PDCAサイクルと、OODAループの違いとは?(写真:metamorworks/PIXTA)

不確定な経営環境のなかで競争優位を築くカギとしてOODA LOOP(ウーダループ)が話題になっています。もともとアメリカ軍の行動原則のOODAが、なぜビジネスの世界で注目されるようになったのでしょうか? OODAをビジネス視点で解説した古典的名著の日本語版『OODA LOOP(ウーダループ):次世代の最強組織に進化する意思決定スキル』を翻訳・解説した神戸大学大学院の原田勉教授に、なぜPDCAではなくOODAなのか、OODAはどのようなビジネスに役立つのかについて語ってもらいました。

PDCAサイクルがうまく回らない理由

インドのことわざに「貧者に魚を与えるな。魚の釣り方を教えよ」というものがあります。魚を与えてもそれを食べてしまえば一時的に飢えをしのぐことはできます。しかし、これでは貧困の解消という問題解決にはなりません。無償で(魚を)援助するという行為は、長い目で見ると援助への依存度を高め、かえって問題を悪化させてしまいます。それよりも、魚の釣り方自体を教えるほうが、貧困、飢えの解消につながります。


しかし、魚を与えてその釣り方を教えない、というのは私たちの身の回りでもよく起こっていることではないでしょうか。例えば、PDCAサイクルということがよく実務では取り上げられます。PDCAとは、計画(Plan)、実行(Do)、チェック(Check)、修正(Action)という順序でのこのサイクルを回していくことです。

PDCAサイクルが機能するためには、出発点である計画がしっかりしたものでないといけません。優れた計画を立案するためには、計画立案者が必要な情報を持ち、目標だけではなくそれを達成するための手段を明示することが重要になります。そのような場合、計画実行には、たとえ多くの努力や労力が現場に要求されたとしても、創造性やイニシアティブはあまり要求されません。

つまり、これは計画に従う立場の者に対して、魚を与えて釣り方を教えていないということにほかなりません。確かに、売り上げが魚だとすれば、計画は釣り方に該当します。けれども、学習する組織の次なる段階は、手段自体を魚と捉えることです。そうすると、PDCAはその手段をいかにして獲得するのか、という魚の釣り方を教える段階には至っていないことになります。

PDCAサイクルが機能するのは、計画立案者が必要な情報を持っている場合、すなわち、不確実性が低い定型的業務に限定されます。例えば、大枠での目標(=ミッション)が与えられたとしても、それをどう達成すればよいのかわからない場合、計画など立案しようがありません。そこで求められるのは情報収集活動であり、得られた情報をもとに試行錯誤を続けていくことです。

基礎研究や新規事業開発をゼロベースで行っている場合、現場でPDCAサイクルを回すことはほぼ不可能でしょう。日本企業のなかには、そのような現場でもPDCAサイクルが重視され、形ばかりのPDCAサイクルが儀式のように実施されているところもあります。しかし、実際には現場で実験、試行錯誤が繰り返され、死屍累々の結果のなかで何とか一筋の光を求めて悪戦苦闘しているのが実情でしょう。

OODAループとは?

アメリカ海兵隊で採用され、湾岸戦争など現代戦で顕著な成果を上げているのが、OODAループと呼ばれるものです。これは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、意思決定(Decide)、行動(Act)という一連の活動から構成されます。観察とは情報収集のことであり、情勢判断は、収集された情報の解釈を行うことです。その解釈にもとづいて現場で何らかの意思決定を下し、実行に移されます。


OODAループがPDCAサイクルと異なるのは、計画を出発点としていないという点です。もちろん、大枠でのミッションは与えられています。しかし、そのミッションには、それを達成するための手段は明示されていません。上司からその方法論について指示を受けることもありません。

ミッションを遂行する者は、自発性、創造性を駆使して、ミッション達成のための手段を発見し、即座にそれを実行しなければなりません。ここがPDCAサイクルとの決定的な相違点になります。

ミッションを達成するために必要な最低限の資源、権限を現場に与え、そのなかで自らの責任の下でミッションを達成せよ、という一種の契約がOODAループの背後に存在します。PDCAサイクルの場合、上司の現場介入は普通であり、完全に担当者に任せるということはあまりありません。OODAループの場合、一度現場に任せれば、そこから先は上司は口出ししません。

優れた上司であっても、口出しすることは、一種の魚を与えることであり、魚の釣り方を教えることにはなりません。しかも、多くの場合は、上司が口出しすれば現場は混乱するだけであり、百害あって一利なしとなります。

したがって、上司と部下、あるいは、現場担当者間での相互信頼が重要な要因となります。これがなければOODAループは機能しません。

組織で高速OODAループを回す

少し古い話になりますが、OODAループの成功事例として、2013年の第47回スーパーボウルで最も大きな成功を収めたクッキーのオレオのケースがあります。

スーパーボウルはアメリカでも最も人気の高いスポーツイベントです。テレビの高視聴率ランキングでもスーパーボウル関連の番組が上位を占めています。企業にとっては広告宣伝の大きなチャンスで、テレビCMの料金は400万ドルを下りません。

この試合の第3クオーター中に34分もの停電が生じるというアクシデントが起こりました。オレオはこの機会を生かし、「停電? 大丈夫さ」というツイートとともに、スポットライトの当たったオレオの画像に「暗闇でもダンクすることができる」(You can still dunk in the dark.)というキャプションをつけたのです。

オレオはクッキーを2つに割り(twist)、中にあるクリームを舐め(lick)、ミルクにつけて食べる(dunk)という「twist, lick, and dunk」をキャッチコピーとしています。ミルクに浸すダンクという動作は、停電中の暗闇でもできるというこの当意即妙なジョークは、1万5000件近くのリツイートと2万件以上の「いいね」を誘発しました。それは、膨大な広告費用のかかるテレビCM以上の宣伝効果を生み出したことになります。

実はそのとき、コピーライターやアーティストなどから構成される15人のソーシャルメディア・チームが存在していました。スーパーボウルの試合中、彼らはオンラインで待機し、10分以内であらゆることに現場対応できる態勢をとっていました。つまり、これは偶然の産物ではなく、状況の変化に即応できる組織的な体制を事前に整備していたのです。

最近では、新製品の評判や広告効果について、ツイッターやフェイスブックなどのSNSからリアルタイムで情報を収集し、得られた情報に基づき迅速に対応していくことや、ネット上で自社製品・サービスに対するクレイマーを見つけると、担当者が個別に対応していく、ということは多くの企業ですでに取り入れられつつあります。

その際、具体的なアクションをとるために、複数の上司の決裁印がなければ動けないということでは適切なタイミングを逸してしまうことになります。そこでは現場担当者の即断即決が求められます。

現場での迅速な情報収集、即断即決、実行を支えるための組織的な仕組み、仕掛けを整備することは必ずしも容易なことではありません。しかし、このOODAループを高速で回すことができる組織は、直面する不確実性は競合他社よりも低く、より機動的な戦略を実行していくことができます。

アメリカ海兵隊でも、戦地での不確実な状況のなかで少数の精鋭部隊が情報収集活動に当たり、敵の裏をかき、機動作戦を実行します。ここでカギとなるのがOODAループをできるだけ速く回すということです。

湾岸戦争など現代戦の特徴は、迅速な機動作戦によって味方の犠牲を最小限にして敵を制圧していることです。これを可能にしているのが高速OODAループにほかなりません。したがって、高速OODAループと機動戦略は一体不可分の関係にあります。これはビジネスの場合でも成立します。

AI時代に競争優位を築く機動戦略

ビッグデータやその分析手法としてのAI(人工知能)の果たす役割はますます大きくなっていくでしょう。AIは大量なデータから自ら学習して何らかのパターン、特徴を識別することを可能にします。それはある意味では、OODAループをAIが回していると解釈することもできます。

ビッグデータの収集自体はセンサーなどが担当するにしても、情報収集以降は、情勢判断、意思決定はAIが担うことができます。このAIシステムをいかにして日常業務のなかで活用していくのかは、OODAループを組織内に導入することに等しいといえます。

ただし、すべてAIに任せればよいかといえばそうではありません。というのも、AIが適用できる領域は、ビッグデータが存在する領域であり、前例のない状況での決断にはAIはなじまないからです。研究開発活動の大半は人間による活動であり、人間によるOODAループ(一部、AIなどに任せるとしても)を回すことがカギとなります。

したがって、今後の組織に必要なのは、少なくとも非定型的領域においては、AIとともに人間によるOODAループを組織的に高速で回すための仕組みを整えることです。そして、その成果を機動戦略へと実現していくことが求められます。

従来の競争戦略は、差別化、低コストなど、どちらかといえば安定した強みにもとづいたシステムとしての戦略です。機動戦略とは、システムで勝負するのではなく、市場との即興演奏(improvisation)を行っていくことであり、B2Cの企業といえども、ソーシャルメディアの双方向性により、個客対応を低コストで実施することが可能になりつつあります。

この即興演奏こそが今後の競争優位の新たな源泉であり、それを可能にするのが高速OODAループを組織的に回すということになります。

経営の本質は自転車操業

私は経営の本質とは、自転車操業にあると考えています。ここでいう自転車操業とは、資金繰りに追われた経営ということではありません。そうではなく、自転車はこぎ続けることを止めれば倒れてしまうということです。

ペダルをこぐのはあくまでも自分の足であり、他人に代わってもらうことはできません。このペダルをこぐスピードが速ければ速いほど、ほかの自転車の先頭を切ってリードすることができます。逆に、そのペダルをこぐことができなくなれば、最終的には自転車は倒れざるをえません。

同様に、経営とは自社の力でペダルをこぎ続けることであり、そのペダルに該当するのがOODAループです。

OODAループを最初に聞いたとき、「だから何?」という反応をする人が少なくありません。おそらく、その理由は、個人レベルでは意識せずにOODAループを回していることが少なくないからでしょう。

人間はつねに計画的に動いているわけではありません。日常生活のなかで、漠然とした夢を達成するためにどうすればいいかわからず、試行錯誤を繰り返すという経験をした人は多いでしょう。そこでは暗黙的にOODAループを回しています。

ただし、これを組織的に実行することは非常に難しい。特に、組織の規模が大きくなるにしたがい、その困難さは増していきます。

しかし、AI、IoT、ビッグデータ、ソーシャルメディアの発展という流れのなかで、リアルタイムにデータを収集し、即座に判断して行動に移すこと、これが競争優位を築くためのカギになります。どのような環境変化にも即時対応できる、次世代の最強組織を築くためには、OODAループに着目し、組織として取り組むことが大切です。