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東京電力福島第一原発(イチエフ)で働いていた自動車整備士の猪狩忠昭さん(当時57)が急病で倒れた際、イチエフ内の緊急医療体制が不十分だったとして、遺族が東京電力ホールディングスなどに損害賠償を求めていた訴訟の控訴審判決が5月19日、仙台高裁であった。

小林久起裁判長は「東電に過失があったとまでは認められない」と指摘し、遺族の控訴を棄却した。

判決によると、猪狩忠昭さんは2014年6月頃から、車両関連会社「いわきオール」(福島県いわき市)の従業員として、イチエフ構内の車両整備工場で自動車整備に携わっていた。その整備業務は、物流・港湾事業を展開する「宇徳」(本社横浜市)が管理していた。

猪狩さんは2017年10月26日午後、車両整備工場で致死性不整脈を発症し、意識を失った。同僚たちは携帯電話を持っておらず、整備工場には固定電話が無かった。このため、同僚たちは事前連絡なしに、自分たちで猪狩さんをイチエフ内の救急医療室の前に搬送し、救急医療室に通じる扉をたたいて医療班に急病人発生を知らせた。その後救命措置が行われたが、猪狩さんは死亡した。

●判決は設備不備を指摘するも…

判決はこの点について、「(猪狩さんの)異常に気がついた時点で救急医療室に事前連絡が入っていれば、(治療前に必要な)放射線のスクリーニング検査の準備をし、(実際に救急医療室に搬送された)午後1時10分より数分前に医師の治療を受けることができた。イチエフという最先端の技術を扱う事業所であれば、インターフォンを設置するなど、もっと迅速かつ確実に急病人の症状を伝えられる設備も十分に考えるべきであった。作業員全員に携帯電話を貸与するか、少なくとも作業グループごとに1台携帯電話を貸与し、急病人や事故等が発生した際に速やかに救急医療が受けられる体制が維持、整備されることが望ましい」と指摘した。

一方で、「事前連絡によって短縮できる時間が数分程度であったことを考えると、救急医療について専門的な知識までは持っていない東電において、救急診療までの時間短縮の大切さと体制整備の重要性について具体的な問題意識をあらかじめ持つということは、相当に困難なことであった」という評価を示した。

「あの時に何ができたのかを分刻みに検討している現時点の知識に基づいて、控訴人(遺族)が主張するような対応をとるように要求することは、相当とは認められず、東電に、速やかに救急医療を受けられるために必要な措置を講じなかった注意義務違反ないし結果回避義務違反の過失があったとまでは認められない」と述べ、一審判決に続いて、東電に対する遺族の請求を棄却した。宇徳に対する請求も認めなかった。

判決後の旗出し

●遺族側のコメント

猪狩忠昭さんの妻は判決後の集会で、「判決結果は想定内でしたが、どこかで奇跡が起きてくれたらと考えていました。原発労働で苦しむ人をこれ以上出してはいけないと願ってやみません」と話した。

遺族側代理人の霜越優弁護士は「根本的には発注者(東電)が責任を取るような法制度にはなっていないという前提がある。しかし、イチエフという特殊な環境での救急医療体制を整備していくことについては、東電にも一定の責任が求められてしかるべきだと考えている。判決も、猪狩さんが亡くなるまでに13件の労働災害等があったとし、その上で東電にも緊急医療体制の構築義務があることを前提としている」と指摘した。

東電ホールディングス広報室の担当者は「廃炉作業に取り組んでいただいた方が亡くなったことはお悔やみ申し上げます。判決の詳細は把握しておりませんが、当社の主張が認められたものと考えております」とコメントしている。

宇徳の担当者は「この件についてのコメントは差し控えております」と回答した。

●裁判の経緯

猪狩さんの死亡直前1カ月の時間外労働は100時間を超え、いわき労働基準監督署から労災が認定されていた。

遺族は雇用主の「いわきオール」と同社の経営者、宇徳、東電に損害賠償を求めて提訴。2021年3月の福島地裁いわき支部判決は、「いわきオール」と同社の代表者については安全配慮義務違反を認め、計2500万円の賠償を命じた(この部分については一審判決が確定済み)。

一方で、東電・宇徳の責任については、「(イチエフの)作業員全員に携帯電話を支給するためには相当な維持費の支出および管理が必要となる(中略)原告らが主張するような体制がイチエフにおいて構築されているとの期待が一般に広く共有されているとはいえない」と指摘し、遺族の請求を退けていた。遺族は東電・宇徳に関する地裁判決を不服として控訴していた。(牧内昇平)