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霞ヶ関にある東京高等・地方・簡易裁判所合同庁舎は、事件の当事者だけでなく、日々、多くの傍聴人が集まる。そのなかでもひときわ有名な傍聴マニア・A氏の姿がぱたりと見当たらなくなったのは今年初め頃のこと。

そしてその数カ月後、A氏はある事件の被告人として懲役1年10月の刑が宣告された。普段なら傍聴席にいたはずの彼がなぜ、被告人席に座ることになったのか。(ライター・高橋ユキ)

●都内のコインランドリーで放尿、脱糞、そして…

有名な傍聴マニア・A氏の姿がぱたりと見当たらなくなったのは、今年の初め頃だった。普段の彼は毎日裁判所に通い詰め、朝から夕方まで熱心に傍聴しているため、姿が消えればすぐに分かってしまう。

霞ヶ関の傍聴人らが彼の動向を気にするのには訳があった。

A氏はこれまで詐欺行為などを繰り返しており、前科は16犯。出所すればすぐに、傍聴人として霞ヶ関に舞い戻るが、やがてまた逮捕され、服役する。刑務所と裁判所を行ったり来たりしていることから、いつしか有名傍聴人に。

そのうえ、気に入らない特定の傍聴人を目にすると「出てけーっ!」など大声で怒鳴りつけることは日常茶飯事。何かあればすぐに110番通報し、警察を出動させる。なにかとお騒がせの傍聴人なのだ。

そんな彼が今年初めから姿を見かけなくなっていたのは、やはり逮捕されていたからだった。

「これまで彼は、日本各地の菓子製造会社に電話をかけては『髪の毛が入っていた』と嘘をつき、お詫びのお菓子と金銭を送らせる“髪の毛詐欺”でたびたび逮捕、服役していたのですが、今回の事件はそれとは違いました。都内のコインランドリーで放尿、脱糞し、排泄物を防犯カメラのモニターに塗りたくったというのです」(ある傍聴人)

●「イライラして尿や大便を……解消するためにやっています」

建造物侵入と器物損壊で起訴されたA氏の公判は東京地裁で今年3月から5月にかけて開かれた。

起訴状などによれば、A氏は昨年(2021年)12月の午前5時ごろに都内のコインランドリーで排泄し、その便を防犯カメラのモニターに塗ったという。さらにその2日後の同時間帯にも同じコインランドリーに侵入し、同様の行為に及んだ。「除しても汚物はとれず交換した」(店舗の調書)といい、被害額は約15万円にのぼる。

初公判の罪状認否でも、読み上げられた調書でもA氏は犯行を認めていた。

「モニターに大便をつけました。イライラして尿や大便を……解消するためにやっています」(A氏の調書)

同じコインランドリーに二度侵入し、便をモニターになすりつけるというA氏の行為は、店に金銭的被害を与えている。恨みはなかったのか。4月の第2回公判、被告人質問でこれを問われたが「狙ったのではなく、たまたま」だったと答えた。あくまでもイライラしていたために、たまたま通りかかった店で、犯行に及んだのだという。

被告人 「ちょっと、変わってるっていうか、イライラしたとき、衝動が、抑えられなくなって」
検察官 「イライラは解消するのですか」
被告人 「いや」
検察官 「少しは、すっきりするのですか」
被告人 「はい」

冬の明け方、なぜA氏はそんなにイライラしていたのか。彼は法廷で、筆者はじめ特定の古株傍聴人などを名指しして語り始めた。

「清掃員、ガードマン、あとB、高橋、C ……ブログに書かれ昔からずっと載せられてる。要するに馬鹿にされてる。Bさんと高橋が一緒になって……」

A氏は、筆者含む特定の傍聴人や、裁判所の清掃員らが手を組んで、ブログで悪口を書き連ねているという思いに囚われ、イライラしていたのだという。もちろん、これは事実無根である。

しかし筆者はA氏から「俺のことブログで悪口言ってるだろう!」と、会うたびに怒鳴られていた。否定してもまったく信じてもらえないため、裁判所で鉢合わせしないように隠れながら傍聴してきた。別の古株傍聴人に至っては法廷内でもたびたび怒鳴られており、ときに「殺してやる!」と恫喝されていた。

 ●「また刑務所へ行くとは思わなかったんですか?」

そんなA氏は詐欺のほかにも、簡易宿泊所でテレビに尿をかけるなどした器物損壊の前科がある。これについて被告人質問で検察官が聞いた。

検察官「これまでも、テレビに小便……また刑務所へ行くとは思わなかったですか?」
被告人「はい」
検察官「今回また行くとは?」
被告人「それは、分かってたと思いますが」
検察官「分かっていたのになぜ?」
被告人「どうしても、抑えきれなかったから」

検察官は「常習性があり、不快」としてA氏に懲役2年6月を求刑。弁護人は、過去にA氏が「軽度精神遅滞」と診断されたことがあるとして、寛大な処分を求めていた。5月に言い渡された判決は懲役1年10月。すでに彼は服役中だ。来年にはおそらく、霞ヶ関に戻ってくる。出所後に医師の診察を受けたいとも語っていたが、これが守られるかは分からない。

もともと筆者はA氏から「清掃員やガードマンらと共謀し、ブログで悪口を書いている犯人」だと決めつけられてきた。霞ヶ関に戻って来たA氏から、また同じように怒鳴られることは、おそらく避けようがない。この記事を、A氏がいつか目にする日が来るだろうが、たとえ記事を書かずとも、怒鳴られるのであれば、記事にして、現状を伝えたいと考えた。

さらに、霞ヶ関の裁判所では、盗撮が横行している。目的は不明だが、一部の傍聴人が、開廷表だけでなく裁判所構内にいる傍聴人らを盗撮し、いまも匿名掲示板にアップし続けている。

このA氏の公判には、極左暴力集団や暴力団関係、活動家などの公判で使われることが多い「警備法廷」という429号法廷が使われた。一部の傍聴人らの盗撮を警戒したのではないかといわれている。

傍聴しているだけで怒鳴られ、またその姿を盗撮される霞ヶ関の裁判所の治安は今後どうなってゆくのか。不安を抱えながら、これからも取材を続けてゆく。

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)、「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)など。好きな食べ物は氷。