68年前の雑誌で、医学部教授が送った「男性不能」へのアドバイスとは
夜も更けてきた23時台以降の電車に乗っていると、酔って自制心の薄れる乗客が増えるせいか、結構あけすけな会話が聞こえてくる。
筆者が先日遭遇したのは、40代後半と思しき二人組の男性が、他ならぬ「男性自身」の話題で盛り上がっている場面である。
「ムスコが、ムスコが」と話しているので子どもの話だと思って聞いていた筆者だったが、「インポテンツ」という古めかしい言葉が発せられればさすがに理解する。「ED」と言いたかったようだが、かなり酔っていたせいか思い出せなかったようだ(「AD」とか「CD」とか言っていた。惜しい)。
そしてこの手の話の次にくるワードは決まっている。予想通りの「バイアグラ」である。いつの時代も初老の男性たちの悩みは同じなのだ。
しかし、悩みが同じでも対処法の方は時代とともに変化することもあるかもしれない。というわけで、虻蜂コラム第2回は、「バイアグラ」などなかった時代のお話である。
■68年前、名門医大の教授陣が結集した「性的不能の治し方」特集
1949年(昭和24年)というと戦後まもなくといった時代だが、当時発行されていた家庭雑誌「夫婦生活」(夫婦生活社刊)は、この年の7月号で「不感症と不能症の治し方」と銘打った特集を組んでいる。
今でいう「ED」についても東京慈恵医大、慶応大学医学部といった名門医大の教授陣が寄稿し、対策とアドバイスを伝授。まさしく、日本の叡智が結集し、立ち上がらない男性自身を立ち上がらせるために立ち上がったわけである。
もちろん、当時は「ED」という言葉はなかったため、もっぱら「不能症」という言葉が使われている。この言葉は「差別的表現」として今では「インポテンツ」とともに使われなくなっているが、ここでは当時の記述を尊重して「不能症」という言葉で特集の内容を紹介させていただく。
古来より多くの男性を悩ませてきた「不能症」を、この雑誌では「精神的原因のもの」と「肉体的原因のもの」とに大別している。このあたりは現代でも知られていることだが、改めて書くところを見ると、当時はさほど周知されてはいなかったかもしれない。
さて、冒頭に書いた話の流れからしても、「肉体的原因による不能症」の方をあたってみよう、ということでそちらを読んでみたが…。
人間四十代になると、概して性慾は減退するが、これよりも勃起力の減弱の方が目立つことが多い。勃起中枢の興奮性が弱くなるからである。この程度は人によつて異るけれど、腎炎とか糖尿病があると特に著明であつて、若いのに勃起力が不十分である原因も糖尿病のためである例が度々経験されている。(P26より引用)
これは、時の慶応大学医学部、金子榮壽准教授による解説だが、今見て目新しい部分はない。
対策の方では、先に引用した腎炎や糖尿病といった「病気の有無を詳らかにしたうえで」と前置きしたうえで「ホルモン剤」や「催淫剤」の使用を挙げている。こちらも、まあ予想通りというか、驚きはなかった。
ひとつおもしろかったのは、金子准教授が「もっとも広く知られている催淫剤」として「ヨヒンビン」という聴き慣れない名前を挙げていたことだ。
調べてみると、「ヨヒンビン」とは、西アフリカや中央アフリカに生えるヨヒンベという植物から抽出されるアルカロイドの一種。氏がこの物質を「老衰現象の一として起る勃起力の不足には有効である」としているように、現在でも各種強壮剤などに使用されている。
ちなみに東京慈恵医大教授・高良武久氏が寄稿した「精神的原因による不能症」への対処は、趣旨としては「自然に任せてじっと待て」というもの。「肉体的」な方と同様、何かしらの実践的対処を期待していたが、完全な空振りに終わった。
◇
「今の医学で完全に解決できていない問題への解決法が昔の雑誌に載っているわけないよね!」というごく当たり前の結論に終わった今回だが、この古い雑誌を読んでみて感じたのは「男性にかかる重圧」だ。
何しろ、1949年の日本の合計特殊出生率(一人の女性が生涯を通して出産する平均数)は4.32である(ちなみに2015年は1.45)。この数字を裏付けるように、結婚をしたら子どもを作るのが当たり前」という価値観が雑誌全体からひしひしと伝わってくるのだ。
もちろんこれは女性も同じだが、「結婚して子どもを複数人生んで育てて」ということが当たり前の社会では「性的機能」は今よりも重視されていたはず。それだけに「不能症」の男性の悩みは、現代男性が想像するよりもずっと深かったのではないか。
実に68年前に発行された雑誌で当たり前のように特集されていた「不能症」の特集だったが、「結婚するも自由、子どもを作るも自由」な現代に生きる男には、少々アクが強すぎたのだった。
(新刊JP編集部・山田洋介)
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「ムスコが、ムスコが」と話しているので子どもの話だと思って聞いていた筆者だったが、「インポテンツ」という古めかしい言葉が発せられればさすがに理解する。「ED」と言いたかったようだが、かなり酔っていたせいか思い出せなかったようだ(「AD」とか「CD」とか言っていた。惜しい)。
しかし、悩みが同じでも対処法の方は時代とともに変化することもあるかもしれない。というわけで、虻蜂コラム第2回は、「バイアグラ」などなかった時代のお話である。
■68年前、名門医大の教授陣が結集した「性的不能の治し方」特集
1949年(昭和24年)というと戦後まもなくといった時代だが、当時発行されていた家庭雑誌「夫婦生活」(夫婦生活社刊)は、この年の7月号で「不感症と不能症の治し方」と銘打った特集を組んでいる。
今でいう「ED」についても東京慈恵医大、慶応大学医学部といった名門医大の教授陣が寄稿し、対策とアドバイスを伝授。まさしく、日本の叡智が結集し、立ち上がらない男性自身を立ち上がらせるために立ち上がったわけである。
もちろん、当時は「ED」という言葉はなかったため、もっぱら「不能症」という言葉が使われている。この言葉は「差別的表現」として今では「インポテンツ」とともに使われなくなっているが、ここでは当時の記述を尊重して「不能症」という言葉で特集の内容を紹介させていただく。
古来より多くの男性を悩ませてきた「不能症」を、この雑誌では「精神的原因のもの」と「肉体的原因のもの」とに大別している。このあたりは現代でも知られていることだが、改めて書くところを見ると、当時はさほど周知されてはいなかったかもしれない。
さて、冒頭に書いた話の流れからしても、「肉体的原因による不能症」の方をあたってみよう、ということでそちらを読んでみたが…。
人間四十代になると、概して性慾は減退するが、これよりも勃起力の減弱の方が目立つことが多い。勃起中枢の興奮性が弱くなるからである。この程度は人によつて異るけれど、腎炎とか糖尿病があると特に著明であつて、若いのに勃起力が不十分である原因も糖尿病のためである例が度々経験されている。(P26より引用)
これは、時の慶応大学医学部、金子榮壽准教授による解説だが、今見て目新しい部分はない。
対策の方では、先に引用した腎炎や糖尿病といった「病気の有無を詳らかにしたうえで」と前置きしたうえで「ホルモン剤」や「催淫剤」の使用を挙げている。こちらも、まあ予想通りというか、驚きはなかった。
ひとつおもしろかったのは、金子准教授が「もっとも広く知られている催淫剤」として「ヨヒンビン」という聴き慣れない名前を挙げていたことだ。
調べてみると、「ヨヒンビン」とは、西アフリカや中央アフリカに生えるヨヒンベという植物から抽出されるアルカロイドの一種。氏がこの物質を「老衰現象の一として起る勃起力の不足には有効である」としているように、現在でも各種強壮剤などに使用されている。
ちなみに東京慈恵医大教授・高良武久氏が寄稿した「精神的原因による不能症」への対処は、趣旨としては「自然に任せてじっと待て」というもの。「肉体的」な方と同様、何かしらの実践的対処を期待していたが、完全な空振りに終わった。
◇
「今の医学で完全に解決できていない問題への解決法が昔の雑誌に載っているわけないよね!」というごく当たり前の結論に終わった今回だが、この古い雑誌を読んでみて感じたのは「男性にかかる重圧」だ。
何しろ、1949年の日本の合計特殊出生率(一人の女性が生涯を通して出産する平均数)は4.32である(ちなみに2015年は1.45)。この数字を裏付けるように、結婚をしたら子どもを作るのが当たり前」という価値観が雑誌全体からひしひしと伝わってくるのだ。
もちろんこれは女性も同じだが、「結婚して子どもを複数人生んで育てて」ということが当たり前の社会では「性的機能」は今よりも重視されていたはず。それだけに「不能症」の男性の悩みは、現代男性が想像するよりもずっと深かったのではないか。
実に68年前に発行された雑誌で当たり前のように特集されていた「不能症」の特集だったが、「結婚するも自由、子どもを作るも自由」な現代に生きる男には、少々アクが強すぎたのだった。
(新刊JP編集部・山田洋介)
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