【「ただのいい人」ではない広陵の補欠】

 団体スポーツにおいて、補欠はいなければならない存在だ。たとえば野球の場合、9人のレギュラー選手だけでは紅白戦も実戦練習もすることができない。バッティング練習の準備や、グラウンド整備をするときでも、人数は多ければ多いほうがいい。

 甲子園を目指す強豪校の部員数は、100人を超えるところが少なくない。しかし、公式戦でユニフォームを着ることができるのは20人。甲子園では18人しかベンチ入りできない。同級生や先輩・後輩を、スタンドから応援する「補欠」が注目されるのは、甲子園のアルプススタンドくらいだ。それも、レギュラーの人となりを紹介するエピソードとして。

 2017年夏の甲子園で数々の打撃記録を塗り替え、広陵(広島)を準優勝に導いた中村奨成(現広島東洋カープ)は、ベンチに入れずに甲子園のアルプススタンドで応援する仲間にこんなメッセージを送った。 

「俺のために太鼓を叩け、その分、俺が打ってやる!」

 その言葉をきっかけに、筆者は広陵の取材を始めた。スター選手がこんな発言をする背景を知りたかったからだ。中村は筆者にこう言った。

「同じ学年でも、早い時期から選手をやめて裏方に回る人がいます。自分で決断をして泣く姿も見ましたし、その報告を受けたときには胸が締めつけられました。ベンチに入れないメンバーのことを考えると、『あいつらのためにも勝たないと』『甲子園に連れていってやろう』という思いになりました」

 広陵の控え選手は、レギュラーを陰で支えるだけの「ただのいい人」ではない。気の抜いたプレーに目を光らせ、厳しいアドバイスを送る。レギュラーにとって耳の痛いことも平気で言う。

「感じたことを全部ぶつけてくれます。『オレだって……』と思うときもありますが、しっかりと受け止めました。『まわりからそう見えるということは、自分がダメだな』と反省しました」(中村)

【「おまえらは人生で勝て!」】

 筆者は立教大学時代、4年間で一度も公式戦に出場することができない「補欠」だった。神宮球場でプレーするレギュラーに対して、正面から物申すことは難しかった。「じゃあ、おまえにできるのか?」「自分でやってから言え!」と言われたら、返す言葉はないからだ。

 チームの中で発言権を持つのは試合で成果を出すレギュラーだけ。補欠はただ、練習の手伝いをしていればいい。そんな野球部はいくらでもある。だが、広陵の中井哲之監督は違った。

「監督がひとりひとり変わることなく、愛情を注がないといけない。全員を同じように見てやらんと。生徒には『甲子園に行ったからえらいんか』『プロ野球選手がすごいんか』とよく言います」
 
 2017年夏の甲子園で準優勝を果たしたあと、広島に戻ってからベンチ外の選手を集めてこう言った。

「高校でレギュラーかどうかなんか関係ないんじゃ。おまえらは人生で勝て!」

【補欠は敗者ではない】

『補欠のミカタ 高校野球補欠会議2020』というイベントが、1月26日、東京・八王子の日本工学院八王子専門学校片桐研究所で行なわれる。1996年夏の甲子園で全国優勝を果たした松山商業(愛媛)の矢野勝嗣、山梨学院(山梨)の吉田洸二監督、帝京三(山梨)の稲元智監督らが登壇する。


1996年夏の甲子園でサヨナラ負けを防いだ、当時の松山商のライト・矢野勝嗣(左)

 熊本工業(熊本)との決勝戦で”奇跡のバックホーム”を見せた矢野は、背番号9を付けてはいたものの、レギュラーと控えの当落線上にいた選手だった。帝京(東京)で補欠だったそうすけ(元360°モンキーズ)がMCを務めるこのイベントには、ひとりの「補欠出身」のプロ野球選手が登壇する。オリックス・バファローズでプレーした戸田亮だ。

 中学時代は控えの二塁手で用具係。強豪ではない大成高校(東京)でもレギュラーをつかめず、公式戦出場はわずか5試合。高千穂大学に進んでから投手に転向し、大学通算15勝を挙げて注目されるようになった。JR東日本を経て、2012年ドラフト6巡目指名を受けて入団、2018年シーズン限りでバファローズのユニフォームを脱いだ。

 彼が補欠時代にどのような思いで野球に取り組み、どんなプロセスを経てプロ野球選手になったのか? 知らざれる事実がこの日、明らかになるだろう。

【補欠の経験が何をもたらしたのか】

 勝つこともあれば負けることもあるのが野球であり、スポーツだ。努力は報われるとは限らない。どれだけ補欠の思いが強くても、勝利に結びつかないこともある。だが、それでも「補欠の力」が試合を動かすことがあると、筆者は思っている。

 仲間の思いを胸にグラウンドに立つ選手がいて、ベンチの外にいる人間が常に選手たちに厳しい視線を送る。両者の関係が深ければ深いほど、お互いの意見をぶつければぶつけるほど、チームは必ず強くなる。

 元オリックスの戸田のように、補欠時代に蓄積したパワーがそのあとの人生で爆発することもあるだろう。自分より優れた者を認め、自分の役割や立場を認識し日々全力で戦う姿勢は、どの組織でも求められるものだ。

高校野球補欠会議』では、元球児、監督が一堂に会し、補欠というポジションの人たちの経験が、その後のチーム、人生にどんな影響を与えたのかについて話し合う。スポットライトが当たることのない「補欠の力」が再認識されるはずだ。