「床屋に100万円のチップ」ヤクザがやけに派手なカネの使い方をする本当の理由
※本稿は、溝口敦、鈴木智彦『職業としてのヤクザ』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■床屋に100万円のチップを払った稲川会の元会長
【溝口】一種の顕示的消費というのがヤクザにはあって、例えば、クラブに行って、大きな金額をきれいに払えば、かっこいいヤクザだと見られてうれしいと。そういう意味で、ヤクザの場合は、デモンストレーションとしての金払いという側面がある。
【鈴木】博奕場では、金離れがよく、払いが綺麗だと男を上げました。そこでの所作が器量の証明になった。その名残だと思います。人気商売なので、裏の仕事は人気のある組織に集中する。こうした金は宣伝費のようなものです。
【溝口】例えば、弘道会若頭の野内正博のエピソードとして、銀座のクラブでたった10分座って飲んで、金額が20万円だとしたら30万円多く払って、店の人が「親分、こんなにすみません」と礼を言ったら、「いや、わしらの仕事は金を使うことぐらいしかありません」と言う。今どき、そんな金遣いができるヤクザは日本全国に5人といないと思いますが。
【鈴木】これも一種の自卑です。我々のようなヤクザは、金払いの良さで世間に貢献するしかないという、ねじれた美学があります。
【溝口】稲川会会長だった稲川聖城が、散髪をやってもらって、チップが100万円だったと。みんな驚いて、何で床屋に100万円やるんだって聞いたら、「いや、どうせやるなら目立ったほうがいいから」と言っていたと。これこそが顕示的消費です。
■30万円のセイコーなら3万円のロレックスを買う
【鈴木】実際、熱海(稲川会発祥の地)で稲川会を悪く言う人はいなかった。金の切り方が半端ではない。土地に根付いているから、地元は大事にします。
【溝口】そうです。裏でみかじめ料をたっぷりとっているくせに、使うときにはそういうふうに使う(笑)。一昔前までは一晩50万円は当たり前として、月20日で計算するなら、飲み代だけで月1000万円。それが当たり前の世界でした。
【鈴木】ヤクザに仕事を頼みたい人は、インターネットで検索しても情報がありません。だから何で判断するかというと、口コミなんです。そうじゃなければ、可視化された実力、事務所が立派か、すごい車に乗っているかどうか、ぱりっとした格好をしているかどうか、いい時計をしてるかどうかというところをやっぱり見る。
だから、よくヤクザが言うのは、30万円のセイコーの時計をするくらいなら、3万円のロレックスのコピーのほうがいいと。これこそヤクザ的発想です。
【溝口】そうですね。高そうに見えるというのが大事なんだと。
【鈴木】昔はよく、名簿を見て、親分と若頭、本部長らの住所、電話番号をチェックしました。全部同じなら、事務所がひとつしかないんだな、ここは規模が小さいんだなと判断する。
だから、たとえば宅見勝(五代目山口組若頭)時代の宅見組が大阪ミナミのいいところにどーんと事務所を建てたのは、やっぱり、ヤクザに仕事を頼みたい人へのアピールでしょう。繁華街の、見るからに地価が高いところに事務所があるというのが一番の宣伝になる。
■最近のヤクザが国産のワンボックスカーに乗る理由
【溝口】しかし、その顕示的消費が最近は薄れてきている。昔はヤクザの車と言えばベンツだったのが、最近はセダン型じゃないワンボックスが増えています。
【鈴木】トップの親分たちが居住性を優先した国産のワンボックスに乗り出し、トヨタなどは本当に迷惑していると聞きます。セルシオが出たあたりから、メルセデスを始めとする外国車信仰はずいぶん薄くなりました。高価な車はいくらもありますが、もう安っぽい誇示で名前を売る必要がない。
それにヤクザっぽい車は狙われやすいんです。防弾車にする際も、ワンボックスのほうが鉄板を入れやすい。重量的な問題があり、屋根が潰れてしまうので、天井には防御用の鉄板を仕込めないのですが、セダンだと上に乗られて撃たれる可能性もあります。
【溝口】ある程度馬力がないと防弾仕様は無理なんですよね。重量に耐えられないから。そういう実用面も確かにある。一方で伝統的なヤクザルックにも実用面がある。暴力団は暴力のプロだからといって、しょっちゅう暴力を振るっているわけではありません。
むしろ暴力のプロだからこそ、暴力の費用を熟知し、極力その発動を控えようとします。そのため彼らは、暴力を振るうかもしれないという雰囲気作りを行う。ヤクザルックというのはそのためにあり、相手のほうが自分を恐れて避けるように仕向けることで、衝突と暴力の費用を節約しているとも言えます。
刺青も同様で、見た者に恐怖を与える威嚇力や、仲間内で幅が利く、大きな顔ができる、といった意味合いがある。
■「金漬けにして、うまくしますさかい」
【鈴木】スター的存在のネーム・バリューがあれば、くだらない見栄を張る必要はありません。ヤクザの見栄は、本来、切るものです。ヤクザはメンツで生きているから、食事を共にした際、誰が払うかで揉めたりする。日本的な面倒くささの極北です。
金を払った側がかっこつけたことになるので、無理に払うと顔を潰す。喫茶店程度ならどちらが支払ってもいいでしょうが、それなりの金額になると、支払う意思表示をしてから勘定を払ったほうがトラブルになりません。
ヤクザの選ぶ店は特別待遇をしてくれるので、べらぼうに勘定が高い。和食で一人7万円なんてすぐ超えます。大してうまくはありません。店にすれば上客です。
【溝口】相手がヤクザでもカタギでも、今回はおれが奢っておいたほうが得というような人間はいるわけです。そのほうが長い目で見れば、自分にとってプラスになるお客さん、相手というのがいるわけでしょう。そういう者に払われたら、それは迷惑だということになる。
【鈴木】実際、金は力です。金で負い目を持つと、ヤクザだって頭が上がりません。
【溝口】会食に関して僕の個人的な体験を言うと、原稿をめぐって山健組とトラブルを起こしたときに、山健組のある幹部がトラブル解決の担当になった。新宿のホテルに呼び出されて、「この部分を直せ」と言われました。僕は断わった。
そうしたら、その組長は山健組の若頭に電話して、「今、溝口に会うてます、溝口は直さないと言ってます、私がこいつに飲ませ、食わせ、金漬けにして、うまくしますさかい、それでええでっしゃろ」と、僕に聞こえよがしに電話しました。
■原稿を訂正させるために100万円を用意
それで、僕に100万円の札束を渡してきたから、「いらない」と言ったら、「わしが一度出したもんを引っ込められるか」というようなことを言ったわけです。それでも受け取らないでいると、「5時半に築地の水炊き屋に来い」と言うから……。
【鈴木】築地の有名な、政治家や詐欺師御用達の……。
【溝口】こちらは2人で行ったら、向こうの一行が2人もいて、うち3人は女だった。で、銀座のクラブを3軒回ったんです。僕の計算でいうと、その晩、200万円以上は使ったでしょう。
おれの遊びは派手だろうと見せつけ、女には1万円のチップをばらまいていました。到底われわれがお返ししたくてもできないレベルの金を使っていた。力を見せつけようとしたんですね。ですから、損得勘定では計り知れないところがある。
【鈴木】単純明快さを尊ぶ気風はありますよね。「すごい!」と称賛されたがる幼稚さ、よく言えば可愛さもあります。回りくどくないので爽快に感じる部分もある。でかければいい、高ければいい、その価値観はとてもシンプルでわかりやすい。
【溝口】そうとも言えるかもしれない。
【鈴木】貧困の中から出て、ヤクザという手段で夢を掴んだ人たちだから、過去に復讐するかのように金を使うのかもしれません。いいもんを食って、いい女を抱いて、いい車に乗って……マシンガンの弾のように金という実弾を撃つ。その姿は哀しくもあります。
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溝口 敦(みぞぐち・あつし)
ノンフィクション作家
1942年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』などがある。
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鈴木 智彦(すずき・ともひこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。北海道出身。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。著書に『ヤクザと原発』『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』などがある。
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(ノンフィクション作家 溝口 敦、ジャーナリスト 鈴木 智彦)