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ツイッターの検索で過去の逮捕歴が表示され、人格権を侵害されたとして、削除を求めていた裁判の上告審で、最高裁は6月24日、削除を認めなかった二審判決を破棄して、ツイッター社に削除命令を出した。

この判決に賛成する補足意見として、草野耕一裁判官は、実名報道について、「隣の不幸は蜜の味」という言葉を用いて、「人間には他人の不幸に嗜虐的快楽を覚える心性があることは不幸な事実」だとして、否定的な見解を示した。

この判決を通じて、改めて実名報道について注目が集まったが、弁護士たちはどう考えているのか。刑事弁護で多くの実績がある高野隆弁護士は「前科や逮捕歴はプライバシーじゃない。今後の日本の表現の自由に悪影響を与える判断だ」「結局は愚民思想」と、強く批判している。

●高野弁護士「前科や逮捕歴はパブリックレコード」  

この発言は、7月5日におこなわれた弁護士ドットコムのオンラインイベント「裁判報道の裏側〜メディアと弁護士の攻防」の中で出た。

高野弁護士は次のように最高裁判決を批判した。

「前科や逮捕歴はパブリックレコード、公的記録の典型例だと思うんですね。それは誰でもアクセスできなければいけないと思っています。

ところが、『逆転』事件(編集部注:傷害致死事件を描いたノンフィクション作品『逆転』で、実名で前科を書かれた人物が、著者に対して訴訟を起こし、1994年に最高裁がプライバシー侵害を認めた)というのがあって、被告人を実名で書いて、前科は他人に知られたくない情報だから保護されるべきだと言って、著者に不法行為責任を認めた。これが一つのルールになってしまいました。知られたくないことは全部プライバシーなんだということです。

しかし、逮捕や捜査といった、国家権力の機構の中核部分に関わるものは、プライバシーと言ってはいけないと思います。

今回の最高裁判決は、『逆転』事件判決と同じぐらい、今後、報道の自由に対する大きな萎縮効果をもたらすんじゃないかなと思います」

●亀石弁護士「デジタルタトゥーは残り続ける」

これに対して異論を唱えたのが、大阪府警GPS捜査違法事件の弁護人などとして知られる亀石倫子弁護士だ。

「前科の情報が、ネット上にずっとデジタルタトゥーという形で残り続けて、更生して新しい人生を送ることを阻害しているということで削除請求がされて、忘れられる権利のような形で主張されています。今の日本社会で、デジタルタトゥーとして残り続けることによって受ける弊害を考えると難しいなと思っています。『消したい』ということもわかります」

ところが、高野弁護士は止まらない。

「まずね、現実の社会生活に障害が出るのかってことなんですよね。要するに『逆転』事件の判決もそうですけれども、結局、裁判所がおもんぱかったのは、その人は既に東京に来ていて、家庭を持っていて、別の仕事をしている。その人の生活空間の中の平和を守る必要があるんだ、ということです。

今回の逮捕歴についても同じような事実関係だと思うんですね。それによって何か攻撃をされたりということではなくて、逮捕歴や前科を周囲の人に知られずに生活している環境を守るんだという意味合いですよね。私はね、それはパブリックレコードへの市民のアクセスを否定する理由にはならないだろうと思うんです。

逮捕された、あるいは有罪判決を受けたっていうのは事実であり、しかも犯罪に関わる国家権力の行使に関わる出来事ですから、それをプライベート・ライフっていうのはもう明らかに間違ってる。

みんながアクセスできる情報の一部であって、それを前提にね、社会を組み立てていかないといけない。『忘れられる権利』、つまり、他人の記憶を制約する権利などというものを認めてはいけないと私は考えます。それは個人の都合で歴史を改変するということです。そこまでの権利を与えるのは、やはり間違いだと思うんですね。

それよりも、かつて逮捕されて有罪判決を受けた人が今はきちんとした生活をしていますという情報の提供、対抗言論、モアスピーチを重ねることによって、社会を変えていくという方向が正しいと私は思ってます」

●鴨志田弁護士「理解と寛容の社会になっていない中で事件が起きている」

大崎事件の弁護人として、再審を求め続けている鴨志田祐美弁護士は「今の社会がそういったもの(逮捕歴などの情報)に対して理解と寛容という形になっていくためには、教育を含めて、もっともっとやるべきこともある。それが現実に全くされてない中で、事件が起こってるわけですよね」と釘を刺し、今回の草野裁判官の補足意見に言及した。

この草野裁判官の補足意見について、高野弁護士は「それって結局、愚民思想でしょう。つまり、自分(裁判官や検察官や弁護士や警察官など)は逮捕歴の情報を得ても平気です。だけど、一般国民はこういう情報を見せたら、ろくでもない、下衆な反応をする。その補足意見では『隣の不幸は蜜の味』って言ってますけど、それは全く愚民思想であってね。国民に対する情報統制をすること(情報を知らせないこと)によってこの国の道徳は守られてるんだっていう、そういう発想ですよ」と批判が続いた。

●「便所の落書き」は気にしなければいいのか

イベントでは、最高裁判決をめぐるやりとり以外でも、高野弁護士と、亀石弁護士・鴨志田弁護士との間での温度差が目立った。

たとえば、高野弁護士はネットの中傷には「モアスピーチ」、反論で返せと訴える。 そう語るのは、弁護人の立ち会いや黙秘権など被疑者の権利保護を進めた「ミランダの会」代表を務めていた経験からだ。

オウム真理教による地下鉄サリン事件の弁護活動では、電話は鳴りっぱなし、脅迫状も来た。新聞や弁護士団体からも批判され「国民総バッシング」のような状態だったという。 それでも被疑者・被告人の利益のために闘ってきた。

「しょせん便所の落書き。炎上っていっても実際に燃えてるわけでも何でもない。こんなの大したことないんだとアドバイスできる弁護士が、(被告人の)そばにいるっていうことは必要なこと」「私の懲戒請求した人の実名をブログに書いたら、運営会社から削除された。しかし、それがおかしいっていうことをね、やっぱり言うべき」

これに対して、亀石弁護士からは違和感の声があがった。

「(中傷の)言葉を浴びせられると、すごく気がめいる。消したくなる気持ちもわかるし、(反論するのが)理想ではあるんですけど、今の日本でできるかっていうと、すごく難しい」

また、匿名でしか訴えられない依頼人がいることを紹介し、現在の日本社会では全て公開は難しいとの認識を示した。

●報道されることの弊害か、国民の知る権利か

少年事件を扱っている鴨志田弁護士は、報道を通じて命を落とす人もいることを挙げて問題提起した。

「少年が住んでるマンションが映って、翌日には実名や家族構成が全部ネット上にあふれかえった。結果、親が自ら命を絶ってしまった。保護者の存在は、やっぱり非常に重要な役割なので、少年の立ち直りを難しくしたと強く感じました」

「情報公開することの重要性は理解しています。でも、名前を出す出さないはすごく難しい問題があり、今の日本社会は排除の論理で、少年の実名が出たら、すぐにつまみ出して社会からシャットアウトしろみたいな方向に流れてしまいがち」

実名を削除請求するための弁護士チームを作って難しい対応を迫られた実情も明かした。

これに対して、高野弁護士は「米国のメジャーなメディアに依頼されて、人質司法の犠牲者として元依頼者を紹介した。元依頼者は、匿名ならば取材に応じると言った。すると、メディアは、それでは取材できないと言って断ってきた。実名へのこだわりがまったく違う。実名報道は、歴史的事実の一部であり国民の知る権利の対象なのだということをメディアの人たちが、信じてるかどうかっていう根本的な差があるような気がする」と、日本での匿名化に懸念を示していた。