教官を指定すること自体は問題ありませんし、そういった指名制度のようなものは多くの教習所で用意しています。しかし、その母親の要求は、ほんの些細な注意すらするなというのです。

教習生は運転を習いに来ているわけですし、故意ではないにしろ危険な運転につながるようなことがあれば、命に関わることもあるので、当然教官は注意せざるをえません。でもその母親はそれすらもするなというのです。娘さんと接する際に、なにか教習所側として特別に配慮しなければならないことがあるのか聞いても、特に回答はありませんでした。

◆「卒業試験に3回も落ちたこと」に関しては…

結局、ほぼ注意することなく技能教習の全過程を終え、卒業試験に挑むことになりましたが、残念ながらというか、当然というか、試験は3回も不合格に。その原因が、教官が注意しなかったためなのかどうか、そこまで分析できていませんが、少なくても、ひとまず試験に受かるように細かい指導を受けていれば、3回も試験に落ちなくて済んだのではないかというのが教官たちの見解でした。

不思議なことに、その母親は娘が卒業試験に3回も落ちたことに関してはクレームなど何も言ってきませんでした。注意や指導を受けなければ落ちて当たり前と思っていたのか、真相は不明です。

こうしたケースを受け教習所では、理不尽で不適切な指導(叱りや叱責)は言語道断としながらも、親などから注意するなという要求には一切応じないようになりました。適切な指導はもちろん、教習生のためになるアドバイスを積極的にしていこうということになったわけです。何も指導しないのであれば教官は必要ありませんし、自分(教官)たちの存在意義を改めて考えさせられた出来事でした。

◆「免許の不正取得」を後押した教習所の末路

過去には、とんでもないモンスター客のせいで事件に発展したケースもありました。

教習所には学生ばかりではなく、免許の取り消しや失効などで再取得を目指し入所してくる40代以上の教習生もいます。関東近郊のとある教習所では、何度卒業試験を受けても合格できない男性がいました。そこでその男性は、教習所に対し脅しをかけたのです。

「次の試験で合格させなかったら、どうなるかわかっているのか」と。

その男性の身分はよくわかりませんが、いわゆる反社か、それに近い立場の人だったのではないかと言われています。

案の定、卒業試験には合格できず、しかし教習所は合格証書を発行し、卒業させてしまったのです。その後、男性が免許を不正に取得したことがわかり、逮捕。教習所にも行政指導が入り、その教習所は閉業に追い込まれたそうです。筆者がこの話を聞いたのは、当時のことを知っている先輩教官から。そのため、なぜ不正取得したのが明るみになったのか詳細はわかりません。

◆「カスハラ対策に力を入れる教習所」が増加

不正が故意ではなく、単に人的ミスで起きてしまったとしても、管理体制などが厳しく問われます。例えば、受講する順番が決まっている講習があり、手違いでその順番を間違えてしまったということは、たまにありますし、教習所に対する行政指導は、少なくても数年に一度は全国の教習所で起きています。

教える立場である教官と、教わる立場である教習生という関係上、教習所ではカスハラは起きにくいと言われてきました。しかし近年では、従業員や会社を守ることを目的に、カスハラ対策に力を入れる教習所も増えてきています。自治体でもカスタマーハラスメント対策として相談窓口を設置したり、専門家を派遣したりしています。

カスハラはどんな業界でも起きうる可能性があります。自分がどんな立場であれ、過度な要求はしないようにするという意識こそが、カスハラ根絶につながるのではないでしょうか。

<TEXT/室井大和>

【室井大和】
自動車ライター。出版社の記者・編集者を経て、指定自動車教習所の指導員として約10年間勤務。その後、自動車ライターとして独立し、コラムや試乗記、クルマメーカーのテキスト監修、SNS運用などを手がける。