国税庁の陣容強化は喫緊の課題なのに、逆に職員は減っています(写真:barman / PIXTA)

所得税や法人税の空洞化は著しい。この2つの税を中心に悪質な申告漏れなどが毎年、膨大に発生している。こうした深刻な状況の背景に「国税庁の陣容劣化」の問題があることを認識しておかなければならない。

戦後の経済成長に伴い、税務申告件数などが急増してきたが、それに対応する国税庁の職員数は同庁発足時(1949年)より減っている。税務調査能力をはじめとする徴税体制全般が劣化している。2017年度末の公債残高見込み865兆円(財務省)という巨額の財政赤字と国税庁の陣容劣化は表裏一体の問題である。

知られていない巨額な申告漏れ

国税庁は主な税について毎年度、実地調査を行っている。申告所得税については毎年度、全申告者の1割前後を実地調査しており、全調査対象者の実に6割以上で申告漏れなどの「非違(ひい)」が発見されている。追徴税額(本税+加算税)は毎年度1000億円を超しており、単純計算ではあるが、全申告者を実地調査すれば、追徴税額はこの10倍の約1兆円に達すると見込まれる。

拙著『税金格差』でも詳しく指摘しているが、相続税と贈与税の申告漏れはもっとひどい。相続税は毎年度、非違件数割合が8割を超え、追徴税額は500億〜1000億円。毎年度の実地調査率は2割台だから、全申告者を実地調査した場合、同様に毎年度の推計追徴税額は2000億〜4000億円になるはずだ。

贈与税は毎年度、非違件数割合が9割以上で、60億〜100億円の追徴税額が発生している。毎年度の実地調査率はわずか1%前後だから、全申告者を実地調査したら、同様に毎年度6000億円前後の追徴税額が見込めるということになる。

法人税の毎年度の非違件数割合は7割強で、追徴税額は2000億〜4000億円。実地調査率は5%前後だから、全申告法人を実地調査すると追徴税額は4兆〜8兆円にのぼると推計される。消費税では、個人事業者の実地調査率は7%前後で、非違件数割合は7割前後。追徴税額は毎年度200億円強。全申告者を実地調査した場合の追徴税額は3000億〜4000億円に上ると見られる。

法人の実地調査率も5%前後で、非違件数割合は55〜57%。追徴税額は400億円前後。これも全申告法人を実地調査した場合の追徴税額は1兆円前後になるはずだ。

あくまでも単純計算だが、所得税、相続税、贈与税、法人税、消費税の年間推計可能追徴税額を合計すると7兆〜11兆円になる。2019年10月に消費税率が8%から10%に引き上げられると、税収が約5兆円増えると見られている。とすると、所得税など諸税について税務調査がしっかり実施され、きちんと納税されていれば人件費などもちろん相応の費用はかかるが、消費税率を引き上げる必要はないということになる。

実地調査率の低下が止まらない

国税庁の法人に対する実地調査率(対象法人数に対する実地調査件数の割合)は、1960年代には15%を超えていたが、グラフを見てわかるように、2015年はわずか3.1%だ。個人に対する実地調査率もかつて2%台だったのが、最近は1%台で推移している。これは国税庁(税務署)が年々増加している申告事案に忙殺されているのに、職員数が増えていないことによると見られる。


戦後まもない1949(昭和24)年の日本の法人数は約20万社だった。それが2015年度は約264万社(国税庁資料による)と13倍にもなっている。それに伴い、法人税・所得税など主な国税の申告件数は1949年に約800万件だったのが、2013年に約2700万件と、64年間で約3.4倍になっている。

確かにコンピュータや通信機器などの著しい普及や高度化で、税務処理などのIT化の進展は目覚ましいようだが、人手でこなさなければならない業務もまだ多いはずだ。毎年初めの確定申告の時期における税務署の混雑状況を見るだけでも、申告業務処理での忙殺ぶりが想像できる。

国税庁は2014年11月6日に、こう発表している。「2013年度における法人税の実地調査件数は前年度比2.8%減の9万1000件で、記録が残る1967年度以降、最も少なかった。調査手続きの透明化を目的とした改正国税通則法が2013年に施行され、課税理由を文書で説明するなど事務量が増えたことが影響している」と。ならば国税庁の陣容強化は喫緊の課題である。

ところが、同庁の職員数はむしろ減少している。同庁の定員数は発足時の1949(昭和24)年6月に6万0495人だったのが、2017年度は5万5667人と4828人も減っている。財政再建の旗振り役である財務省の外局だから人員増は厳しいといった事情があるようだ。

業務量増加、職員数頭打ちのため、同庁の実地調査体制は後退を繰り返してきた。1949年の発足当初は、「全法人を毎年調査すること」を基本としていたが、法人数の増加でそれを断念。高度成長初期の1960年代初頭までは「少なくとも3年に1度は調査を行う」循環調査体制を取っていた。

しかし、これも難しくなってきたため、規模の大きな法人を中心に調査する体制にシフト。1973(昭和48)年頃からは高額重点主義(高額・悪質な不正計算が想定される法人などを重点的に調べる方針)を取り、今日に至っている。

高額重点主義による実地調査率は、1980年代初め頃は10%前後だった。調査率が1割程度ということは、一度調査を受けた法人の次の調査は、ほぼ10年後という頻度(10年に一度)になる。最近のように3%前後だと30年に一度であり、今年調査を受けると次の調査は30年後くらいになる。

実地調査では過去3年分程度の申告状況が調査されるが、30年に一度くらいの頻度だと、調査がほとんど追いつかない。まして高額重点主義だと、中小企業の多くは手つかずだろう。国税庁(税務署)の調査能力の低下が止まらないから、そこにつけ込んで不正申告が減らないという面は確かにあるはずだ。

シャウプ勧告も税務職員の増加を奨励

先にも触れたように、「税務調査の透明化」などを目的とする改正国税通則法が2013年に施行され、国税庁の責任は大きくなっている。だが、国税庁の活動を支える仕組みは貧弱である。

たとえば税務に関連する訴訟では、米国や英国では納税者側が立証責任を負う。これに対して日本では課税庁(国税庁)側が立証責任を負うため、職員の負担が大きい。「納税者の申告が適正か否か」を判断する法定資料の提出を求めるうえで必要な資料情報制度も、官公庁の協力体制などを含め、欧米諸国と比べると貧弱である。

米国をはじめ先進諸国には納税者番号制度が整備されている国が多いが、日本にはなかったため預金等の口座の名寄せが不可能で、不正蓄財の見逃しが多かった。2016年から始まった「マイナンバー(社会保障・税番号制度)」で、どこまでしっかり取り締まれるかである。

国税庁は最近、富裕層の税逃れの監視に力を入れており、2014年に東京・名古屋・大阪の各国税局に「超富裕層プロジェクトチーム」を設置した。高度な節税策による国際的な税逃れの防止を強めるためだ。東京国税局ではその一環として、2016年に富裕層担当の「特別国税調査官」という専門職員を麻布・世田谷・渋谷の3税務署に配置。今後、配置先を増やしていく。

そうした状況でもあるだけに、国税庁の活動を支える人員増強や行政面での仕組みの強化が急がれよう。格段の陣容強化や徴税力強化に向けた制度整備が望まれる。

第2次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)は、米国からコロンビア大学教授のカール・S・シャウプ博士ら7人の財政・経済学者からなる日本税制使節団を招いた。


彼らが1949年にまとめた報告書は「シャウプ勧告」と呼ばれる。その内容は『シャウプの税制勧告』(シャウプ税制研究会編、福田幸弘監修/霞出版社)に詳しいが、税務当局の人員増加についても、このシャウプ勧告のくだりが注目される。「所得税及び法人税の執行」の章中、[職員の増加]の項には、こうある。

「人事に関する(中略)行政上の改善の一切の基となる基本的な要請は、税務職員の人数を増やすことである。十分な数の税務職員を採用するのを拒むことは[一文(いちもん)吝(おし)みの銭失い]である。

税務行政に支出される徴税費は、徴税額の著増によって十分報いられる。(中略)例え、単に支出された徴税費と徴税収納額のことだけを見ても、終局の結果は確かに政府にとって有利となるであろう。その上、もし租税措置が適正に施行されれば、政府およびその法律について多くの収穫が得られることになる」

「財政再建」「正常な徴税行政」を真剣に考えるなら、今一度、かみしめなければならない言葉だろう。