日本のスポーツ教育、暴力がなくならない理由は? サッカー現役日本代表が伝えたいこと
部活動での暴行が明るみに出て、日本全国津々浦々までその名を知られるようになった熊本県八代市の秀岳館高校。サッカー部の男性コーチが3年生の部員に暴力を振るう映像が証拠となり、同校・同部の体質を隠せなくなった。コーチは書類送検され、監督も退職した。
今回は体罰指導の被害者と思しき人物が問題行為を動画撮影していたため、指導者の責任を追及することができた。が、日本のスポーツ界、教育現場から暴力はけっして消えない。
高校サッカー界でいえば、2019年10月にも鹿児島県出水市の出水中央高校の監督が練習試合中に選手を呼び止め、左太腿に蹴りを見舞い、右頬に平手打ちを放った様がネットで拡散されている。2016年12月にも、島根県松江市の立正大淞南高校の監督による部員への暴行が発覚した。
暴力指導は氷山の一角であり、現在も多くの学生が耐える日々を送っているのが実情だろう。同じサッカー界のプロ選手やコーチは、今回の暴力指導をどう見るか。
ベルギー1部リーグ「シント=トロイデンVV」に所属する日本代表GKのシュミット・ダニエル選手と、中央大サッカー部ダイレクターの佐藤健さんに話を聞いた。(ノンフィクション作家・林壮一)
●「暴力を振るったら永久追放が妥当」
17歳だったダニエル選手を見出した佐藤さんは、「どういう理由があろうとも、暴力は絶対にダメ」と話す。
「監督の望んだプレーができないとか、自分の思いと違うことをやったからといって殴るという行為は、選手を人間として扱っていない証左ですよ。言葉でしっかりと伝えなければ。きちんと会話をして納得させるのが、コーチであり監督です。
中大サッカー部にも問題のある選手はいます。指導者として『お前の悪いところは●●だ。●●を直せば良くなる』と指摘します。徹底的に話しますね」(佐藤さん)
暴力指導がたびたび社会問題として話題になるにもかかわらず、「何故、暴力指導がなくならないのか」と思うことがあるそうだ。
「千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手は、甲子園出場がかかった高校最後の大会で、監督が投げさせなかったですよね。無論、彼の将来を見越して、肩を壊すことを回避させたからです。
昨今は、そんな科学的指導が当たり前になっています。佐々木投手は将来があり、プロにいってから長く活躍する選手な訳です。高校時代に潰してはならないと、目先の勝利を追うだけじゃない指導でしたね。私もそんな気持ちを忘れずに、中大生と付き合っています。
秀岳館高校の子たちだって、まだまだサッカーを続けたいはずです。20歳になっても、25歳になっても、続けられる限りプレーするでしょう?
そこまで見据えた指導をしていないから、今回のようなことが起こるんだと思います。『高校時代はここまで教え、そのうえでこれからのサッカー人生に繋げるんだ』という考えがないからこその行為ですね」(佐藤さん)
中央大学卒業後に住友金属でプレーした佐藤さんは、後に日本代表監督も務める世界的なスーパースター、ジーコとも共にプレーしている。
「ジーコは厳しかったですよ。きつい言葉も日常的に吐きました。ボロカスに言いますよ。でも、勝つため、そして、チームが強くなるためなんです。その2つのゴールに対して、マイナスになることについては普通に言葉を荒げます。
しかし、選手が気づくための促しでもあるんです。ブラジル代表の元10番が必死だったら、言われた方も納得しますよ」(佐藤さん)
日本において、高校生プレーヤーが監督に異を唱えることなど、まず不可能だ。ひいては日本社会において、多くの場合、後輩が先輩に、あるいは部下が上司に逆らうことは許されない。
秀岳館高校の選手たちは、監督、コーチに脅えながらサッカーをやっていた。これではプレーすることの喜びなど、味わえるはずもない。
「指導者側に自信がないから、そういう方向に進んでしまうのではないでしょうか。本来、暴力を振るったら永久追放が妥当です」(佐藤さん)
●暴力指導は「何一つ意味のないこと」
シュミット・ダニエル選手(2022年5月20日、中央大学多摩キャンパス、筆者撮影)
現役の日本代表GKであるダニエル選手も「暴力で黙らせようとか抑え込もうとしても、基本的に難しいと思うんです」と語る。
「反発を生むし、亀裂も生む。良いことなんてないでしょう。状況が悪くなるだけですよね。何一つ意味のないことをやっているとしか感じられません。
秀岳館高校の指導者は、指導内容について、自分の中でハッキリとした答えが出せず、ロジカルに説明できないから、暴力に結び付いたのかもしれません。
選手から『ちゃんと教えてほしい』という要望があっても、それに応えられないですよね。もっともっと、指導者も勉強しなければいけません」(ダニエル選手)
ダニエル選手がプレーするベルギーをはじめ、ドイツ、スペイン、フランス、イタリア、オランダといったヨーロッパの強豪国やブラジル、アルゼンチン、ウルグアイなどワールドカップで優勝経験のある南米の国々の選手は、数あるクラブの中から、自分に合うチームを見つけ、トライアウトを受けてその一員となる。自分に合うチームを選択するのだ。
だが、日本の高校生プレーヤーはJリーグの下部組織やクラブチームのユースに合格した一握りの選手を除き、多くは学校の部活に属する。いったん入学してしまえば、監督やチーム事情に合わないとわかっても、転校することは基本的にかなわない。
「我が校のユニフォームを着て公式戦に出場したいなら、言うことを聞け」という封建的な指導がはびこるのは、そんな因子もあろう。
また、問題を起こした監督も、ほとぼりが冷めれば現場に復帰できてしまう。先に挙げた立正大淞南高校の監督もしかりだ。
学校教育法11条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と定めている。が、この規定に違反した場合の罰則は定められていない。
●ストレスのない方に向かう行為は「"逃げ"じゃない」
カナダ人の父と日本人の母を持ち、現在、ベルギーで生活するダニエル選手は、平均的な30歳の日本人よりもグローバルな視線を持つ。
「少しずつは日本も変わっているように思いますが、根付いているものが深過ぎるので、悪い文化も日本の文化として残そうとする人がいますよね。正直、どう変えればいいのか、具体的にはわかりません。
秀岳館高校サッカー部には傷ついた子がたくさんいるでしょう。受けた傷はなかなか癒えないし、サッカーが原因でそうなったと感じることもあるでしょう。
でも、タイミングが合えば、サッカーが楽しいと思える環境で、もう一度チャレンジしてほしいです。悪い指導者や環境から離れることができるなら、そういうチョイスをしてもらいたいですね。
ストレスのない方に向かう行為は、僕は良い選択だと思うんです。決して『逃げ』じゃないですよ。ぜひ、そういう『決断』をしてほしいです」(ダニエル選手)
2022年11月開幕のカタールW杯を控える日本代表は、この6月に強化試合としてブラジル、パラグアイなどと4試合をこなす。先日発表された代表メンバー28人の中に、「シュミット・ダニエル」の名も当然のように入っていた。
ダニエル選手には暴行を受けてサッカーが嫌になった経験はない。中央大学に入学した頃の粗削りだった彼に、確かな可能性を感じた佐藤さんは、10年スパンで花を咲かせる育成環境を作った。
はたして暴力指導者たちは、佐藤さんのコーチング論やダニエル選手の言葉を耳にしても、何も感じないだろうか。
【筆者プロフィール】林 壮一(はやし そういち):1969年生まれ。東京大学大学院情報学環教育部終了。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するが、左肘のケガで挫折。1996年渡米。ネヴァダ州リノ市の公立高校で講師を務めるなど、教育者としても活動中。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』(光文社電子書籍)『ほめて伸ばすコーチング』(講談社)など。