直木賞作家から作家志望者へのアドバイス
出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!第88回に登場するのは、先日『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎刊)で、第156回直木三十五賞を受賞した恩田陸さんです。
『蜜蜂と遠雷』は、ある国際ピアノコンクールを舞台に、ピアニストたちの邂逅と葛藤、成長、「才能」という罪深い言葉が併せ持つ蜜と毒、そして音楽を描いた青春群像小説。
読んだ者をコンクールの興奮に巻き込み、脳裏に音楽を響かせるこの作品がどのようにできあがったのか、ご本人にお話をうかがいました。注目の最終回です。(インタビュー・記事:山田洋介)
■「上手な人は増えたけど…」小説家を目指す人に伝えたいこと
――子どもの頃、小説家になるということを意識したきっかけになった本がありましたら教えていただきたいです。
恩田:ロワルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』だと思います。
この本のインパクトが大きくて、そこではじめて「物語には作者がいる」ということと、「この物語を書いた人はロワルド・ダールという外国の人で、それを日本語にする翻訳者という人がいる」ということを認識したんです。
あまりにおもしろかったので、「いつかは自分もこんなお話を書きたい」と思ったんだと思います、たぶん(笑)。
――それ以降はどんなものを読んでこられたのでしょうか。
恩田:手当たり次第に何でも読むという感じでした。ミステリやSFも読みましたし、いわゆる文学っぽいものも読んでいました。漫画も大好きでしたから、兄が買ってくる少年漫画を借りて読んだりもしていましたね。
――初めて書いた小説でデビューしてしまったことで、後々苦労したことはありますか?
恩田::二作目を書いている時に、何を書いていいかわからなくなってしまったことはすごくよく覚えています。たぶんそれが一番苦労したというか、自分にとっての大問題だったと思います。
――その悩みからはどうやって抜け出しましたか?
恩田:何とかそのまま書いていたのですが、三作目か四作目を書いている時に、ふと「そうか、自分が好きだったものについて書けばいいんだ」と思えたんです。
「子どもの頃に読んで好きだった、ああいう雰囲気の本を書きたい」とか「ああいう読後感のものを書きたい」という風に考えるようになってからは、割と書くネタには苦労しなくなった気がします。
――『蜜蜂と遠雷』でいうと嵯峨三枝子のように、恩田さんは小説を書くだけではなく、文学賞の選考委員として新しい作家を発掘する立場でもあります。若い作家に期待することはありますか?
恩田:心から「これを書きたい!」と思えるものを書いてほしい、ということです。
最近は新人賞であればみんなその賞の傾向を調べて、その賞に合うように対策を練って書いてきますし、テクニック的に上手な人も増えたんですけど、その反面「これは!」という作品が出にくくなっているように思います。
選考委員をやっている身としては「傾向と対策」で受賞しても長くは続かないというということは言いたいですね。
――小説を書く人の裾野が広がって、レベルも上がったけど……というところですね。
恩田:そうですね。でも、裾野が広がったからすごい人がたくさん出るかというと、おそらくそんなことはないですよね。
あるプログラマーの本に書かれていたのですが、パソコンが普及して、デジタルネイティブの人が増えても、優秀なプログラマーはやはりひと握りしかいないそうです。小説もそれと似ているのかもしれません。
――恩田さんが人生に影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただきたいです。
恩田:小説家という職業を意識したきっかけということで、先ほどの『チョコレート工場の秘密』は最初にきます。
二冊目は谷崎潤一郎の『細雪』です。何の筋もなくて、何が起こるわけでもないのに、どうしてこんなにもおもしろいんだろうと思ったのを覚えています。
私は「エンタメ至上主義」的なところがあって、話がおもしろくないと小説として読むに値しないとずっと思っていたのですが、『細雪』を読んで、物語の筋のおもしろさとは別のおもしろさがあるんだ、ということに気がつきました。
『秘密の花園』もインパクトが強烈だったので挙げておきます。児童文学なんですけど、主人公がものすごく性格が悪いんですよ。児童文学とか絵本ってだいたい主人公は「いい子」じゃないですか。
だから「こんなに性格が悪いのに主役を張れるんだ」ということに衝撃を受けたのを覚えています。唯一不満なのは、話の後半になるとちょっと「いい子」になってしまうところです(笑)。
――最後になりますが、『蜜蜂と遠雷』をまだ読んでいない方々にメッセージをいただければと思います。
恩田:人生と音楽を愛する方に、ぜひ読んでいただきたいです。
■取材後記
ご本人は「だいぶ落ち着いてきました」とおっしゃっていましたが、直木賞受賞決定後の忙しい時期に取材をさせていただきました。
飄々としつつも、熱心に『蜜蜂と遠雷』の成り立ちを話してくださった恩田さん。構想から12年かけて大作を書き上げた熱意にはただただ感服するばかりです。
『蜜蜂と遠雷』は音楽に、そしてピアノコンテストに青春のすべてを賭けるピアニストたちの物語。才能あるピアニストでさえ蹴落とされるスリリングな展開に浸るのも、作中の音楽の描写をじっくりと読み込むのも楽しいはずです。
(インタビュー・記事/山田洋介)
第一回 構想から完成まで12年!『蜜蜂と遠雷』ができるまで を読む
第二回 「これまでとは違うことをやらないと」という強迫観念 を読む
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『蜜蜂と遠雷』は、ある国際ピアノコンクールを舞台に、ピアニストたちの邂逅と葛藤、成長、「才能」という罪深い言葉が併せ持つ蜜と毒、そして音楽を描いた青春群像小説。
読んだ者をコンクールの興奮に巻き込み、脳裏に音楽を響かせるこの作品がどのようにできあがったのか、ご本人にお話をうかがいました。注目の最終回です。(インタビュー・記事:山田洋介)
――子どもの頃、小説家になるということを意識したきっかけになった本がありましたら教えていただきたいです。
恩田:ロワルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』だと思います。
この本のインパクトが大きくて、そこではじめて「物語には作者がいる」ということと、「この物語を書いた人はロワルド・ダールという外国の人で、それを日本語にする翻訳者という人がいる」ということを認識したんです。
あまりにおもしろかったので、「いつかは自分もこんなお話を書きたい」と思ったんだと思います、たぶん(笑)。
――それ以降はどんなものを読んでこられたのでしょうか。
恩田:手当たり次第に何でも読むという感じでした。ミステリやSFも読みましたし、いわゆる文学っぽいものも読んでいました。漫画も大好きでしたから、兄が買ってくる少年漫画を借りて読んだりもしていましたね。
――初めて書いた小説でデビューしてしまったことで、後々苦労したことはありますか?
恩田::二作目を書いている時に、何を書いていいかわからなくなってしまったことはすごくよく覚えています。たぶんそれが一番苦労したというか、自分にとっての大問題だったと思います。
――その悩みからはどうやって抜け出しましたか?
恩田:何とかそのまま書いていたのですが、三作目か四作目を書いている時に、ふと「そうか、自分が好きだったものについて書けばいいんだ」と思えたんです。
「子どもの頃に読んで好きだった、ああいう雰囲気の本を書きたい」とか「ああいう読後感のものを書きたい」という風に考えるようになってからは、割と書くネタには苦労しなくなった気がします。
――『蜜蜂と遠雷』でいうと嵯峨三枝子のように、恩田さんは小説を書くだけではなく、文学賞の選考委員として新しい作家を発掘する立場でもあります。若い作家に期待することはありますか?
恩田:心から「これを書きたい!」と思えるものを書いてほしい、ということです。
最近は新人賞であればみんなその賞の傾向を調べて、その賞に合うように対策を練って書いてきますし、テクニック的に上手な人も増えたんですけど、その反面「これは!」という作品が出にくくなっているように思います。
選考委員をやっている身としては「傾向と対策」で受賞しても長くは続かないというということは言いたいですね。
――小説を書く人の裾野が広がって、レベルも上がったけど……というところですね。
恩田:そうですね。でも、裾野が広がったからすごい人がたくさん出るかというと、おそらくそんなことはないですよね。
あるプログラマーの本に書かれていたのですが、パソコンが普及して、デジタルネイティブの人が増えても、優秀なプログラマーはやはりひと握りしかいないそうです。小説もそれと似ているのかもしれません。
――恩田さんが人生に影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただきたいです。
恩田:小説家という職業を意識したきっかけということで、先ほどの『チョコレート工場の秘密』は最初にきます。
二冊目は谷崎潤一郎の『細雪』です。何の筋もなくて、何が起こるわけでもないのに、どうしてこんなにもおもしろいんだろうと思ったのを覚えています。
私は「エンタメ至上主義」的なところがあって、話がおもしろくないと小説として読むに値しないとずっと思っていたのですが、『細雪』を読んで、物語の筋のおもしろさとは別のおもしろさがあるんだ、ということに気がつきました。
『秘密の花園』もインパクトが強烈だったので挙げておきます。児童文学なんですけど、主人公がものすごく性格が悪いんですよ。児童文学とか絵本ってだいたい主人公は「いい子」じゃないですか。
だから「こんなに性格が悪いのに主役を張れるんだ」ということに衝撃を受けたのを覚えています。唯一不満なのは、話の後半になるとちょっと「いい子」になってしまうところです(笑)。
――最後になりますが、『蜜蜂と遠雷』をまだ読んでいない方々にメッセージをいただければと思います。
恩田:人生と音楽を愛する方に、ぜひ読んでいただきたいです。
■取材後記
ご本人は「だいぶ落ち着いてきました」とおっしゃっていましたが、直木賞受賞決定後の忙しい時期に取材をさせていただきました。
飄々としつつも、熱心に『蜜蜂と遠雷』の成り立ちを話してくださった恩田さん。構想から12年かけて大作を書き上げた熱意にはただただ感服するばかりです。
『蜜蜂と遠雷』は音楽に、そしてピアノコンテストに青春のすべてを賭けるピアニストたちの物語。才能あるピアニストでさえ蹴落とされるスリリングな展開に浸るのも、作中の音楽の描写をじっくりと読み込むのも楽しいはずです。
(インタビュー・記事/山田洋介)
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