※この記事は2012年03月02日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第213回

　社団法人「日本数学会」が大学生を対象に行なった数学力のテストによると、大学生の４人に１人は平均の意味を正しく理解していないという。(*1)

　日本数学会のサイト(*2)にこの時に使われた問題などが掲載されているが、たしかに「これを間違えるのはどうだろう？」という問題が並んでいる。自分も解いてみたが、甘い採点ではあるが、だいたい合っていたと言えるだろう。

　しかし、Twitterをチェックすると「こんなのが証明できないなんてありえないだろ」などと大学生を嘲笑いながら、自ら間違っている人が多かった。

　一番目立った間違いは2-1「偶数たす奇数が、必ず奇数になることの証明」の問題である。偶数を「2n」、奇数を「2n+1」として、「足すと4n+1になるから、必ず奇数になる」と答えている人が多かった。しかしこれは「大学生数学基本調査報告書（概要版）」(*3)において「典型的な間違い」と指摘されている。この問題における偶数と奇数は、あくまでも独立した整数なのだから「偶数を2m、奇数を2n+1」などとするのが正しい。同じ「n」を使った場合に証明できるのは連続した２つの整数が奇数であることだけだ。

　一部の報道も酷かった。今では訂正されているが、日経新聞のWeb記事(*1)は、３の「定規とコンパスを使って線分を３等分をする問題」を当初、「定規とコンパスを使って“直線”を３等分する方法を尋ねる問題」と書いて掲載していた。直線の長さは無限なのだから３等分できるはずもない。

　NHKは1-1と2-1の問題を抜き出して報じている(*4)が、選択肢ごとにそれぞれ○×で答えるはずの問題に対して、なぜか「正解は２」などと答えている。普通に「正解は上から×、◯、×」と書けばいいだけなのに、こんなトンチンカンな答え方しかできない人に「数学がなぜ必要か」などと問われても、それ以前に「問題文をちゃんと読め」としかいいようがない。


　そしてなにより問題なのは、この調査を通じて「学力低下」を証明することはできないのに、あたかも「学力低下が明らかにした」という文脈で報じられ、そのことに対して多くの人が疑問を抱いていないという現実だろう。

　そもそも、「学力低下」を示すためには、「過去の大学生が同等の問題を解いて、正解率が今の大学生より高かった」という対照データが必要なのだが、それはどこにあるのだろうか？　もちろん初めてのテストなのだから、そのような対照に耐えうるデータは存在しない。

　それがないなら、せめて30代や40代の大人に対して同じテストを出題して、過去の学生や大人よりも大学生のほうが有意に成績が悪いことを提示すればいいはずだが、そうしたデータも存在しない。ならば学力低下を証明することはできないはずである。

　本気でこれで学力低下の現実が見えたと思っているなら、日本数学会は、数学はできてもデータの検討はできない、知力の低い集団と考えるしかない。また、その会見に疑問を感じず鵜呑みにして報じてしまうマスメディアも同等の知力しかないということである。

　実際にこの調査に対して比較対照となってしまっているのは、私たちの「この程度の問題、解けて当たり前だ」という思い込みである。

　先に論じた、Twitterやマスコミの例は、「自分はこの問題を簡単に正解できる」と思っていても、実際に採点をすれば間違えているという実例である。しかし彼らの誤答は決して採点されることはないから「こんな問題を解けないヤツはおかしい」という優越感は安泰である。

　ある意味で、そうした優越感を売ることも、マスメディアの仕事なのだろう。マスメディアは「大学生の学力が低下している」と言っても、決して「あなたもこの問題を解けていないかも」という疑問は提示しない。そして結局は、こうした安易な俗流若者論によって、本当に今の日本を支えている「大人の知力」の低さが覆い隠され、見過ごされてしまう。

　今の日本社会を動かしているのは今の大人たちであり、本当であれば学生以上に、今の大人の知力こそしっかり調査され、もしも知力が低いのであれば、再教育などの対策がなされて然るべきではないか。

　心ある団体は、安易に若者ばかりを調査して話題を集めるのではなく、本当に必要な調査を行い、そのデータを正しく比較検討していただきたい。

*1：大学生４人に１人、「平均」の意味理解せず（日本経済新聞）http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E6E2E0E68DE0E6E2E0E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2
*2：「大学生数学基本調査」に基づく数学教育への提言（日本数学会）http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/
*3：「大学生数学基本調査報告書（概要版）」（日本数学会）http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/report2_21.pdf
*4：実体験で語る 数学は必要か？（NHK）http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0224.html

プロフィール
画像を見る赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。