの国際ニュースチャンネル「フランス24」は、次のように報じている。「この活動家はのちに逮捕された。現在のところ彼がどのような処遇を受けたのかは、誰も知らない」

■「新たな天安門事件」、ネットでは検察不可に

身体を張った政府への無言の抗議という性質から、本件は歴史に悪名高い一件になぞらえ、「新たな天安門事件」とも呼ばれている。

1989年の天安門事件で戦車の前に立ちはだかった無名の男、通称「タンクマン」にちなみ、人々は高架橋の男を敬意を込めて、「ブリッジマン」の異名で呼ぶようになった。一部報道によるとこの抗議者は、彭立發(ペン・リーファ)という名の47歳男性だとされている。

写真=iStock.com/KingWu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KingWu

拘束後の男の消息はわかっていない。ガーディアン紙は「まず間違いなく最高指導者の怒りを買い、デモに関して重罰が下る結果となるだろう」と述べ、デモ首謀者の身の上を案じている。

記事はさらに「これほどまでに大胆な抗議行動は中国では異例中の異例であり、(党大会という)政治的緊張を伴う行事の前ともなればなおさらだ」とも指摘する。

皮肉なことにこの抗議行動により、中国共産党による悪名高い検閲施策が強化された。ブルームバーグの報道によると、四通橋の事件に言及したページが検索結果から除外されている模様だ。

加えて、耳を疑うような規制が敷かれた。遅くとも事件翌日の10月14日の時点ですでに、「北京」という単語での検索を不可とする措置が導入されたという。ブルームバーグはこの対応について、「極端な措置」だと非難している。

■消えた「ブリッジマン」の意志が広がる

横断幕を外され身柄を拘束されてしまった男だったが、単騎行ったデモは大きな成果を生んだ。

抗議文は橋上から撤去されたが、その様子を複数の通行人が写真や動画に捉えた。映像はソーシャルメディアで共有され、わずか数日のうちに多くの人々の目に触れることとなる。

抑圧されていた中国全土の人々は動画を視聴し、男の行動に大いに感銘を受けた。結果として現在では、同じスローガンを使った抗議行動が中国全土で見られるようになっている。人々はゲリラ的にビラを掲示し、壁への落書きを通じてスローガンを共有し、そしてネット上でも啓蒙活動を繰り広げている。

「PCR検査ではなく食料を……独裁でなく投票を……」とのメッセージは困窮する市民の琴線に触れ、切実な願いを共有する同志の輪が広がっているようだ。

党指導部の傲慢さを中国社会に問うという意味において、おそらくブリッジマン本人すら想像し得なかったであろう成果が中国じゅうに響き渡っている。

■「便所の落書き」による反政府運動

ブリッジマンの横断幕に刺激された一連の抗議は、「トイレ革命」と呼ばれる。草の根レベルの反政府運動だ。

「トイレ革命」とは奇妙な命名だが、これは反政権の意思を人知れず広めたい民衆が、トイレの壁への落書きなどを通じてメッセージを広めていることに由来する。

中国の著名ライターである方舟子氏はツイートを通じ、抗議メッセージの落書きの一部を紹介している。北京の映画アーカイブのトイレや上海の公衆トイレなど、中国各所で発生したとされる抗議行動の実例だ。

いずれもゼロコロナ強行路線の撤廃と習近平氏の退陣を求める内容となっている。壁にスプレーで大きく書かれた文からは、「独裁」「国賊」「核酸(PCRテスト)」などの文字を読み取ることができる。

写真=iStock.com/Graeme Kennedy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Graeme Kennedy

落書きのほか、人目につかぬようポスターを掲示し、素早く立ち去るという手法も多用されている。米CNNは、早朝に大学構内の掲示板に近づき、反習近平のポスターを貼り付けた大学生の例を報道している。

意外にもこの例は、中国国内で発生した事例ではない。ロンドンの大学校内において、中国人留学生有志が実行したものだ。中国共産党批判のポスターは国境を越え、このように世界に拡散している。

中国からの留学生は海外生活中であっても、同国が世界に張り巡らせた監視網の管理下に置かれている。このため本国と同じく、抗議活動への熱が高い。

米メディアのヴァイスは、同様のポスターがオーストラリア、日本、カナダ、イギリスにアメリカなど、世界各国の250の大学に出現していると報じている。

■共感する民衆「大それたことはできないが、小さなことなら」

「トイレ革命」の例は尽きない。ニュース専門局のフランス24によると、電車やバスの手すりなど目につきやすい箇所に、抗議メッセージを刻んだ小さなステッカーが見られるようになったという。

安価なポータブル型プリンターでメッセージ入りのステッカーを印刷し、公共の場所に残すという手法だ。実際にステッカーを制作し公共の場に貼っているという活動家は、フランス24に対し匿名で次のように語っている。

「私に大きな力はありませんが、小さな力ならあります。(ブリッジマンのように)大きな横断幕を作る勇気は出ませんが、小さなものなら作れます」

小さなステッカーを素早く貼ってその場を立ち去ることで、当局に拘束されるリスクを最小限に抑えながら、抗議の草の根活動を実行することができるのだという。

テクノロジーを活用したメッセージの発信方法も編み出された。ヴァイスは、iPhoneのAirdrop機能を使った抗議運動が広がっていると報じている。

Airdropは近くにあるiPhone同士で、画像などを送受信する機能だ。互いに連絡先を交換している必要はなく、相手先の受信許可設定によっては、近くにいる見知らぬ他人にファイルを届けることもできる。

中国のソーシャルメディアで「橋」や「勇気」などが検閲対象となるなか、Airdropを使って習近平政権の幕引きを願うポスター画像を拡散し、反政府運動の拡大が図られている。

写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

■習近平の退陣求める声、ついに党内からも

習近平政権への批判は高まる一方であり、政府対民衆という構図さえ崩壊しつつある。ついには中国共産党内からも、極端なゼロコロナへの反発が出始めた。

米国営ラジオニュース局のボイス・オブ・アメリカは、党内の革新派が仕掛けたとみられる「三反運動」がネットを席巻していると報じている。強制的なコロナ検査、都市丸ごとの隔離措置、そして国を後退させること。この3点への反意を宣言する内容だ。

海外からの反発も高まる。記事によると民主化を標榜する海外有識者らは、「習近平に退陣を迫る請願書」と題した公開書簡を発表した。コロナ発生当初の隠蔽(いんぺい)から香港・台湾問題までを含め、習近平政権による権力の濫用を厳しく糾弾するものとなっている。

■アカウントを次々閉鎖…横断幕事件の締め付けを徹底

デモ機運の拡大に、中国共産党は神経を尖らせている。厳しい弾圧を実施し、反政府のうねりに歯止めをかけようと必死だ。

中国共産党は以前から、公の場で国家への不満を口にする人々に対して過剰なまでの罰を与えている。ブルームバーグは、2018年に中国指導者の描かれた看板にペンキをかけた女性がその後、精神病棟へ収容されたと報じている。

また、英フィナンシャル・タイムズ紙はブリッジマンの一件に絡め、不動産で財を成した任志強氏の例を振り返っている。2年前、習近平政権のコロナ対応を批判した任氏に対し、汚職容疑を建前とした18年の禁固刑が科された。

四通橋の件も例外ではなく、果敢にも横断幕を掲げたブリッジマンの身が案じられている。さらにはこの実行者のみならず、動画の拡散に協力したユーザーらも処分の対象となったようだ。

ブルームバーグによると中国テンセント社は、同社が運営するソーシャルメディアのWeChatとQQにおいて、四通橋の画像を共有したユーザーのアカウントを永久的に停止した。

フィナンシャル・タイムズ紙は、WeChatおよび中国版TwitterのWeiboにおいて、「数千人のユーザーアカウントが無効化された」と報じている。あるユーザーは同紙に対し、決済以外のすべてのサービスが無効化されており、サービスの停止措置は「決して解除されることがない」と窮状を訴えた。

停止措置を受けたユーザーは、結果として家族・友人とのチャット履歴や共有された写真などを失う。あるデザイナーは記事に対し、「多くの人々とのつながりを失いました。思い出も喪失しました。可能性を失ったのです」と唇を噛む。

■権力のためならどんな手段もいとわない強権ぶり

消された人は、何もSNSのアカウントや一般市民だけではない。

中国の胡錦濤国家主席、2011年11月2日(写真=The Press Service of the President of Brazil/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

党大会の最終日。胡錦涛前国家主席が途中退席する一幕があった。海外メディアが大きくに報じる一方、中国国内では報じられなかった。ロイター通信は、中国版TwitterのWeiboで、胡前主席の名前を含む投稿やコメントが検索できなくなったと報じた。

中国国営の新華社通信は10月22日夜、ツイッターの英文アカウントで「この式典(閉会式)中に彼(胡錦涛前国家主席)が体調を崩すと、健康担当の職員が会場に隣接する部屋まで付き添い、休憩を取らせた」と投稿した。今度はツイッター上で、同様の趣旨を発信する謎のアカウントが大量に表れる異常な現象も発生した。

3期目留任を決めた習近平氏は、悪びれることなく自身の派閥で固めた人事を発表し、以前にも増して独裁色を強めている。もはや指導部内には強行的な政策を止める人物がほぼ存在せず、タカ派路線と民衆の抑圧に歯止めがかからない。3期目どころか、生涯にわたってトップに君臨し続ける意向ではないかとの疑念もささやかれるほどだ。

トップダウンの締め付けで政権の安定をねらう習氏だが、民衆の不満は高まる一方だ。ここ数年では反政府運動の展開が極めて限定的であったが、ついに市民の我慢も限界に達したようだ。身を挺して中国社会の異質さを訴えたブリッジマンをきっかけに、政権への疑念が人々の心にたぎりつつある。

10月13日の朝、高架橋にはためいた抗議のメッセージ。横断幕とくすぶる煙はそのまま、民衆による反旗と反撃ののろしとなるだろうか。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)