井上智洋・駒澤大学経済学部准教授

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すべての個人に一律で生活費を現金給付する「ベーシックインカム(BI)」。この制度を導入すれば、働かなくても生活費がもらえるようになるため、格差是正や失業対策になると期待されている。駒澤大学の井上智洋教授は「近い将来、あらゆる労働が人工知能とロボットに代替される可能性がある。その備えとして、できる限り早くBIを導入すべきだ」と訴える――。

■人間の仕事を奪う「純粋機械化経済」がやってくる

わたしは、ベーシックインカムの導入に賛成しています。ベーシックインカム推進の国際機関BIEN(ベーシックインカム世界ネットワーク)の2012年のミュンヘン大会、2016年のソウル大会と参加し、ベーシックインカムの経済的な意義や妥当性について発表しました。

なぜベーシックインカムに賛成なのか。その理由は今後起きうる社会変化と関連しています。わたしは現在、大学でマクロ経済学の研究をしていますが、学生時代は計算機科学を専攻しており、人工知能について学んでいました。人工知能とマクロ経済、この2つの分野をかけ合わせて未来予測をするとどうなるか。将来的には人間と同じような知的振る舞いをする汎用人工知能が完成し、あらゆる労働が人工知能とロボットに代替される可能性があります。そうすると、経済構造が劇的に転換して、人工知能やロボットなどの機械のみが直接生産活動を行うようになります。わたしはこのような経済を、「純粋機械化経済」と呼んでいます。

そのような未来が訪れたとき、ほとんどの労働者は仕事がなくなります。AIによる技術的失業、いわゆる「AI失業」です。ロボットが働く無人工場を所有する人、つまり資本家は、これまで通りロボットが生産する財を売ることで富を得ることができますが、労働者は賃金を得られないため困窮します。それを放っておくわけにはいかないので、新しい社会保障制度としてベーシックインカムを導入するしかなくなるのです。

働けなくなった人を救うのに現状の生活保護制度ではダメなのか、という疑問を持つ人もいるでしょう。生活保護は適用にあたって、救済に値する人としない人に選り分ける必要があります。この選別は「資力調査」と言われ、多額の行政コストを要します。もし、生活保護の適用範囲が国民の大半にのぼれば、膨大な量の資力調査の作業が発生します。

しかも、生活保護の受給対象者はいまですらうまく選別できていません。ニュースでよく話題になるのは不正受給ですが、実はその裏で、受給資格がある低所得世帯のうち、約2割しか生活保護を受給できていないという現実があります。残りの8割の世帯を救うためには、純粋機械化経済の到来を待たず、ベーシックインカムをできる限り速く導入すべきです。

■財源をどうするか?

ベーシックインカムの導入を、と言うと、真っ先に問題になるのが財源です。たとえば、1人月7万円の給付をした場合、全国民の給付総額は100兆円ほどになりますが、そんなお金がどこにあるのかと。大丈夫です。財源はつくれます。拙著『人工知能と経済の未来』でも書きましたが、基礎年金の政府負担、児童手当、雇用保険、生活保護、所得控除などを撤廃して25%の所得税増税をすれば100兆円は捻出可能です。25%の所得増税など現実味がない、と言うのであれば、こういう考え方もあります。相続税増税、資源税導入のあわせ技です。
相続税と資源税についてはベーシックインカムの思想的な側面とも関係してきます。

ベーシックインカムとは、人類共通の財産をどう分配するのが適切なのかという問いを投げかけるものでもあります。ベーシックインカムの初期提案者である思想家のトマス・ペインは、1795年のエッセイ「土地配分の正義」で、土地という人類共通の財産から税金を取って国民に配分することを提案しています。土地に限らず、なんらかの財産を手に入れた人が亡くなったとき、その財産を生み出すことに何の貢献もしていない人に所有権が移動するというのは公正なことでしょうか。亡くなったら財産はすべて国が没収というのは極端ですが、今の相続税は低すぎるとわたしは考えています。

一方、天然資源はまさに、人類共通の財産です。日本では残念なことに石油などは採掘できませんが、天然資源を輸入する際に税金をかけるのはどうでしょうか。資源は最終的には廃棄物になったり、二酸化炭素になったりします。ならば、それらを排出する際に税金をかけるのではなく、輸入した時点でかけてしまう。環境税の一種といってもいいかもしれません。この相続税増税、資源税を実施すれば、所得税率を10%ほどアップするだけで、ベーシックインカムの財源が確保できるでしょう。

増税というとすぐ、家計の負担が増え、生活が苦しくなるイメージがわくかもしれませんが、ベーシックインカムによって納めた税金の一部は返ってきます。増税額と給付額の差し引きがプラスになる、つまり純受益が発生する世帯も出てきます。プラスになるかマイナスになるかは、家族構成などにもよるため、年収だけでは判断できません。ベーシックインカムは個人に対して給付されるため、子どもの多い世帯ほど給付額が多くなります。所得が多く、子どもが少ない(もしくはいない)世帯は純負担が発生します。わたしの試算では、所得税率が25%アップした場合、年収2000万円で専業主婦1人、子ども2人を養っている世帯では164万円ほどの純負担が発生するという結果になりました。ただ、所得税率アップを5〜10%に抑えられるなら、負担はこれよりも少なくなると考えられます。

■固定BIと変動BIの2階建て運用を

わたしは「2階建て」のベーシックインカムを提案しています。税金を財源とした社会保障制度としてのベーシックインカムと、貨幣発行益を財源とした、景気によって給付額が変動するベーシックインカムです。ここでは前者を「固定BI」と呼び、後者を「変動BI」と呼びましょう。

BIEN創設メンバーのひとりであるガイ・スタンディング氏も、固定額のベーシックインカムに経済の状態に応じて給付金を上乗せする重層型のベーシックインカムを提案しています。これは、好景気のときには上乗せ分は減額、不景気のときは増額するという考え方です。わたしの構想もスタンディング氏のものに似ています。ただし、わたしのいう変動BIは貨幣発行益を財源としているところが、スタンディング氏のアイディアとは異なっています。いずれにせよ、固定BIと変動BIによる「2階建てBI」を実施することで、多くの人が安定と豊かさを享受できるようになるはずです。

■お金を刷ってもハイパーインフレにはならない

わたしが変動BIの財源として考えている貨幣発行益は、政府や中央銀行などが貨幣を発行することで得られる利益のことです。たとえば、1万円の発行コストは1枚あたり約20円のため、残りの9980円が貨幣発行益になります(それは日銀の定義する貨幣発行益ではないという批判が予期されますが、貨幣発行益の本質はわたしの述べている通りです)。かなり単純化して言うと、その貨幣発行益を国民配当として配るのが変動BIの考え方です。

貨幣をどんどん発行するとハイパーインフレーションになるのでは、という疑問は当然あるでしょう。しかし、いまのようなゼロ金利(マイナス金利)経済においては貨幣を発行し続けてもインフレは起きにくいと言えます。政策金利をゼロやマイナスにしても企業が銀行からお金を借りなくて、市中にお金が出ていかないからです。

現行の貨幣制度では、中央銀行の発行したお金が民間銀行に入り、そこから民間銀行が企業に貸し出して、企業が賃金として従業員に支払い、これが家計に入るという流れになっていますが、これは回りくどい仕組みで、近年はうまく機能していません。ゼロ金利(マイナス金利)経済において、各市中銀行が日銀に持つ当座預金に無駄にお金が積み上がる「ブタ積み」が起こり、さらに企業が内部留保を増やすことで、お金の流れに二重の目詰まりが起きているのです。これでは、全然家計にお金がまわらず、消費も増えません。そこで、直接お金を家計に届けるための仕組みである変動BIが必要となります。

■経済成長した分、「ボーナス」がもらえる!

では、デフレを脱却してからはどうでしょう。単純なモデルでは、長期的には貨幣成長率を技術進歩率(生産性の上昇率)と同程度にすれば、インフレ率はおよそゼロになります。技術進歩の分だけわたしたちは、インフレを起こさず、お金を増やし、配ることができるのです。つまり、貨幣発行益の持続的な源泉は技術進歩であるということができます。AIやロボットが普及した純粋機械化経済になると生産性が飛躍的に高まります。

しかし、消費する人がいなければ、経済は成長できません。そこで供給の拡大分に応じた需要をつくるために変動BIでお金を配るのです。国全体で生産性が上がるほど、配られるお金が増える。これは、企業が儲かった分だけ社員のボーナスが増額されるようなものです。そのため、変動BIは「国民ボーナス」と言ってもいいかもしれません。もらえるボーナスが増えるなら、経済成長に貢献しようと前向きになる人も増えるでしょう。

この話をすると「もう経済は成熟していて、消費は飽和している。お金を配ったところで、商品の購入は増えない」と言う人もいます。しかし、本当にそうでしょうか。その理屈は一部の富裕層にしか当てはまらないでしょう。中間層以下の消費はいまなお飽和していません。わたしの教え子の学生たちは、数万円をポンと渡されたら、洋服を買ったり、友人とごはんを食べに行ったりする回数を増やすでしょう。数万円なんて、という人でも数十万円だったらどうでしょう。すべて貯金にまわすという人はむしろ少ないのではないでしょうか。お金をじゅうぶんに持っていないために買いたいものが買えない消費者が存在する限り、市中に出回るお金を増やす政策は効果を失いません。

固定BIと変動BIをうまく使って再分配と消費のよい循環をつくることで、経済は持続的に成長できるはずです。現在は、人工知能技術が発達した先の未来として、2つの意見がよく見られます。ひとつは、働かなくても自由に暮らせるユートピアが来るという楽観的な見方。もうひとつは、機械に仕事をすべて奪われ人間は破滅するという悲観的な見方です。ただ黙って変化に流されていれば、待ち受けているのは雇用の崩壊、そして貧困です。ディストピアがやってきます。しかし、変化を的確に予測し、それにあった社会制度をつくり上げることでユートピアに転換できるでしょう。

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井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論、人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして、学会での発表や政府の研究会などで幅広く発言。AI社会論研究会の共同発起人をつとめる。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞社)などがある。

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(駒澤大学経済学部准教授 井上 智洋 聞き手=プレジデント社書籍編集部 構成=崎谷実穂)