「お父さんの葛藤に思いをはせた」らこうなった? 炎上CMをかってに編集しなおしてみた

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牛乳石鹸のウェブCM動画がある意味で盛り上がっている。

俳優の新井浩文さん主演で、もともとは父の日に合わせて制作されたものだったが、なぜか2ヵ月経った今、大変な話題になってしまった。


新井浩文という俳優が大好きだ。
ちょっと何を考えているかわからない、飄々とした様子で悪事に手を染めるような、一緒にいたら絶対ダメになるに違いないのに好きになるような、あの感じがたまらない。

ところで、本題のウェブCM動画である。

ああ、よくある夫婦のすれ違いCMかなーと思っていたところ、最後で「ええええ?」と声が出た。

これはもしかして……視聴者にとても高度な宿題を突きつけているのではないか? そんな深読みもしたのだが。


■うわさのCMにツッコミをいれてみる


初見から2日ほど経った今、落ち着いて考えるに、

≪旧世代の父親像がいいのではないかと自問自答する自分、でもそんなモヤモヤとか、古いタイプのお父さん像を洗い流して今を生きる≫

という解釈をしてみたが、合っているだろうか。

しかし、このCM、すでにご指摘の方がたくさんいらっしゃるがツッコミどころが多い。

●ケーキは生ものです
会社帰りにどこかでホールケーキを購入したお父さん。そのままなぜか、仕事でミスした後輩と飲みに行ってしまう。

ケーキ屋さんできかれなかったのだろうか?
「お持ち歩き時間はどのくらいでしょうか?」と。

叱られた後輩の姿に自分の昔を重ねた。 →それはわかる。
慰めようと飲みに誘う。 →これもわかる。
子どもの誕生日に買ったケーキを持ったまま飲みにいっちゃう →バカじゃないの?

このシーン、スタッフも含めて誰も忠告しなかったのだろうか。

そして、あきらかにプレゼントとケーキと思われるものを持っている先輩に、後輩はもうちょっと気をつかったほうがいいだろう。

途中、奥さんから電話がかかってくるも、それを無視する新井さん演じる先輩に、「大丈夫ですか?」ときくシーンがあるが、それ以前に持っている荷物で「今日はダメだ」というサインに後輩は気づかねばならない。

二人ともポンコツだと指摘されても仕方のない描写である。
だからお前は怒られるんだよ、後輩!

どちらが誘ったかは明らかになっていないのだが、「なんで報告しないんだ」と叱責されている後輩。その「なんで報告しない」の部分が実は重要なキーワードになるのだ。

●話をさえぎって風呂に入るなよ
後輩と飲んで遅くなったお父さん。
テーブルに着くなり「風呂入ってくる」と立ち去るのだが、こういう些細なケンカは意外に尾を引く。

おそらく、後輩と飲みに行った理由を妻には報告していない。
言えばわかりそうな話だったとしても、詳細を説明しないことで余計な疑念を生んでしまい、仲が悪くなることはある。

なお余計な心配ではあるが、飲酒のあとの入浴は大変に危険である。
そこは特に注意していただきたい。

●キャッチコピー出すタイミング、そこ?
風呂から出た夫、「さっきはごめんね」と謝るのだが、これがどの件にかかる「ごめんね」か、そして妻が許したのかまでは描かれていない。

そしてお父さんという役でありながら、子どもの登場シーンが少ない。

パーティーがどうなったかはすっ飛ばして翌日。

またいつものようにゴミを捨てる夫。
同じようにバスに揺られるカットのあとに

『さ、洗い流そ。』

というキャッチコピーが。

……“洗い流す”タイミングはここでよかったのだろうか。

一方、

“あのゴミ袋の中に奥さんのバラバラ死体が!?”
“妻も子どもも死んでしまっていて、受け入れられない彼が幻を見ている”

ネットでこんな憶測が出てしまったのもうなずける。

“男は黙って……”のつもりがうまく伝わらなかったという結果であろう。




……ところで“CM”って、なんのためのものでしたっけ。

■共感しているのはターゲットではない?


基本的にCMの目的とは、商品の購買につながる消費活動をうながすものである。

インターネットで見る限り、一部男性などCMに共感している方がみられたが、彼らは購買層だろうか?と考えると疑問が残る。

我が家のような夫婦共働き、しかも妻が家事育児をほぼ行わないという家庭においても、石鹸や洗剤の決定権と購入者は妻である。

公式のデータが見つからなかったので、男女比に偏りがなさそうなところで、Amazon、楽天、ヨドバシ.comのレビューを調べたが、レビュワーの性別がわかる範囲での観測は、女性やや多めという感じだ。

ところがCMの感想を見た限り、購入ターゲットであろう既婚女性からは評判が悪い。
感情の部分はさておき、ビジネスで考えたときに失敗なのではないか?ということなのだ。

ちなみに本CM、40代前半の男性ディレクターが制作しているとのこと。幼児〜小学生の子どもがいてもおかしくない世代だ。

「制作者がクライアントの予算で制作するCMでありながら、自己表現の場としてしまったのではないか」という指摘もあったが、実際のところはどうなのだろう。

自分の思いを、そこに重ねていたのだろうか。

■とあるウェブCMの制作現場にいってみた


何年か前に、ある企業のウェブCMに子どもがエキストラとして参加したことがある。

今回の牛乳石鹸よりももっと小さな座組で、監督1名とADが3名、クライアントの立会い1名、スタッフ4〜5名といったところか。

保育園が舞台で、実際の私立保育園をお借りして、園の日常を撮影するシーンだったのだが、あきらかに「それ保育園ではやらないよ?」というものがあった。

≪リアルを追及しないと、ここはクライアントとの整合性が……≫

つい仕事モードになってしまった私は、スタッフの方にそっと伝えることにした。

その後いくつか「こうですか?」と“保育園の所作”について聞かれることとなり、図らずも監修として入ることになってしまったのだが、そのとき思ったのは「ウェブCMでは監督の絵コンテありきで、実際にどうかの部分について監修は入れていない」ということだった。

大きなCMの現場ではどうかわからないのだが、近年炎上したCMたちを思うに、いわゆる「ユーザーテスト」のようなものを行わないまま制作し、作り手の思うターゲットと実際のターゲットにずれが生じているのではないか。

ドラマや映画だって、きちんと専門家が監修として入ることがあるし、裏取りもしっかりしていることだろう。

“CMは尺(映像の長さ)が短いからそこを端折っていい”とは思わないし、ウェブCMは基本的に尺をあまり意識しないので(とはいえYouTubeの範囲内で収まり、かつスマホ視聴を前提に、データ容量を考慮して2分程度)、ショートムービーとやることは変わらないだろう。

だとしたら、その工程をカットする理由は何か。
予算だろうか。

■かってにCMを編集しなおしてみた


その後、牛乳石鹸のメイキングムービーを見てみたのだが、カットされているシーンがいくつか確認できた。


居酒屋で後輩に「これ飲んだら行くね」というシーン。そして、帰宅後、お風呂から上がり、気を取り直して子どもと食事をはじめるシーンだ。

ここがカットされずに使われていたら、このCMの印象は大きく変わっていたことだろう。

そこで、恐れ多くも、カットされた素材と「こうだったらいいのに」を付け足して、私がかってに再編集してみたい。

なお、妻役には吉田沙保里さんへキャスティング変更したので、脳内で変換してお読みいただければ幸いだ。

―― 昼休みにグローブを買いに行くところまでは本筋のままなので割愛

○夕暮れ18時ごろ
 都庁前でホールケーキとグローブを持って帰宅途中の夫。
 9時〜17時勤務なのだろう。
 先ほど怒られていた若手が背後から追いかけてくる。

夫「おう、どうした」
若手「先輩、ちょっと1杯付き合ってくれませ……?(両手の荷物を見て)あっ」
夫「あー……、大丈夫。」
若手「いや、明日でも」
夫「ん?大丈夫、大丈夫。あのー、こないだんとこでいい?」

夫、移動しながら、妻にLINEする

夫のLINE『ごめん、若いのがしくじって落ち込んでるからちょっと1杯だけ(土下座のスタンプ)』
妻のLINE『えー!もうオムライス作っちゃってるんですけど!(怒っているスタンプ)』
夫のLINE『遅くなんないうち帰るから。1時間だけだから』
妻のLINE『途中でケーキくずしたら承知しない(鬼のスタンプ)』
夫のLINE『19時になったら電話入れてくれる? それで出るから』
妻のLINE『(OKのスタンプ)』
夫のLINE『ご飯二人で先食べてて。俺帰ったら食べるから』
妻のLINE『これのツケ、高いからな(悪魔みたいなスタンプ)』
夫のLINE『すみません……(レスリングで倒されているスタンプ)』

○居酒屋
 夫、若手を相手に飲む。自分はノンアルコールだ。

夫「俺も昔怒られたもんね」
若手「あ、そうなんすか?」

 19時、電話が鳴る

若手「出なくて大丈夫ですか?」
夫「うーん、うん、大丈夫」

 電話を胸ポケットにしまう

夫「これ飲んだら行くね」

○店の外
 歩く二人。若手、立ち止まってお辞儀をする

若手「先輩、今日はごちそうさまでした!」
夫「うん、じゃあ、また明日」

○家のリビング
 エプロンをした妻。向かいには帰ってきた夫。
 二人とも立ったまま。
 テーブルにはラップがかけられたご飯類。

妻「なんで“今日”飲んでくるかなー」
夫「すみません……アルコールは飲んでこなかったからさ」
妻「……いいよ、風呂行っといで」
夫「うん」
妻「じゅん! パパとお風呂!」

 子ども、駆け寄ってくる

子「いえーい! パパ、遅いよ!」
夫「ごめんね、遅くなって。風呂いこっか」
子「……ママも一緒がいい」

 顔を見合わせる夫婦

妻「(棒読みで)えー」
夫「『えー』なの?」
妻「……なにそれ」

 笑う3人

○お風呂場
 シャワーでかけ湯をする二人。

(モノローグ)
『親父が与えてくれたもの、俺は与えられているのかなあ』

 石鹸で夫の背中を流すじゅん。
 ふと、幼少期の自分がよみがえる夫。

(モノローグ)
『ふと、そんなことを思ったり』

 考え事をしている夫を子どもが背後から不思議そうに覗き込む

子「パパ?」

 目が合う二人

○『さ、洗い流そ。』のキャッチコピー

 ふざけてシャワーヘッドを夫に向けるじゅん。

夫「やったな! こら! 顔にかかったろ!」
子「(うれしそうにお湯をかける)」
夫「(シャワーを奪い返してやり返す)」
子「(うれしそうに)やめて! ちょっと!」

 湯船の中でお湯のかけっこをしてふざけあうシーン

※自分の父親の時代とは違う、子どもと一緒に楽しむ新しいお父さん像がここにある。

○リビング
 パジャマに着替えた夫とじゅん

妻「何キャッキャしてたの? 楽しそう」
子「ないしょー」
夫「ないしょー」
妻「はい、パパ早く食べちゃって! ケーキ出さなきゃ」
子「いえーい!」
夫「(妻の耳元で)今日はごめんね」
妻「(正面を向いたまま夫のわき腹をグーで小突く。夫に振り向いて笑う)」
夫「(痛そうにうずくまる)」

○ケーキを前に
 ハッピーバースデーを歌う3人。
 ろうそくを吹き消すじゅん。
 プレゼントを渡され、あける。

子「(妻に向かって)ねえ、みてみて、いいでしょー!」
妻「いいねー!」
子「パパありがとう」
夫「よかったね、練習する?」
子「うん、今度練習する」
夫「ほんと?」

 笑う家族

○朝
 同じようにゴミ出しをして会社に向かう夫。
 今日は資源ごみなので昨日とは違うゴミ箱に捨てて、ふたを閉める。
 心なしか、足取りが軽い。

○牛乳石鹸のロゴマーク

○END


ワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。