過去最悪のビールに"新商品"が相次ぐワケ
■本当に「今年はチャンス」なのか
2017年まで13年連続で過去最低を更新している国内ビール市場に、一筋の光が差し込もうとしている。酒税法改正でこの4月からビールの定義が大きく変わるからだ。
「今年はチャンス」――。国内ビール系飲料トップのアサヒグループホールディングス(HD)の泉谷直木会長は、1月半ば、今年の国内ビール市場の展望についてこう話した。アサヒだけではない。1月はビール大手各社が記者会見を開いてその年の販売計画を公表するが、各社の首脳も「チャンス」という言葉を発した。
2017年はビール系飲料(ビール、発泡酒、第3のビール)の年間国内出荷量が前年を2.6%下回る4億407万ケースと、13年連続で過去最低を更新した。昨年6月にスーパーや量販店を対象に導入された「安売り規制」により価格が上昇したことが響き、ただでさえ進む「ビール離れ」に拍車がかかった。
ピークだった1994年の5億7316万ケースに比べると、2017年の出荷量は約3割も減っている。さらに、今年3月から4月には各社が10年ぶりとなる業務用ビールの値上げを予定しており、18年も右肩下がりの状況が続きそうだ。ところが、各社首脳は今年を「チャンスの年」と捉え、予想に反して明るい展望を掲げる。
その理由は酒税法の改正だ。今年4月からビールの定義が大きく変更され、麦芽比率が現行の67%以上から50%以上に引き下げられる。また使用が認められていなかった果実や香辛料などを副原料として使えるようになる。これによりビールに対する商品化の“縛り”は大きく緩み、個性的な商品が増えると予想される。
キリンビールの布施孝幸社長はこの点を「ビールの多様性を発信するチャンス」と歓迎する。同時に、市場活性化への呼び水となることに大きな期待を寄せる。確かに消費者の嗜好性は多様化している。アサヒビールの「スーパードライ」、キリンの「一番搾り」など一般的なメガブランドに飽き足らず、個性的なクラフトビールを選ぶ消費者が増えている。定義変更はクラフトビールに続く、新たな市場をつくり出す可能性がある。
その好機を捉え、アサヒビールは大手の先陣を切って、ハーブの一種、レモングラスを副原料に使ったビール「グランマイルド」を4月に発売する。アルコール度数は主流のビールが5%なのに対し、「グランマイルド」は高めの7%になっている。定義変更について、同社の平野伸一社長は「あらゆる選択肢があり、非常に大きなチャンス。各社が一斉に新商品を投入すれば、市場が活性化する」と期待を寄せる。
■定義変更は「ビール新時代」の幕開けか
キリンも「市場活性化の後押しになる」(布施社長)として、副原料を使用した個性派ビールを4月に発売する計画だ。サントリービール、サッポロビールもこれに追随する方向にあり、サッポロは静岡県のビール工場に多品種少量生産に対応した新設備を導入することを発表した。その意味で、定義変更は「ビール新時代」の幕開けともいえ、ビール大手の力の入れようもこれまでと違う。
これまでビール市場は酒税法の影響で、税率に応じてビール、発泡酒、第3のビールという種別にわけられてきた。だが税率は段階的に見直され、26年までに一本化される。4月の定義変更は「税率一本化」を見据えた新時代のスタートとなりそうだ。
酒税法の改正は、欧州連合(EU)などから問題視されてきた「非関税障壁」の撤廃でもある。とりわけ、1000を超える銘柄のある「世界一の地ビール王国」のベルギーは、副原料などの関係で格下の発泡酒として扱われてきた銘柄も多く、ベルギーは日本政府に改善を強く要請していた。
今回の定義変更について、ベルギービールの国内輸入代理店の関係者は、「ベルギービールにとって新しいスタートとなる」ともろ手を挙げて歓迎する。これを好機とにらんでいるのは、ビール大手やベルギービール関係者にとどまらない。元々、個性的な味わいを売りにしてきたクラフトビールや地ビールの事業者にとっても、商機拡大のチャンスだ。
米国においては既に、クラフトビールがビール市場全体の2割を超え、存在感は増す一方だ。日本でもクラフトビール人気は高まっており、キリンは国内で「よなよなエール」で知られるヤッホーブルーイング(長野県軽井沢市)と資本・業務提携し、米国のクラフトビールメーカー、ブルックリン・ブリュワリー(ニューヨーク州)にも16年に出資した。サッポロホールディングスも17年に米アンカー・ブリューイング・カンパニー(カリフォルニア州)を約90億円(8500万ドル)で買収。付加価値の高さに妙味があり、成長力もあるクラフトビールの取り込みに動く。
消費者の価値観の変化を背景に、「大量生産・大量販売」(マスプロ・マスセールス)の時代は終わりつつある。実際、ビールで国内トップを独走するスーパードライの販売数量は、17年は前年を2.1%下回る9497万ケースと29年ぶりに1億ケースを割り込んだ。それだけに、縮む市場を埋めるきっかけとなり得る定義変更への期待感は募る。しかし、個性派ビールはニッチ市場を取り込む商品だ。メガブランドの落ち込みを補える保証はない。
定義変更は確かにビールに商品開発の自由度を与え、新たな消費者を引きつける材料にはなる。ただ、商品の多様性を発信する目先効果だけでは、すぐにしぼんでしまうだろう。ビール大手にとり、ぬか喜びに終わらないためにも、各社の取り組みの本気度が試される。
(経済ジャーナリスト 水月 仁史)