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■楽天モバイルに追い風吹く中の「?」

2017年12月、楽天が携帯電話事業に新規参入する意向を表明した。現在、携帯などの通信回線網を自社で設置して運用するMNO(Mobile Network Operator・移動体通信事業者)は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3大キャリアに収斂している。今まで楽天は、MNOの回線網を間借りしてサービスを提供するMVNO(Mobile Virtual Network Operator・仮想移動体通信事業者)として、「楽天モバイル」の事業を展開してきた。それが今後はMNOとして第4の通信事業者を目指す、ということだ。計画案によれば、新会社を設立し、19年中のサービス開始を予定。1500万人以上の顧客獲得を目標としている。この動向に、メディアや識者からは先行きを案じる声も聞かれた。

新規参入にあたって、楽天はまず周波数帯を獲得する必要がある。総務省は現在、4G(第4世代携帯電話システム)用周波数の1.7GHz(ギガヘルツ)帯を2枠、3.4GHz帯を2枠、追加割当を検討している。18年1〜2月に受付を開始し、3月には割当先が決まるスケジュールで、楽天は1.7GHz帯、3.4GHz帯のどちらかを第1候補にして申請を行う。

大手3大キャリアも同時に申請するはずだが、楽天は申請すれば少なくとも1枠は獲得できるだろう。審査では新規事業者を優遇する決まりになっているからだ。審査基準として「8年後に80%」もしくは「5年後に50%」という人口カバー率も求められるが、これについては「達成できる見込みである」という計画を提出すればいい。

しかし参入のタイミングは適切だったのか、疑問が残る。総務省はこの数年、スマホの料金引き下げを視野に入れ、MVNOを後押ししてきた。さらに楽天モバイルには、追い風が吹いてきた状況でもあったのである。

格安スマホの中で独特なポジションにあるのが、KDDI傘下のMVNOであるUQモバイルとソフトバンクのサブブランドであるワイモバイルだ。この「キャリアサブブランド」と呼ばれる2ブランドは、全国に通信網をめぐらせ、通信速度もキャリアに引けを取らない。楽天モバイルを含むMVNO事業者からは「ネットワーク面で優遇されて、ミルク補給をされているようなものだ。これでは競争できない」という批判の声があがっていた。

それを受けて総務省は、キャリアサブブランドとMVNOが対等に競争できる仕組みをつくろうと、検討会を発足させたところだった。初会合は17年末。キャリアサブブランドに規制をかけて、MVNOを振興しようという方向性であり、「あえてMNOに進出せず、MVNOとして戦っていてもよかったのではないか」と見る向きもある。

■投資額、通信網……、山積みの課題

気になるのが、楽天の掲げる投資金額である。設備投資のための資金調達残高として、19年のサービス開始時において約2000億円、2025年までに最大6000億円を予定している。

まず新規参入には「引っ越し代」が必要になる。新規に割り当てられる周波数帯の現在の利用者が、別の周波数帯に移行するための費用を払わなければならず、仮に1.7GHz帯を獲得した場合、約2000億円を最大3事業者で負担する。

それだけでも巨額だが、設備投資費はさらに莫大だ。基地局の設営費用、場所代、回線の維持費と、とにかく金がかかる。楽天は「最大6000億円」の資金調達を謳っているが、3大キャリアの投資額は各社とも年間で数千億円。4Gのネットワークだけでも、累計すれば兆単位の投資をしてきた。

3大キャリアがこれまで追加、追加で設備投資をしてこられたのは、決して安くはない通信料金を設定し、回収できたからだろう。その積み上げは大きい。これから格安スマホの普及によって通信料金が下がったとしても、数千万の契約数があるため、キャッシュフローが潤沢にあり、5Gにも投資できる。

楽天がユーザーに支持されるためには、安価な料金体系が求められるかもしれない。しかし安くしたらしたで、設備投資を回収できないジレンマが生じる。そうなると値段が高くても、消費者が使いたいと思うような価値やサービスを提供しなければならない。

そして何よりの問題が、ネットワークである。たとえ廉価でもすぐつながらなくなるようなネットワークの弱いキャリアをユーザーは選ばないだろう。

3大キャリアのネットワークは、世界的に類を見ないほど、広くて深い。海外でスマホを使っていると、すぐに3Gの波をつかんでしまい、不便に感じることがある。それが日本国内では安定して4Gをつかみ、快適にネットワークを使うことができる。いわば「深い」のだ。

そうしたネットワークをゼロから築くことは難しい。おそらく楽天は、ローミングを利用するのではないだろうか。ローミングとは、契約している事業者のサービスエリア外になっても、他の事業者の設備を利用することで通信できるようにすることだ。たとえば、ソフトバンクに買収されたイー・アクセスは、当初、東名阪などの都市部を中心に基地局をつくった。その間、地方など他のエリアはドコモにローミングさせてもらいながら、ネットワークを広げていった。

しかし今、基地局をつくるのは、決して簡単ではない。ひとつは場所の問題である。地方はまだしも都市部のビルの上は、既存のキャリアが置けるところにアンテナを置いて、もう新たに置く場所がないような状態だ。

そして設営の問題も残る。3大キャリアは、18年度末までに5Gの免許が付与されてからオリンピックまでの短期間で、都内における環境を整えようとしている。そのため、国内の電設会社は、人員やスケジュールが早くも押さえられてしまっている。もし基地局となる場所が見つかって、資金があったとしても、設営する人を確保できない、という事態は起こりうるだろう。

そのようなネットワークを拡大しにくい状況で考えられる事業展開は、MVNOとMNOのハイブリッド方式である。現在、楽天モバイルはドコモの周波数を借りて、MVNOとしてサービスを提供している。そして設立する新会社ではMNOとして通信事業を始める。この2つの周波数帯を、ひとつのSIMに書き込む、もしくは2枚のSIMが使える端末を利用すれば、1台で両方を使うことが技術的に可能だ。そうすれば当面自前の基地局が少なくても、通信には困らないだろう。

とはいえ、ドコモがハイブリッド方式を認めるかどうかはわからない。莫大な投資をして、時間をかけてネットワークを築いてきたMNOが、設備を持たない事業者に対し、接続料と引き換えにネットワークの利用を許可しているのがMVNOである。もし楽天がMNOとして少しばかりの設備投資をして、困ったら他社の周波数に頼るのは、クリームスキミング(おいしいところ取り)でしかないからだ。

■関係者の憶測は「秘策があるはず」

総務省が楽天に周波数を割り当てることになれば、イー・アクセス以来、13年ぶりの新規参入になる。そのイー・アクセスは契約数を400万件まで伸ばしたが、12年、ソフトバンクに買収された。携帯事業の新規参入には、厚い壁が立ちはだかる。

しかし、である。ここで指摘したようなことを、三木谷浩史社長がわかっていないはずがない。「三木谷社長のことだから、何か秘策があるはずだ」と想像を膨らませている関係者は多い。

もし楽天が「3大キャリアの協調的寡占」と言われている現状を打ち破ることができたら、消費者の利益となり、きわめて理想的である。三木谷社長の突破力が、市場に変化をもたらしてくれることを期待したい。

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北 俊一(きた・しゅんいち)
野村総合研究所 プリンシパル
1965年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。90年、野村総合研究所に入社。情報通信関連領域における調査・コンサルティング業務に従事。専門は、競争戦略、事業戦略、マーケティング戦略立案および情報通信政策策定支援。

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(野村総合研究所 プリンシパル 北 俊一 構成=吉田彩乃 写真=iStock.com)