ひきこもりの長期化・高齢化が問題になっている。働けない子供を持つ家庭の家計相談を受ける村井英一氏は「お金に余裕のある親が子供を甘やかしているという批判もありますが、お金を渡さなければ働けるようになるわけでもない」という――。
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■70、80代の親と、40、50代のひきこもりの子という「闇」

この5月から、ひきこもりを巡る殺人事件が立て続けに起きています。

5月28日には神奈川県川崎市で小学生の児童や保護者など2人が殺され、18人が負傷する通り魔事件が起きました。その場で自殺した51歳の容疑者は、長年ひきこもり状態だったと報道されています。

また6月1日には東京都練馬区で元農林水産事務次官だった76歳の男性が、自宅で44歳の長男を刺殺する事件が起きました。この長男もひきこもり状態にあり、家庭内暴力があったことから、「他人に危害を加えかねない」として凶行に及んだのではないかとみられています。

私はファイナンシャル・プランナーとして、ひきこもりなど働けない子供をお持ちのご家庭の家計相談を多く受けています。その意味でも、今回の2つの事件を知って、「何とか、ならなかったのか」と悲痛な思いでいっぱいです。

ひきこもりといえば、以前は20〜30代が中心で、国や自治体の支援も39歳までしか対象となっていませんでした。しかし、最近では「8050問題」と言われるように、親が80代、子が50代というひきこもり家庭が増えています。私のところにも8050の状況となっている方からのご相談があります。

■30代半ばまで働いていた長男が自室に閉じこもったワケ

今回ご相談に来られたケースは、親が70代、ひきこもりの子は40代と、「8050」一歩手前です。最近の報道を耳にした影響か、両親の顔には焦りの表情が浮かんでいます。

両親はともに年金暮らし。持ち家の一戸建てにひとり息子(42)と住み、約5000万円の預貯金があるほか、夫婦で毎年370万円の年金収入があります。

◆家族構成
・父親:74歳(年金生活) 年金収入250万円
・母親:71歳(年金生活) 年金収入120万円
・長男:42歳(無職)
◆資産
・預貯金:5300万円
・自宅:一戸建て(持ち家)

長男は、大学卒業後に一般企業に就職し、30代半ばまでは順調に勤務を続けていました。しかし、業務で思うような成果が上げられずに、同期に差をつけられるようになってしまいました。やがて、あるプロジェクトで大きな失敗をし、その責任を取る形で退職。すっかり自信を無くした長男は、転職ができずに、自室にひきこもるようになったのです。

■「将来お金が足りなくなるように厳しめに作ってください」

それから7年以上がたちましたが、依然として仕事はできない状態です。まったく外出できないわけではありませんが、両親が就労の話を向けても応じないそうです。そこで両親は、私への相談で刺激を与えたい、ということのようでした。

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「今まで、将来のことをあまり考えてこなかったのですが、これではいけないと思うようになりました。なんとか仕事をするように、息子とも話をしたいと思います」

私の事務所では両親から家計の状況を伺い、将来の資金状況のシミュレーションを行います。そして親亡き後、長男本人が生涯、行き詰まることなく生活していけるかを資金面から検討し、提案書を作成しています。

「作っていただいた分析を、本人(長男)に見せてもいいのですか?」

「もちろんです。これが息子さんと話し合うきっかけになれば、それだけで一歩前進です。まだ詳細な分析をしていませんので、はっきりとは言えませんが、お子さんがお一人ですので、(預貯金などからしても)おそらくなんとかやっていけるとは思います。息子さんも安心されるでしょう」

すると、父親は言います。

「先生、それじゃあ困ります。将来お金が足りなくなるように厳しめに作ってください。それを見せて、息子に『仕事をしなければ』と思わせたいのです」

「うーん。そう考えてくれるとは限りませんよ」

私は、父親に賛成しかねます。

■「親にお金があるから甘えて働かない」は本当か

実は、このような依頼は少なくありません。今のままの状況が続くと、将来資金が不足して立ちいかなくなる。その現実を本人に見せて、目を覚まさせてやりたい。そうすれば、危機感を持つようになり、仕事を始めるようになるのではないか。そのためのシミュレーションを作ってほしい、という依頼です。

「(親に)お金があるから甘えて働かない」
「お金がなければ、仕事をせざるを得ないはず」

ひきこもりをめぐる問題が起きると、このような言葉がよく出てきます。テレビのコメンテーターやネットのコメント欄でも、こうした認識を持つ人を見かけます。実際、「甘やかしてはいけない」と一切の資金援助をしないという親もいます。

しかし、お金がなくなると、本当に働きに出るようになるでしょうか? 私の仕事の経験上、むしろ一歩も外に出なくなり、さらに状況が悪化することもありました。

■経済的な危機感を煽ってもひきこもりは解決できない

翻って自分自身のことを考えてみてもどうでしょうか? 人が働くのは「生活のため・お金のため」ではありますが、それは長期的な考え方の話です。朝起きて、「嫌だな」と思いながらも毎日仕事に向かうのは、お金が必要だからというよりも、「急に休んだら職場の仲間に迷惑をかける」「今の業務が遅れないように」ということが頭にあるからではないでしょうか。

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「仕事をする」ということのモチベーションには、もちろん収入もあるのですが、それだけではなく、仲間とのコミュニケーションだったり、達成感だったりするのではないでしょうか。ひきこもりの人が立ち直るとしたら、お金の必要性よりも、自分に自信が持てるようになったり、人と会話をすることの楽しさを感じられたりすることが必要なのではないかと思います。

私はファイナンシャル・プランナーですので、あまり不用意なことは言えませんが、経済的な危機感をあおることが必ずしも解決策とはならない、ということは親御さんに繰り返しお伝えしています。逆に、将来の不安が解消・軽減されることで、本人が前向きに考えることにつながるとの専門家の指摘もあり、そのことをしっかり申し上げるようにしています。

今は、都道府県と政令指定都市には「ひきこもり地域支援センター」が設置されて、相談対応や支援をしており、支援対象も40代以降に広がっています。

■収入を得ることよりも先に他人との交流を楽しめるように

今回のご相談のケースでは、ひきこもりの長男はすでに40代。この年齢になると、立ち直りや就業は一筋縄ではいかないかもしれません。すぐに就業=収入を得る、ということを考えるよりも、他人との交流を楽しめるようになることを、当面の目標と考えたほうがよいでしょう。

家計のシミュレーションで安心感が得られたほうが、将来を絶望したり、自暴自棄に陥ったりすることを避けられます。私はそんな提案をご両親にしました。

「そうですね……脅せば立ち直るというものではありませんね。もう40代ですので、簡単ではないと思いますが、それでも社会復帰ができるように、働きかけていきたいと思います」

両親もすでに70代ではありますが、それでも息子さんのことを諦めていません。少しでも状況が良くなるようにと、前を向いています。

(ファイナンシャルプランナー 村井 英一 写真=iStock.com)