北朝鮮は、独裁体制の権威主義と儒教の影響が混ざり合った男性本位の社会だ。とくに権力者の男性はやりたい放題で、その陰では女性たちが深刻な人権侵害に泣いている。

しかし、そんな社会にも「悪女」は存在する。

執拗に続く拷問

北朝鮮の金正恩党委員長は今年1月末、国家保衛省(秘密警察、保衛省)に対して次のような指示を下した。

「職権を乱用して金儲けをするな」
「住民に対する暴行、拷問などの人権侵害をやめよ」

これを受けて、保衛省がすっかりおとなしくなったとの声が北朝鮮国内から上がっているが、一方で相も変わらず悪名を轟かせている女性保衛員がいる。

その名は、キム・スノク少佐。中朝国境に面する咸鏡北道(ハムギョンブクト)会寧(フェリョン)市保衛部の反探課(スパイ担当部署)で指導員を務めている。本来の役割は、中国キャリアの携帯電話を使って中国や韓国と通話する人を取り締まることだが、その権限を悪用し、さらには拷問を駆使して、執拗かつ残酷にワイロを搾り取っているのだ。

同市内に住むリさんがデイリーNKに語ったところによると、彼女の悪行三昧は次のようなものだ。

2月中旬、ある40代男性は、中国キャリアの携帯電話を使い、韓国と通話していたところを逮捕された。保衛部に連行され、取り調べを受けたが、キム少佐に合計4万元(約65万円)を渡して、2ヶ月後にようやく釈放された。

また、同様の容疑で逮捕された市内の南門洞(ナムムンドン)に住む30代女性も、キム少佐に合計1万2000元(約19万5000円)を巻き上げられた。

キム少佐の手口は非常に巧妙で悪質、かつサディスティックだ。

まずは取り調べでアメとムチを使い分ける。例えば「携帯電話の出処を素直に言えばすべてを水に流してやる」と優しく語りかける。

ところが、被疑者が正直に陳述を始めると「なぜ今まで嘘をついていたのか!」と急に怒り出して、木の棒や角材で急所を滅多打ちにするのである。

キム少佐は一度拷問を始めると、被疑者が「肋骨が折れて痛い」と訴えても、命乞いをしても、決して止めようとはしない。半殺しにして、家族からカネを受け巻き上げてようやく拷問を止める。

前述の女性のケースでは、キム少佐は彼女の夫からカネを受け取った後にも、拷問を続けたという。「誰にも言うな」と口止めするためだ。

北朝鮮でも、拷問や収賄は違法行為だ。また、前述の通り、金正恩氏は「人権侵害をするな」などと指示を出している。しかし同時に「国境地帯で中国キャリアの携帯電話を使い、国際電話をかけて摘発された者たちについては、主犯格を見つけ出し、拷問を加えて徹底的に痛めつけろ」との指示も出しており、これが悪用されているのだ。

キム少佐の夫は会寧市保衛局の政治部長だった。夫が2011年に亡くなってから、その遺志を継ぐために保衛省に入省したという。労働党と首領(金正恩氏)に忠誠を誓い、一度狙いを定めた獲物には、決して逃さない猛獣のような働きぶりで頭角を現し、清廉潔白な原則主義者として評価されているという。しかし、その裏の顔はサディスティックな守銭奴というわけだ。

キム少佐は人心掌握術にも長けている。

キム少佐は、部下に容疑者の取り調べを任せることがある。そうすることで、部下は容疑者からカネを巻き上げて懐が潤う。キム少佐は、その部下から上納金を得て自分の懐も潤い、部下からの信任も得られるというわけだ。さらには上役への上納金も楽して用意でき、問題が生じても知らんぷりできるという狡猾さだ。

北朝鮮にはこのような不正行為を訴える「信訴」と呼ばれる仕組みが、一応は存在する。

中国の「信訪」と同様に、権力者から理不尽な目に遭わされている場合に中央政府に訴えられるというシステムで、一種の「目安箱」のようなものだ。故金日成主席は、一般住民からの信訴に基づき調査を指示し、不正を摘発して、住民からの人気を集めるという手法を使っていたとされる。

しかし、金正日政権以降はシステムが形骸化し、また、訴え出れば保衛部にバレかねないので、怖くて誰も使えないようになっている。

ちなみに会寧市には、キム少佐と並ぶ悪女として、朝鮮民主女性同盟(女盟)会寧市委員会のソ・ギョンヒ元委員長もいた。一家で薬物の密売組織を営んでいた犯罪者で、貿易会社勤務の夫の専属運転手を利用して、覚せい剤を運ばせていた。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

この件は、運転手が会寧から80キロ離れた清津(チョンジン)の保衛部に密告したことで明るみに出て、2007年2月に一家は逮捕された。家宅捜索では覚せい剤15キロ、現金30万ドル、20万元が発見された。それなのにどういうわけか、委員長だけが証拠不十分ですぐに釈放されたという。