「クルーズ船の対応は失敗した」と語る岩田健太郎教授(記者撮影)

2月3日から横浜港に停泊し大きな注目を集めたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」。神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授は同船に乗船し、その内情を告発した。

感染症対策のあり方と、現在進められている対策の有効性をどう考えるべきか。アフリカにおけるエボラウイルスや中国におけるSARS(重症急性呼吸器症候群)対策にあたった経験を持ち、日本では感染症について最も詳しい研究者の1人と言われている岩田教授に聞いた(インタビューは3月6日に実施)。

クルーズ船での対応は失敗した

――日本政府は3月9日から、中国と韓国からの入国者に対する入国制限を強化し、2週間の検疫を開始しました。

流行している国からの入国を拒むというのは現段階でも有効だ。ただ、流行していない地域や、流行が終わりつつある地域からの入国も拒むのは有効性としてどうかと思う。現段階では、対象の国や地域に合理的な整合性がとれているのか、それとも政治的な思惑で入国制限が決まっているかが不明確だ。

例えば、感染者数の拡大が著しいイタリアを対象から外した判断は合理的なのか。一方で、検疫を全土に広げた中国での新規感染者は実は非常に減っている。武漢では依然として拡大が続いているが、北京や上海と比べれば日本のほうが感染者の増え方は多い。

中国と韓国からの入国者数にもよるが、2週間の検疫を行う施設があるのか。検疫を行うだけの人的リソースがあるのか、疑問が残る。

――新型コロナウイルス対策が本格化した2月初めの段階から、「政府の対策はおおむねうまくいっている」と評価されていました。

(政府の対策に対する評価は)今も当時と同じで、全体で言うならば日本の対応はおおむねうまくいっていると思う。細かいところで指摘できる点はいくつかあるが……。

――「細かいところ」とは、集団感染が起きたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でのことですか?

クルーズ船での対応は失敗したと思っている。

――岩田教授は2月18日、クルーズ船内部の状況についての動画をYouTubeで公開しました。ウイルスのない「グリーン・ゾーン」とウイルスが存在して感染の危険がある「レッド・ゾーン」が「ぐちゃぐちゃになっていた」と。改めて、課題は何だったのでしょうか。

クルーズ船というのは閉鎖的な空間にたくさんの人がいて、おまけに高齢者が多い。非常に感染しやすく、リスクも高い。感染症対策上は下船させることが正しくても、実際には周辺の医療機関にそれだけの受け入れキャパシティーがなければ、ただ下船させるというわけにはいかない。そこが最初のジレンマになる。


乗客の集団感染が起きたダイヤモンド・プリンセス号(撮影:大澤誠)

そのジレンマの中で、感染リスクが高いクルーズ船の中に14日間とどめ置いて検疫をするという判断を日本はした。その判断が間違っていたのかどうかわからないが、そういう選択をしたのであれば、船の中の感染対策は完璧にする必要があった。

しかし、感染症の専門家がしっかり入ってオペレーション(運営)をするのではなく、感染対策のプランは官僚主体でつくったものになっていた。専門家は結局、少し入っただけだった。日本環境感染学会の専門家も入ったが、結局はすぐ撤退してしまった。

入れ替わり立ち替わり専門家が入っているが、専門家がリーダーシップをとった対策づくりができていなかった。

官僚は二次感染の現実を直視できなかった

――下船した乗客の感染が後になって判明したり、作業に当たっていた厚生労働省の職員や検疫官に感染者が出たりしました。

14日間の検疫期間中に、乗員・乗客同士での二次感染はおそらく起きていた。そうした懸念があったので、アメリカやカナダ、韓国、イスラエルなどは、下船した人たちを自国の施設でさらに2週間、追加で隔離した。

ところが日本は、「14日間検疫やったからいいじゃないか」ということでそのまま下船させてしまった。検査が陰性になったので下船を許可したわけだが、検査結果そのものが間違いだったので、後で発症してしまう人が出た。下船後、スポーツクラブに行った人の感染がわかり、臨時休館せざるをえなくなった。周辺の人の検証もしなくてはならなくなり、混乱が起きた。

つまり、官僚にありがちな「自分たちの立てたプランは完璧だ」「完璧でなければいけない」という自己暗示をかけてしまい、自分たちは間違っていないという物語を信じてしまった。二次感染が起きているかもしれない、という現実を直視できなかった。

私がYouTubeに動画をアップした翌日の2月19日に、国立感染症研究所が感染者数の推移を公表した。そこで新しく感染がわかった乗客の数が減っていたが、それがまだ中間報告だということを官僚は理解していなかった。

つまり、「現段階であれば二次感染が起きていないように見える」ということを「これからも起きないだろう」という話に勝手に置き換えてしまった。自分たちの作った物語に準ずる楽観的なデータを採用してしまった。

結局何も対策をせずに下船させてしまい、後から問題が発覚したので慌てて健康監視を始めた。それは遅かった。

――船内のオペレーションの不備が、国内の感染症対策の課題につながる部分があると指摘されています。

それが、アメリカのCDC(米疾病対策センター)のような専門家集団の組織が日本にはないという問題だ。よく誤解されていることだが、クルーズ船の問題は現場の検疫官が防護服をきちんと身に着けていなかったというような、個々人の不手際の問題ではない。感染症対策にあたる際の日本の組織的、構造的な問題だ。

この問題はすでに2009年の新型インフルエンザのときに指摘されていた。日本にはCDCのような組織がなく、専門知識のない官僚が感染症対策を担っている。これはよくないという話は新型インフルエンザの総括会議などで指摘されていた。だが、「終わったことを蒸し返すな」みたいなことを言われていた。

日本版CDCはなぜ生まれないのか

――なぜ日本版CDCができないのでしょう。

理由はよくわからない。厚生労働省の職員も、十分な人材や専門知識がない中で対応させられ、疲弊していて気の毒だと思う。ところが彼らの論理構造は非常に複雑で、大変で疲弊していると言いながら、「じゃあほかに任せればいいじゃないか」と言うとそれは嫌がる。

クルーズ船内でも、普通のスーツを着た検疫所の職員が、(新型コロナウイルス感染の有無を調べる)PCR検査をするときの同意書を紙でまとめていた。紙ベースのものを手渡しするなんて、それだけで感染リスクが増加する。病院では、一般的な血液検査でも同意書にサインなんかしない。だから、紙じゃなくて口頭同意でいいじゃないかと思うが、検疫所は自分たちが作ったルールに縛られて、それ以上の発想ができないようだった。

感染リスクを高めてまで数千人の乗客に同意書を配って回収し、その結果、職員が疲弊する。そういった無駄なことをやめれば休憩ができるし、健全なメンタルで職員は仕事ができるはずだ。逆に無駄なことを続ければ、疲れてイライラして、悪いスパイラルになっていく。これは病院でもよくある悪いパターン。危機時にこそ必要のないものはどんどんそぎ落とし、必要なものにパワーを集中していくことが大事になる。

――動画を、わずか2日で削除してしまったのはなぜですか?

場外乱闘が起きてしまったから。正しいと言う人たちと、そうじゃないと言う人たちの間で場外乱闘が起きてしまった。論争は私が望んでいたものではないし、私はそもそも、国や厚労省の対策はおおむねうまくいっていると言い続けていた。にもかかわらず、そういう論争の道具にされてしまっている状況が嫌だった。

――3月2日から全国の小中高で一斉休校が始まっています。感染症対策の観点から、この施策の効果をどのようにみていますか?

よくわからない。子どもたちは感染リスクが低く、重症化や死亡リスクがほとんどないと言われている。感染伝播の中心でもないと言われている。その中で学校だけ一斉に休むというのは理解できない。

例えば、イタリアでも学校が休みになっているが、保育園も大学も全部休んでいる。感染が急速に広がっている地域では活動がストップしている企業もある。その一環として学校も休ませているわけだ。台湾や香港も同様で、日本だけが小中高のみ休ませるのは意味がよくわからない。

軽症型ウイルスゆえの怖さ

――新型コロナウイルスそのものについて、多くのデータが蓄積されてきました。特徴や危険性をどう評価していますか?

本当に厄介なウイルスだ。大体の人は勝手に治ってしまうが、そこが逆に怖いわけだ。感染しても8割くらいの人は自然治癒する風邪のようなウイルスなので、日常生活を送りながら感染が広まってしまう。インフルエンザのように、40度の熱が出て動けなくなってしまうということがない。感染が非常に広がりやすい、気がつきにくいウイルスだ。

裏を返せば、感染した人の2割はよくならない。一部の人たちは重症化してしまう。そして数%の人は亡くなってしまう。数十人規模しか患者がいないときは死亡率が非常に低いので問題にならないが、感染者が数万人規模になると、多くの人が亡くなってしまう。一見、ウイルスが軽症型であるということが、まさに怖さでもある。

――感染者が爆発的に増えると、医療機関側の受け入れ体制にも余裕がなくなってしまいます。

受け入れ体制を考えると、今の日本政府がやっていることがいちばん正しい。要は、「軽症者は家で寝ていてくれ」ということ。症状がない人や軽症の人を指定医療機関で入院させるのは、医療リソースの無駄使いだ。

ただ、武漢のデータでは、家族内感染が非常に多いことがわかっている。今は応急的に、軽症者は家で寝ていてくださいというメッセージが出ているが、家の中で二次感染が起きてくることになる。理想としては、そういう軽症患者が居住できるような「セミ(準)医療機関」(的な存在)があるといいと思う。ホテル以上、病院未満みたいなところだ。

誰でも検査できるようにすべきではない

――PCR検査が保険適応になりました。

いちばんよかったのは、保健所を介さずに検査できるようになったこと。保健所のマンパワーはぎりぎりだ。病院と検査会社の直接交渉で検査ができるようになり、保健所というプロセスを省略できたのは1つのメリット。人的リソースを大事に使うという観点からよかったと思う。

ただ、誰でも検査を受けられるようになったわけではなく、誰でも検査を受けられるようにするべきでもない。なぜなら、検査できるキャパシティーが爆発的に増えるわけではないから。検査には必ず人の労力がかかっており、限りがある。保健所というプロセスを省略しても、検査のキャパシティーが何倍に増えるわけではない。

韓国は検査で大変な状況になっている。私も2001年のニューヨークで似たような経験をした。2001年の同時多発テロの後、炭疽菌が入った封筒を送りつけるテロがあった。白い粉の中に炭疽菌が混じっていて、それを吸い込むと病気になってしまうというので、私が務めている病院に膨大な検査依頼がきた。

そうなると、天井まで積まれた膨大な検体を、検査技師2人で延々と検査していく。普段なら1〜2日でできる検査が、検体数が多すぎて1〜2週間かかったりする。すると、本物の炭疽菌患者が出ても、迅速に検査結果が反映できないということになる。

――どこまで検査をして、どこからしないのか。その線引きは難しいです。

線引きは確かに難しい。今の日本以上、韓国未満のどこかが適切だと思う(編集部注:新型コロナウイルスの検査数は韓国に比べ日本は大幅に少ない)。ただ、みんなが不安だからという理由で検査をするのは間違いだということは確かだ。

なぜなら、そもそも検査は間違えるものだからだ。検査が陰性であればウイルスに感染していないというのは神話である。したがって、検査を根拠にウイルスがいるとかいないとかを結論づけてはならない。

入院した患者は、今は検査を2回やって陰性だったら退院することになっている。だが、陰性になっても、また陽性になる人も出てくる。検査が治った証明にならないのであれば、検査をする必要はない。むしろ症状がよくなって元気になったら退院して、その後数週間は自宅待機としたほうが合理的だ。

確証のある治療法は存在しない

――治療薬の開発が進んでいます。期待しているものはありますか?

可能性のあるものにはすべて期待している。ただフタをあけてみないとわからない。今言えるのは、「これが効く」という、確証のある治療法がないということだけだ。

――「こういった薬を投与したら効いたようだ」というニュースが毎日のように出てきます。

そういうニュースをいちいち大げさに捉える必要はない。何もしないで治っている人が8割いるのだから。その中の誰かに、偶然何かを投与したら、その後しばらくして症状が軽くなったというだけの話かもしれない。

「Aが起きた。その後にBが起きた」というストーリーを、「Aが起きたからBが起きた」という因果関係のあるストーリーにするには、もう何ステップかのデータの蓄積と解析が必要になる。今あるデータだけでは何とも言えない。

――専門家会議が2月24日に「この1〜2週間が感染拡大のスピードを抑えられるかどうかの瀬戸際だ」と公表してから、2週間が経とうとしています。

まったくそのとおりで、今がヤマ場だ。いま全国各地で検査していても、陰性のほうが圧倒的に多い。陽性だった例も、基本的には感染者がいたライブハウスに行っていたなど、感染ルートをたどれる人が多く、リスクのある行動があった人たちの中で少しずつ感染が起きているのが現実だ。

地域のコミュニティーで感染がわあっと広がっていることはない。そういう段階であれば、感染グループを徹底的にトレースし、濃厚接触者を追跡することによって感染拡大を抑え込むチャンスが十分あるということを意味している。


新型コロナウイルスの封じ込めは今が山場だ。写真はダイヤモンド・プリンセス号(撮影:大澤誠)

それができないと武漢みたいな状況になってしまう。今がその瀬戸際だ。イタリアや韓国、イランのほうが武漢のような状況に近づきつつある。だから日本のやっている対策は、ほかの国の現状を考えるとおおむねうまくいっている。これだけ押さえ込むのが難しいウイルスをかなり上手に押さえ込んでいるというべきだ。和歌山県などは1回起きたアウトブレイクを完全に収束させた。

――感染拡大はどのくらい続いていくのでしょうか?

それを決めるのがまさに今だ。いちばん悲観的なシナリオとしては、このままどんどん感染が広がってしまって収拾がつかなくなるシナリオ。2009年の新型インフルエンザの大流行が今も続いているのと同様に、われわれはこの新型コロナウイルスと一緒に生活していく覚悟を決めなければならないかもしれない。毎年、冬になると多くの高齢者が肺炎で亡くなる病気が1つ増えてしまう。

一方、楽観的なシナリオは、3月中に収まってしまうというものだ。

科学的に正しい行動を優先させよう

――いま取り組むべきことはなんでしょうか?

科学的に正しい行動を優先させることだ。「安心するから」といった、ふわふわしたものを根拠に行動を決めないこと。どこの国でもパニックや非科学的な衝動は起きる。トイレットペーパーを買い占めてみたり、必要もないのにマスクをやたらとしてみたりとか。

政府や医師などの専門家が、一般の方々におもねって非科学的な話をするようなことは絶対にしてはならない。非科学的な行動に対して、「意味はない、間違っている」と言い続けているのが専門家集団であるアメリカのCDCだ。CDCは、症状が出ていない一般市民にマスクは不要だとはっきり言っている。科学的なエビデンスに基づいて対策を打ち出していて、そこに政治的な介入が入らないようになっている。

それに対し、一般人におもねって「マスクを増産します」という非科学的なメッセージを発信してしまうのが日本の現状だ。政府が打ち出す対策のどこが政治的な話で、どこからが科学的な話なのかがわからない。これも日本版CDCがないことの弊害だ。

安心を求めて、非科学的な議論をするのは危ない。被害は大きくなってもいいからみんなを安心させればいいというのは、病気になっても麻酔薬で痛みだけを取るのと同じ発想だ。病気はどんどん進行してしまうので、それは危うい。そういった非科学的な考え方に頼らないことが大切だ。