昨年、岩政大樹(現ファジアーノ岡山)をはじめ、茂庭照幸(現セレッソ大阪)、カレン・ロバート(現ソウル イーランドFC/韓国)など、元日本代表やJリーグトップクラスの選手がこぞって移籍したことで、一躍脚光を浴びたタイリーグ(※)。昨季(2014年シーズン)は、60人を超える日本人プレーヤーが、1部〜3部の各クラブに所属し、活躍していた。

※タイリーグは1996年に発足し、年々整備されてきた。2015年シーズンは、1部(プレミアリーグ)=18チーム、2部(ディビジョン1)=20チームで構成され、ともに2回戦総当たりで覇権を争う。3部(ディビジョン2)は6つの地域に分かれていて、クラブ数は各地域によって異なる。2015年シーズンは、最も多い地域で18チーム、最も少ない地域では10チームでリーグ戦が行なわれている。シーズンはおおよそ2月に開幕し、その年の秋に終わる。

 外国人枠が「7」から「5」に減った今季(2015年シーズン)は、さすがにタイから去る選手が増えたものの、いまだ50人ほどの日本人選手がプレー。加えて、開幕時点では7人の日本人監督が各クラブの指揮官を務めており、おそらく日本人選手、スタッフが最も多く在籍している海外リーグと言っていい。

 これほど多くの日本人選手がタイに渡った理由は、何より給与や待遇面のよさが挙げられる。J1クラブをしのぐほどの年俸を提示するクラブも存在し、プロ選手である以上、それが大きな魅力になったことは間違いないだろう。

 それにしても、タイリーグの各クラブはなぜ、好待遇で日本人プレーヤーを迎え入れることができるようになったのか。

 その事情については、2011年からチョンブリFC(プレミアリーグ)で広報やマーケティングを担当する小倉敦生氏が語ってくれた。ちなみに、小倉氏の実父は日本サッカー協会名誉会長である小倉純二氏。「父とは違う立場で、ライバルとなるアジアのサッカー界に関わることで、日本サッカー界に貢献したい」という思いを秘めて、単身タイに渡った。

「あくまでも私見ですが、タイリーグの盛況は、2007年、タクシン・チナワット元首相によるイングランド・プレミアリーグのマンチェスター・シティー買収が、大きなきっかけになったと思います。もともとタイはサッカー熱の高い国でしたが、以前はその関心が自国のリーグではなく、イングランド・プレミアリーグに向いていました。タクシン氏の買収もその影響だと思うのですが、ただそれによって、『自分もクラブオーナーになりたい』という富裕層が次々に現れました。そして、そういう方々が国内クラブのオーナーとなり、資金を投入するようになったんです。また、2012年にはBECテロ・サーサナ(プレミアリーグ)のテクニカルディレクターに、元イングランド代表監督のスヴェン・ゴラン・エリクソン氏が就任。それほどのビッグネームが来たことで、国内リーグへの関心がさらに高まっていったと思います」

 こうして、各クラブの資本が増し、急速に発展したタイリーグ。まずは、もともと交流の深い日本、つまりJリーガーに目をつけて、各クラブが積極的に獲得に動いた。補足を加えると、タイで選手として活躍し、監督としても手腕を振るった丸山良明氏(現セレッソ大阪U−18コーチ)や、タイで現役生活を終えた元ガンバ大阪の木場昌雄氏(サッカー解説者)らが、タイのクラブとJクラブとのパイプ役となって、両者の関係が強化されていた背景もある(2012年にはタイリーグとJリーグがパートナーシップ協定を結んでいる)。そして、その条件のよさもあって、近年では日本の元代表クラスの選手までタイに渡ったわけだ。

 そんなタイリーグの進化は、今やとどまるところを知らない。2009年には年間11万人程度だったスタジアム観戦者が、現在では200万人前後と、およそ20倍に膨れ上がっている。その白熱ぶりによって、ここ数年は世界中からの"投資"も増加。今季からは、プレミアリーグのタイトルスポンサーにトヨタがつくなどして各クラブの資本力は一層増し、その潤沢な資金を使って、優秀な選手を世界中から獲得するようになった。

 上位クラブでは、レアル・マドリードやバルセロナなど世界的な名門クラブに所属していた選手をはじめ、スペインのリーガ・エスパニョーラで実績を残してきたブラジル人やスペイン人FWを前線に配置。守備陣には、身体能力の高いアフリカ人プレーヤーをそろえたりしている。

 なかでも、タイリーグで最も成功を収めているブリーラム・ユナイテッドFCは、毎年トップレベルの外国人選手を獲得。充実した戦力をそろえた今年のACL(AFCチャンピオンズリーグ)では、ガンバ大阪、韓国の城南とグループステージで熾烈な争いを見せ、実力的にもアジアトップレベルのクラブであることを証明した(※)。

※ブリーラムは、ガンバ、城南と同じ勝ち点10をマーク。直接対決の結果、3位となってグループステージ敗退に終わったが(1位=ガンバ、2位=城南)、タイのクラブの実力の高さを示した。

 そうした状況を目の当たりにして、前出の小倉氏は「今のタイリーグには、Jリーグの草創期のような"熱"を感じるんです」と語る。

「最近は、下部組織となるアカデミーを保有するクラブも増えて、育成の質も徐々に上がってきています。育成年代では、Jクラブの下部組織のチームにも勝つことがあるんですよ。タイ人の気質からして、長期的な目標を立てて計画を進めていくことには難しさを感じますが、もし各クラブ、そしてリーグが、今後も継続性を持って取り組むことができれば、タイサッカーは日本を脅かすようなポテンシャルを秘めていると思います」(小倉氏)

 ただ一方で、今季も50人ほどが所属している日本人プレーヤーは、かなり厳しい立場にあるという。Jリーガーという肩書きを持つ選手でも、トライアル(入団テスト)さえ通過できないケースも珍しくない。

「外国人枠にはアジア枠もあるんですが、そこに求められる選手レベルも相当上がっています。代表選手か、そのクラスか、というところまできています。(タイリーグには)確かに多くの日本人選手が所属していますが、今では(プレミアリーグの)トップ3のクラブに日本人選手はいません。そういう意味では、非常に危機感を持っています」

 そう語るのは、今季再びタイリーグに復帰し、1部のアーミー・ユナイテッドFCで活躍するMF平野甲斐(※)。2013年シーズンには、ブリーラムの四冠獲得に大きく貢献し、その活躍もあって、昨季はJ1のセレッソ大阪でプレーした。タイリーグで最も実績を残した選手だが、そんな彼でさえ、今では安泰とは言えないそうだ。

※1987年8月16日生まれ。島根県出身。びわこ成蹊スポーツ大学→カターレ富山(J2)→ブリーラム(タイ)→セレッソ大阪(J1)→アーミー・U(タイ)

 2部リーグのBBCU.FCで手腕を振るっている高野剛監督(※)も、現在のタイリーグでは、Jリーグで実績のある日本人だからといって、確かな地位が確保されているわけではない、と話す。

※1973年10月4日生まれ。福岡県出身。2005年からサンフレッチェ広島の育成部門のコーチとなって、ジュニア、ジュニアユース、トップのコーチを務める。その後、イングランドのサウサンプトン、アビスパ福岡のコーチなどを経て、今季からタイ2部リーグのBBCU.FC監督に就任。

「まず、日本人監督に求められていることは、チームに"規律"を植えつけることですね。そのうえで、選手もそうですが、"ある程度できる"ではもう通用しません。圧倒的な差を示して、自分は外国人で『助っ人なんだ』という立場をしっかり理解できていないと、生き残っていくのは難しいでしょう。タイでは、経歴や過去の栄光ではなく、今現在の結果が厳しく評価されます。結果を出せなければ、途中解雇も珍しくはありません」

 エージェントとして、東南アジアで数々の日本人選手の移籍を手がけてきた真野浩一氏は、「現在のタイリーグは大きな転換期」を迎えているという。

「世界でも有数の親日国であること、日系スポンサーの多さ、過去の在籍選手が結果を残してきたことなど、さまざまな要因が絡み合って、タイでの日本人選手の需要は拡大しました。しかし今や外国人枠も絞られて、日本人選手でも本当に実力のある者しか生き残れない時代が来た、と感じています。そういう意味では、本当のタイリーグは今シーズンから始まった、と言えるかもしれません」

 草創期から変革期に移りつつある中、数多くの日本人が関わってきたタイリーグ。しかし、もはや日本人というだけで重宝される時代は終わった。それはまた、アジアサッカー界における日本の"ライバル台頭"を意味しているのかもしれない。

栗田シメイ●文 text by Kurita Shimei