タイやベトナムなどの東南アジアで日本人男性によるセクハラ社会問題となっている。フリージャーナリストの泰梨沙子さんは「アジアの経済発展によって、人々の人権意識が高まり、これまで抑え込まれていたセクハラが明るみに出るようになった。日本企業も人権意識をアップデートしなければ、これまで築いてきた信用と国際競争力を失ってしまう」という――。

■「25歳エロ系デパート販売員」として動画を無断投稿

「日本人男性に、何度も卑猥な質問をされ、その様子を撮影した動画を無断でYouTubeにアップされました。ほかにも被害者が大勢います。助けてください」

今年2月、Twitterを通じて、タイ人女性のAさんからこんな相談が届いた。

早速、メッセージに添えられたURLをクリックしてみると、「おっさんタイ語も英語も話せません 25歳エロ系デパート販売員」と書かれたサムネイルが目に入る。

動画を再生してみると、若いタイ人女性の姿が映っている。

その女性こそ、前述のAさんだという。

日本人男性に無断で公開された動画。実際の動画はAさんの顔が映っていた。

動画には、初老の日本人男性B氏が登場し、Aさんに対して、「セックスは好き?」「今夜ホテルに来る?」「サービスいいの?」といった、複数の性的な質問を繰り返していた。

「この男性とは出会い系アプリで知り合いました。食事をしていると、日本の友達に君の動画を送りたいと言われ、突然撮影が始まりました。卑猥な質問をされても受け流していましたが、その後友人から、あの動画がYouTubeで配信されていると聞きました。無断でこんな動画を公開するなんて、本当に怒りが収まりません。日本人は礼儀正しい人たちだと思っていたのに」(Aさん)

■「侮辱罪」として刑事罰を受ける可能性も

その後、AさんがLINEを通じてB氏に動画の公開中止を求めると、B氏は軽い謝罪とともに動画を削除する。

ただ、このB氏のチャンネルには当時、Aさんとは別の複数のタイ人女性たちが、同様に顔出しで卑猥な質問を受ける動画が、ほかにも数本アップされていた。

これがTwitterで問題提起され、在タイ日本人の間からも批判が相次ぎ、B氏は動画をすべて削除する事態に追い込まれた。

ただ、一部の視聴者は、そうした事情を分かっていながら、「面白い。もっと見たい」「うらやましい」というコメントを残しており、一部の日本人の人権意識の欠如ぶりを明るみに出した。

現地タイの弁護士は、「本人の許可なく勝手に動画を撮ることは、日本と同様にプライバシーの侵害になる」と、動画の違法性を指摘する。その上で、「辱めを受ける動画を勝手に不特定多数に見せたり、インターネット上で配信したりすることは侮辱罪にあたり、刑事罰の対象になる」と警鐘を鳴らす。

■「東南アジアをばかにする日本人」に厳しい目

いま、東南アジア各国で、日本人によるセクハラ被害が多数報告されている。

SNS上には、被害に遭った現地女性の怒りの声が噴出、日本人の印象が悪化する事態に発展している。

なぜ、東南アジアで、日本人による性被害が多発しているのだろうか。

その背景には、男尊女卑やアジア人軽視といった、日本に古くから根付いた価値観があると考えられる。

タイで30年以上暮らしている、ある日本人男性(60代)は、「過去の経済的な栄光を忘れられない日本人の中には、いまだに東南アジアをばかにしている人もいる」と指摘する。

タイではここ数年、SNSを中心に、このような日本人による女性への性被害が度々話題になっている。

2020年には、在タイ日本人らが、タイ人女性をナンパし、ホテルに連れ込めるかどうかを競い合うという動画がTwitter上で炎上。動画の内容が日本語からタイ語に訳されたことで、タイ人からも多くの批判が相次いだ。

■「Z世代」の登場で告発が増加

歓楽街が発展しているタイは、昔から「女性を安く買える国」というイメージがつきまとい、外国人と現地女性のトラブルが後を絶たなかった。

だがかつては、そうしたトラブルが表沙汰となることは少なかった。

なぜ、近年、こうした性被害の告発が大炎上するようになったのだろうか。

理由の一つは、タイを取り巻く環境の変化にある。

経済成長が続くタイでは、中間所得層が拡大し、人々の暮らしや考え方も近代化してきている。

特に1990年半ばから2010年代初頭に生まれた、いわゆる「Z世代」は、その多くが大学まで進学しており、人権問題をはじめ、社会問題に対する関心が高い。そこにスマートフォンやSNSの普及が相まって、問題や被害の告発が拡散しやすくなり、前述の炎上につながったと考えられる。

■ベトナムで「日本人男性の謝罪動画」が1万シェア

こうした問題は、タイだけにとどまらない。

特に、最近、性被害の告発が目立っているのは、ベトナムだ。

今年4〜5月の連休中には、ベトナムにおける入国制限が緩和された影響で、ベトナムに向かう日本人が増えた。

と同時に、ベトナム人女性に対する盗撮や、強引な売買春の勧誘など、複数の性被害が現地で炎上した。

そのうちの一つが、次に紹介する「飛行機内盗撮事件」である。

現地報道や盗撮被害に遭った女性のSNS投稿によると、その被害女性は、ベトナム国内便の機内で、たまたま隣に座った日本人男性から盗撮されていることを、別の搭乗者から知らされたという。

その後、その日本人男性に、撮影した動画を見せるように要求したものの、男性が拒否。この日本人男性は、盗撮したこと自体を否定し続けた。

■普通のベトナム人に売春を持ち掛け炎上

その後、被害女性は、航空会社の職員などの協力を得て、この日本人男性を問い詰め、盗撮動画を確認する。男性のスマートフォンの中には、女性が寝ている間に撮影された、足など全身の映像が複数あった。

発覚後、被害女性は、日本人男性に対して、立ち上がって頭を下げて謝るように要求。

その謝罪の様子や、機内での一連のやり取り、盗撮された動画などがFacebookに投稿されると、瞬時に拡散され、ベトナム国内を中心に1万件以上シェアされた。

盗撮したベトナム人女性に謝罪する日本人男性

投稿を見たベトナム人からは、「日本人は自分たちが想像できないほど変態なんだな」というあきれ声や、「日本文化は好きだが、一部の無神経な日本人の行為にはがっかりだ」といった落胆の声が相次いだ。

これとほぼ同時期に、別の事件も発生している。

ある日本人男性が、ベトナムのコンビニで、そこにいたごく普通の一般女性に、売春を持ち掛けた。すると、この女性が怒って日本人男性を殴り、警察が呼ばれる事態となった。

ただ、警察がやってきた後も、この日本人男性が何ら悪びれることなく、ヘラヘラ笑っている様子がSNS上で拡散され、大炎上してしまった。

売春を持ちかけ警察沙汰になるも余裕の笑みを見せる日本人男性(後方左)これらの事件によって、ベトナムにおける日本人のイメージが、大きく悪化したことは言うまでもない。

■「セクハラに耐えられない」親日タイ人女性の悲鳴

こうした性被害の問題は、東南アジアに進出する日系企業の人材採用にも影を落としている。

日系企業で働いていたタイ人女性からは、「飲み会でのお酌の強要や、肩を抱かれるといったセクハラに耐えられなくなった」「上司に夜の誘いを何度も受け、苦痛になり退職した」といった声も聞こえてくる。

日系企業で働く彼女たちは、日本の文化が好きで、大学で日本語を専攻するなど、時間とお金をかけて日本語を学んできている。

だが、セクハラ被害に遭ったタイ人女性らは「もう日本企業で働きたくない」と口をそろえる。

企業の国際競争が厳しさを増す中、日本企業はこうした親日で優秀な人材を、その「人権意識の欠如」のせいで、失っている事例もあるのだ。

■「古い価値観」から脱却しなければ中国・韓国に負ける

アジアの新興国が台頭する中、海外に進出する日系企業をとりまく環境は、大きく変化している。

「1990年代、タイで優れた会社といえば日系企業だった。いまはタイでも経営がしっかりしている会社が増えており、欧米や韓国、中国の会社にも、魅力的な会社はたくさんある。相対的に、日系企業以外の選択肢が増えている」。

タイで日系企業向けに人材紹介を行う、パーソネルコンサルタントの小田原靖社長は、そう指摘する。

そうした中で、セクハラやパワハラといった労働問題に加えて、「一律昇給や年功序列のような日本独特の制度が、外国人材獲得の足かせになっている側面もある」と指摘する。

日本では高齢化、人口減少が続き、国力の低下が懸念されている。

そうした中、日本企業が生き残るためには、海外での新規市場開拓や、海外事業展開を加速せざるを得ない現状がある。

一方、現在のように、ネット社会が発達すると、不適切な行為があれば、すぐネット上で炎上してしまう。

それがきっかけで、一企業のみならず、国全体のイメージが悪化してしまうことも考えられる。

そうした状況の中、個々の日本人、日本企業ともに、古い価値観から脱却し、人権意識をアップデートしなければ、大炎上は今後も続くだろう。

日本人のイメージをこれ以上悪化させないためにも、海外におけるコンプラ意識をより高めることが求められている。

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泰 梨沙子(はた・りさこ)
フリージャーナリスト
共同通信グループ系メディアのタイ駐在記者を務めたのち独立。現在はフリージャーナリストとして、東南アジア圏の経済情報や、現地の社会問題、ミャンマー難民問題などを取材。『週刊エコノミストオンライン』『新潮社フォーサイト』『AERAdot.』等に寄稿している。
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(フリージャーナリスト 泰 梨沙子)