知の巨人が出した、不確実な世界を生き抜くための“答え” 「反脆弱性」とは
大企業の突然の凋落、政治の変動、地震や津波のような自然災害、世界各地で頻発するテロ。誰しもそんな予測できない未来に翻弄される。
そんな不確実な世界を生き抜くための知恵を授けてくれる本が話題になっている。
『反脆弱性[上][下]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』(ナシーム・ニコラス・タレブ著、千葉敏生訳、ダイヤモンド社刊)だ。
著者のタレブ氏は前著『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』(ともにダイヤモンド社)が世界的ベストセラーになったことで知られている。しかし、実は前著は本書の補助的な作品であり、本書のほうが主要書であると位置付けている。
2冊の前著では、正確な未来予測などは本質的に不可能であり、世界は不確実性やランダム性に満ち溢れていることが訴えられていた。本書では、そこから歩を進め、予測不能な未来にどう立ち向かうべきかが論じられている。
そのキーワードになるのが「反脆弱性」だ。
■不確実な未来を生き抜く武器「反脆弱性」
「反脆弱性」は著者による造語だ。「脆い」のちょうど逆にあたる単語がないことからつくられた言葉である。
「脆い」の反対語は、「頑健」「耐久力がある」だと思いがちだがそうではない。
脆いものは衝撃を受けると悪い状態に変化する(破壊、崩壊)。
一方、頑健なものは衝撃を受けても変化しない(現状維持)。
論理的に考えれば「脆い」の反対は、衝撃を受けると良い状態に変化する(成長、繁栄)ことを指すべきだ。しかし、この意味を表すシンプルな単語が見当たらないことから「反脆弱性」という言葉が提唱されている。
脆弱性=アップサイド(得るもの)よりもダウンサイド(失うもの)のほうが多い
反脆弱性=ダウンサイド(失うもの)よりもアップサイド(得るもの)のほうが多い
そして、「反脆さ」の仕組みを理解すれば、不確実な環境のもとで、予測に頼らずに意思決定を下すための体系的で包括的な指針を築くことができるという。
「反脆さ」は、ビジネス、政治、経済、医療、生活全般のように未知が大部分を占める場所や、ランダムで、予測不能で、不透明で、物事を完璧に理解できないような状況で重要な役割を果たすのだ。
■ランダム性やストレスを取り除かない
一般的に自然のものは、変動の原因や範囲によって、「反脆く」もなれば脆くもなる。
たとえば、人間の体は一定限度までならば、ストレスがプラスに働く。
筋肉に一定の負荷をかければより重いものが持ち上げられるし、微量の細菌を体内に摂り入れる予防接種も免疫力を高めてくれる。
しかし、このストレスを一切取り除いてしまうとどうなるか?
身体は衰え、脆くなってしまう。つまり、「反脆く」あるためにはストレスを完全に取り除いてはいけないのだ。
これは人間の体だけに限った話ではない。政治やビジネス、経済システムなど、相互依存性が大きく、膨大な情報が構成要素へと運ばれるすべてのものに共通する。
ビジネスでも、失敗に寛容な企業はイノベーションを起こせるが、失敗を許容する土壌がない企業は頑健ではあるかもしれないが、ブラック・スワンには対処できないことが多い。
ランダム性や間違いにあえて身を晒し、一定の脆さを受け入れることで、反脆弱性を得ることができるだろう。
■何に基づいて意思決定をするか?
未来に進むためには、絶えず意思決定が必要になる。そのとき何を指針にすべきだろうか。
著者は未来予測に対して激しく批判的だ。「予測の成績はいつも0点」とまで言い切る。
そして、一番大事なのはペイオフ(事象によって生じる利得や損失)であるという。
科学者や組織のトップはよく信頼水準と呼ばれるものを用いる。
ある結果が信頼水準95%だと言われれば、聞いた側はなんとなく満足する。だが、「飛行機は信頼水準95%で安全だ」と言われたらどうか。「99%」と言われても安全とは言えないだろう。
実世界においてほとんどの場合、予測に基づいた確率で意思決定はされていない。着目しているのは事象の脆さと「反脆さ」から導いたペイオフだ。
たとえば、飛行機の搭乗前に乗客が危険物や武器を持っていないかをチェックする。それは乗客をテロリストだと思っているからではなく、私たちがテロに対して脆いからだ。原子炉の安全強化に巨額を投じるのも、事故に対して脆いからである。
もっと身近なところで言えば、天気の悪い日に傘を持っていくかどうかもペイオフで決めているはずだ。「濡れない」という利得と「手荷物を減らす」という利得を天秤にかけ、絶対に濡れたくなかったら降水確率30%でも傘を持っていく。
こうした意思決定のプロセスを自覚することは、ひとつの指針となるだろう。
本書は上下巻で800ページという大著。他にも本書では、あらゆる事象に内在する反脆弱性を抽出し、そこにある問題と本質を掘り下げ、様々な分野へ応用展開されていく形で議論が進む。そのどれもが知的刺激に溢れ、先の見えない未来を進む一助になるはずだ。
(ライター:大村 佑介)
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『反脆弱性[上][下]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』(ナシーム・ニコラス・タレブ著、千葉敏生訳、ダイヤモンド社刊)だ。
著者のタレブ氏は前著『まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』(ともにダイヤモンド社)が世界的ベストセラーになったことで知られている。しかし、実は前著は本書の補助的な作品であり、本書のほうが主要書であると位置付けている。
そのキーワードになるのが「反脆弱性」だ。
■不確実な未来を生き抜く武器「反脆弱性」
「反脆弱性」は著者による造語だ。「脆い」のちょうど逆にあたる単語がないことからつくられた言葉である。
「脆い」の反対語は、「頑健」「耐久力がある」だと思いがちだがそうではない。
脆いものは衝撃を受けると悪い状態に変化する(破壊、崩壊)。
一方、頑健なものは衝撃を受けても変化しない(現状維持)。
論理的に考えれば「脆い」の反対は、衝撃を受けると良い状態に変化する(成長、繁栄)ことを指すべきだ。しかし、この意味を表すシンプルな単語が見当たらないことから「反脆弱性」という言葉が提唱されている。
脆弱性=アップサイド(得るもの)よりもダウンサイド(失うもの)のほうが多い
反脆弱性=ダウンサイド(失うもの)よりもアップサイド(得るもの)のほうが多い
そして、「反脆さ」の仕組みを理解すれば、不確実な環境のもとで、予測に頼らずに意思決定を下すための体系的で包括的な指針を築くことができるという。
「反脆さ」は、ビジネス、政治、経済、医療、生活全般のように未知が大部分を占める場所や、ランダムで、予測不能で、不透明で、物事を完璧に理解できないような状況で重要な役割を果たすのだ。
■ランダム性やストレスを取り除かない
一般的に自然のものは、変動の原因や範囲によって、「反脆く」もなれば脆くもなる。
たとえば、人間の体は一定限度までならば、ストレスがプラスに働く。
筋肉に一定の負荷をかければより重いものが持ち上げられるし、微量の細菌を体内に摂り入れる予防接種も免疫力を高めてくれる。
しかし、このストレスを一切取り除いてしまうとどうなるか?
身体は衰え、脆くなってしまう。つまり、「反脆く」あるためにはストレスを完全に取り除いてはいけないのだ。
これは人間の体だけに限った話ではない。政治やビジネス、経済システムなど、相互依存性が大きく、膨大な情報が構成要素へと運ばれるすべてのものに共通する。
ビジネスでも、失敗に寛容な企業はイノベーションを起こせるが、失敗を許容する土壌がない企業は頑健ではあるかもしれないが、ブラック・スワンには対処できないことが多い。
ランダム性や間違いにあえて身を晒し、一定の脆さを受け入れることで、反脆弱性を得ることができるだろう。
■何に基づいて意思決定をするか?
未来に進むためには、絶えず意思決定が必要になる。そのとき何を指針にすべきだろうか。
著者は未来予測に対して激しく批判的だ。「予測の成績はいつも0点」とまで言い切る。
そして、一番大事なのはペイオフ(事象によって生じる利得や損失)であるという。
科学者や組織のトップはよく信頼水準と呼ばれるものを用いる。
ある結果が信頼水準95%だと言われれば、聞いた側はなんとなく満足する。だが、「飛行機は信頼水準95%で安全だ」と言われたらどうか。「99%」と言われても安全とは言えないだろう。
実世界においてほとんどの場合、予測に基づいた確率で意思決定はされていない。着目しているのは事象の脆さと「反脆さ」から導いたペイオフだ。
たとえば、飛行機の搭乗前に乗客が危険物や武器を持っていないかをチェックする。それは乗客をテロリストだと思っているからではなく、私たちがテロに対して脆いからだ。原子炉の安全強化に巨額を投じるのも、事故に対して脆いからである。
もっと身近なところで言えば、天気の悪い日に傘を持っていくかどうかもペイオフで決めているはずだ。「濡れない」という利得と「手荷物を減らす」という利得を天秤にかけ、絶対に濡れたくなかったら降水確率30%でも傘を持っていく。
こうした意思決定のプロセスを自覚することは、ひとつの指針となるだろう。
本書は上下巻で800ページという大著。他にも本書では、あらゆる事象に内在する反脆弱性を抽出し、そこにある問題と本質を掘り下げ、様々な分野へ応用展開されていく形で議論が進む。そのどれもが知的刺激に溢れ、先の見えない未来を進む一助になるはずだ。
(ライター:大村 佑介)
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