―美人じゃないのに、なぜかモテる。

あなたの周りに少なからず、そういう女性はいないだろうか?

「クラスで3番目に可愛い」と言われる化粧品会社勤務・莉乃(27)も、まさにそんな女だった。

莉乃と同じ食事会に参加した会社の先輩・陽菜は美人だがモテない女。食事会で参加者全員から連絡のあった莉乃を敵視するようになる。

そんな2人の前に現れたのは、イケメンのデザイナー・健太郎。陽菜は健太郎へ猛アタックを始め、莉乃を除いたチーム飲みを企画する。




夕方の春風に吹かれる彼の整った横顔に、ふと、みとれてしまう


「健太郎さん」

日が沈みはじめ、街灯が地面を照らしだした18時の表参道。ひらひら手をふると、健太郎がこちらに気づき、微笑む。

莉乃は先日、健太郎との飲み会に自分だけが呼ばれなかったことを知った。それは、陽菜の策略だ。

それならばこちらも本気を出してアタックしよう。莉乃はそう思い、さっそく健太郎を食事に誘った。すると、「ホワイトデーのお礼にごちそうさせてください」と返ってきたのだ。

「土曜日に表参道でお食事なんて、とても楽しみにしていました」

となりを歩く健太郎を見上げて、莉乃は笑いかける。

女ざかりの27歳。これまでにもお食事会やデートで、舌がうなるような西麻布や六本木のレストランに連れていってもらったことは、何度もある。それでもやっぱり、少なからず好意を抱く人と行くご飯は、格別だ。莉乃は、相手がお店を選んでくれたことに、おしみなく嬉しさと感謝を表すようにしている。

「もう、桜の季節ですね。すぐそこの代々木公園、お花見で人がいっぱいでしたよ」

莉乃は公園のほうに指をさす。すると健太郎は、少し赤くなった鼻をすすって、きれいな指でおさえた。

「僕、桜大好きなんです。でも花粉症がひどくて。まだ今年はお花見、行ってないんです」

―このひと、何しても絵になるんだなあ。

夕方の春風に吹かれる整った横顔に、ふと、みとれてしまう。

「あ、お店。ここです」

健太郎の声で、はっと我にかえった。


健太郎が再び、あの質問を莉乃に問う。


愛されるのと愛するのは、どちらが難しいと思いますか?


健太郎が予約してくれたのは、表参道のカジュアルビストロ『ランベリービス』。

メニューの種類が豊富なこのお店は、こだわりの食材を使った品々をハーフポーションで食べられるところが、女性にとってはたまらなく嬉しい。




旬の「天然ブリと梨のサラダ」に舌つづみをうちながら、たわいもない互いの近況報告を語りあう。

「そういえばこの前、陽菜さんと飲んだんですよね。とても楽しかった、って嬉しそうにしてました」

話がひと区切りしたところで、莉乃はそれとなく切り出してみる。本当は真央伝いにしか聞いていないけれど、やっぱり気になる。

「そうそう。僕、そのとき、変な質問しちゃったんですよね。何かで聞いたセリフを、ふと思い出して」

「どんな?」

莉乃は、思わず身を乗り出して聞いた。

「愛されるのと愛するのは、どっちが難しいと思いますか、って」

「陽菜さんの答えは?」

「愛する方。愛されるのは簡単だと思います、って」

「陽菜さん、美人ですからね」

「莉乃さんは?どちらだと思いますか」

かすかに笑みを含んだ声で、健太郎が聞いてくる。

「わたしは…愛される方が、難しいと思います」

少し考えてから、莉乃は続けた。

「愛されるのって、保証がないから。愛するのは意思だけど、同じ分が返ってくるとは限らない。それでもそこに賭けたギャンブラーに、返ってくるかもしれないごほうびが、愛されること。かなあ」

「ギャンブラー。急に俗っぽいですね」

ははっ、と健太郎は氷がとけたような笑顔を浮かべた。

はじめて声を上げて笑う健太郎を見て、莉乃の心の中に、あたたかいものが流れ込んでくる感覚がした。一瞬一瞬、健太郎に惹かれてゆく。

―でも、このひとはなぜだか、いつも寂しそう。

「健太郎さんは、何か悩んでいるんですか」

思わず、唐突な質問が声に出てしまった。

「そんな風に見えますか?今、色々な案件を回していて、ちょっと寝不足なのかもしれません。そういうの、見せたくなかったんですけど」

申し訳なさそうな顔をする健太郎を、莉乃はまっすぐ見つめる。

「そういう健太郎さんの完ぺき主義なところ、好きです。作品にこだわりぬいても、絶対に納期は前倒し。仕事人として、本当に尊敬しています」

でも、と続ける。

「はきだす場所を、ほんの少しでもつくってくれると嬉しいです。私にでも」

真剣な顔で申し入れをする莉乃に、健太郎は一瞬目を丸くする。が、すぐに顔を崩して、ありがとうございます、と微笑んだ。


2人の距離が近づく帰り道と、真央のダークな本音。



「今日は楽しかった。ありがとうございます」

お礼を言いながら、すぐとなりを歩く健太郎を見上げると、ふっと笑いかけられた。

「さっきから僕ら、よくぶつかりますね」

健太郎から、サンダルウッドの香りが、かすかにただよってくる。

―それはそうです。わたしが近寄っていますもん。

わざとだよ?有名な少女漫画『NANA』で、女の子が上目づかいでそんなセリフを言っていたのを思い出す。彼女は確か、終電を逃すために、わざと走りづらいヒールを履いていたんだっけ。

でも、それって、悪いことなのかなあ。天然だろうと、計算だろうと、好きなひとにくっつきたい。ただ、それだけのこと。

「なんだか、いいにおいがしますね」

健太郎がつぶやき、くすぐったそうな顔で、目をとじる。

莉乃が髪にひと吹きだけまとってきた、シャネルの「チャンス オー タンドゥル」。その髪にほんのり残るホワイトムスクの香りと、健太郎の深い森の香りが、風にのってふわりとからまったような気がしたのは、気のせいだろうか。


陽菜に対する真央の本音とは?


トントントン。

真央は鏡を見つめながら、最後の仕上げのルージュを筆でのせている。試作品を試しているのだ。

製品に集中して向き合っていると、思考が活性化することがある。そんなときは、もやもやしたことまで思い出してしまう。

―さすがに陽菜、「3T女」は言いすぎだよ。

あのとき、たまらずに席を立った気持ちを思い出すと、むっとした表情の自分が鏡に映った。

―洗練された慶應生相手じゃ、勝負できないでしょ。

陽菜の、そんな言葉を思い出す。きっと、明治大学出身のわたしのことも見下しているのかな。

莉乃のことを下に見ているけど、陽菜こそ「3J女」じゃないの?自信過剰、自意識過剰、自己顕示欲過剰の三拍子。ばっちりそろっていると思う。

2人の恋、どちらにも味方しないつもりでいたけど、さすがにチーム飲みに莉乃を誘わないのはフェアじゃないよね。陽菜には口止めされたけど、莉乃にさりげなく、教えてあげちゃった。

そんな陽菜は今日、莉乃と健太郎さんが「先日はどうも」って目配せしているのを見て、真っ青になっていたっけ。

その後すぐ、この前お食事会した幹事に連絡して、飲みに行くことになったんだよね。彼、大学の同期だから、普通に情報が回ってくるよ。

陽菜…今度は何をたくらんでいるのかな?

鏡の中には、歪んだ顔でこちらを見つめる、ひとりの女が映っていた。

▶NEXT:4月4日火曜更新予定
莉乃の不利な情報を聞き出そうとした陽菜だが、思わぬダメージをくらう…?