ゲーム開発者のノンフィクションだけでなく、北欧ゲームシーンの資料としても一級品の『マインクラフト 革命的ゲームの真実』

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マクドナルドにコカ・コーラにハリウッド映画にリーバイス……。これまで数々のポップカルチャーがアメリカから生まれ、全世界を席巻してきました。しかし、ことゲーム業界に目を向けると、ここ数年おもしろい現象が見られます。フィンランド・スウェーデン・デンマークといった北欧地域が、どんどん力をつけてきているんです。

モバイルアプリ『クラッシュ・オブ・クラン』のスーパーセルはフィンランドの開発スタジオ。ソフトバンクが昨年1500億円で買収し、話題を呼びました。今やゲーム開発になくてはならなくなった、ゲームエンジンの『Unity』はデンマーク製。そして本書『マインクラフト 革命的ゲームの真実』の主役である、PCゲーム『マインクラフト』はスウェーデン製といった具合です。

『マインクラフト』については3年前にも「1人で作って100万本、ゲーム業界のシンデレラストーリー」としてレビューしました。レゴのようなサバイバルアクションで、プレイヤーはモンスターから身を守りながら世界を探検し、木を切ったり鉱山を採掘したりしながら、1m4方のブロックを切り出して組み合わせ、さまざまな建物を作り上げられるのが特徴です。

ところが今や、全世界で3400万本を売り上げるお化けソフトに成長しました。「ノッチ」のハンドルネームで知られる開発者のマルクス・パーションは億万長者となり、2011年にラスベガスで初開催された『マインクラフト』向けのイベント「マインカン」では、ファンからロックスターなみの扱いを受けることに。家族旅行にもプライベート・ジェットを使用したほどです。

ゲームの枠を越えた広がりも見せており、スウェーデン・フィンランド・アメリカ・イギリス・中国・オーストラリアで学校教育に取り入れられているほど。教育版『マインクラフトエデュ』は隠れたヒットタイトルとなっています。2012年から国連ハビタットが行う「ブロック・バイ・ブロック」プロジェクトでは、都市計画に利用されるまでになりました。

なぜ北欧なのか。「社会保障が手厚く開発者が独立しやすい」「80年代から続くコンピュータアート(メガデモ)文化の影響」「IT業界の巨人ノキアの影響」など、さまざまな分析がなされています。もっとも、ハッキリしたことは(こと日本では)誰もわかりません。なにしろヨーロッパのゲーム事情そのものが、ついこの間まで、ほとんど紹介されてこなかったのですから。そんな中、本書は2000年代以降の北欧ゲームシーンを知る上で、マストといっていい資料でしょう。

本書はノッチのゲームクリエイターとしての半生を記したノンフィクションです。彼の生い立ちからはじまり、両親が離婚し、父親は薬物依存、妹はホームレスとなり、自身は母親と二人暮らしで成長。ゲーム会社に就職したものの次第に仕事になじめなくなり、趣味で作った『マインクラフト』の成功におされるように独立。十分すぎる成功を収めたものの、アップデートばかりの開発スタイルに嫌気をさし、新作の開発に取り組みはじめるまでが描かれています。

『マインクラフト』がゲーム業界に与えた影響は計り知れません。成功要因としてしばしば「ユーザーの創造性を刺激する『ツール』であること」「YouTubeといった動画投稿サイトが口コミ効果を広げたこと」「開発段階からユーザーコミュニティと深くコミットメントし、彼らが望む形にゲームを進化させていったこと」などがあげられます。

しかし、過去にもそういったゲームは数多くありましたし、同じことをしても同様の成功が得られる可能性は低いでしょう。『マインクラフト』はスペシャルであり、おいそれと真似できません。その一方で多くのゲーム業界人が、『マインクラフト』の前後で決定的に変わってしまったと感じている。ルールが変わってしまったことを、肌感覚でつかんでいるのです。なにより「一人で作ったゲームが何千万本も売れた」事実が、世界中のインディ(独立系)ゲーム開発者を勇気づけました。今、インディゲームはゲーム業界の台風の目として、大きな注目を集めるまでに勢力を拡大しています。

いってみれば任天堂がファミコンで大成功を収めたときと似ているかもしれません。ファミコンの成功は『スーパーマリオブラザーズ』があったから。では『スーパーマリオ』クラスのゲームを自社でも作れば良い……そんな簡単に作れたら、誰も苦労しませんよね。しかし、ファミコンによって日本の玩具業界は震撼し、家電業界やIT業界にも大きな影響を与えました。同じような「ルールブレイカー」は過去何度も登場し、そのたびに新しいブームが生まれてきています。

その一方でノッチは幸せになったのでしょうか。ノッチがはじめに勤めた企業が、後に大ヒットしたパズルゲーム『キャンディクラッシュサーガ』を生み出すことになるミダスプレイヤー社だったことは象徴的です。同社はゲーム開発者が作りたいゲームよりも、ユーザーが喜んでプレイし、収益が上がるゲームを作ることを社是としているからです。会社組織としては当然ですが、ノッチにとって居心地の良い場所ではありませんでした。

そこを飛び出して自分の好きなゲームを作りたかっただけなのに、ゲームが大ヒットしすぎたせいで、逆にアップデート開発に追い立てられるようになってしまう……。その一方で短期間にリッチになった生活は、彼のプライベートにも影響を及ぼさざるを得ませんでした。なかなかヒットするのも辛いモノがあるなあと思わされます。でも、ほとんどのインディゲーム開発者は、なかなかゲームだけで食べていけないのも、また事実なんですよね。

とまあ、そんな「インディゲーム開発者の星」ノッチの半生と苦悩がみっちり描かれた良書です。『マインクラフト』の開発から離れたノッチは、新作SFゲーム『0×10c』の開発にとりくみますが、2014年4月現在でゲームの開発は中断されたまま。はたして次回作はあるのか。期待したいところです。
(小野憲史)