日本のテレビ局は生き残ることができるのか。元テレビ東京社員で桜美林大学教授の田淵俊彦さんは「『地上波のためだけの番組』は時代遅れとなり、海外展開を見越した企画・番組作りが重要になっている。例えば、テレビ東京が生み出した伝説の人気番組『TVチャンピオン』の変貌がいい例だ」という――。
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テレビ東京などが入居する六本木グランドタワー(2021年2月22日、東京都港区) - 写真=時事通信フォト

■「ご出演いただける『手先が器用な方』を探しております」

ある日、本学・桜美林大学の事務室から連絡メールが廻ってきた。

テレビ番組の制作会社より問い合わせがありましたので、ご検討ならびにご対応いただけますでしょうか」

添付されていた企画書を読むと、テレビ東京の「TESAKI」という番組からの依頼で、以下のような「番組概要」が記されていた。

世界に通用する、言語を超えた説明いらずのコンテンツとしてテレビ東京が仕掛ける新企画、その名も「TESAKI」。常軌を逸脱した、細かすぎる作業ができる人々が、逆転人生を賭け優勝賞金を目指して自慢の手先の器用さをあらゆる競技(ステージ)で競い合う番組です(一部、原文を変更)。

メールには、「ご出演いただける『手先が器用な方』を探しております。『ぜひ挑戦してみたい!』『手先の器用さに自信がある!』という方がいらっしゃいましたら一度『手先が器用だとアピールできる映像』をお送りいただきたく存じます。いただいた動画をもとにオーディション形式でご出演のご相談ができればと考えております。また今回は、女性の学生さんで手先の器用な方を探しております」というとても丁寧な注釈が加えられていた。

バラエティ番組「TVチャンピオン」との“奇縁”

なるほど、確かに本学・桜美林大学の芸術文化学群には手先の器用な学生が集まっている。どうやら、私がテレビ東京に在籍していたとは知らずに、連絡をしてきたようだ。そんな偶然に、「奇縁」を感じた。

そして、はたと気がついた。「手先が器用」と言えば、テレビ東京には「手先が器用選手権」という番組があったはずだ。それは1992年から2006年まで放送されていた競技型バラエティ番組「TVチャンピオン」のいち企画だった。

一世を風靡して他局の追随も生み出すほどの社会現象となった「大食い選手権」と両翼を担っていた。2023年には「日曜ビッグバラエティ」のラインナップとして、「和菓子職人選手権」「ダンボールアート王選手権」とともに15年ぶりに復活を果たしている。

しかし、なぜだ……その「手先が器用選手権」が「TESAKI」に? ……随分と洋風な感じというか、なぜアルファベットにしなければならないのか……。

今回は、テレビ東京伝説の番組のタイトルがアルファベット表記になった理由を通して、いまテレビ局に起こっているビジネス環境や意識の変化、そしてそのことによって「改革もやむなし」とされているテレビ局の戦略の最前線をお伝えしよう。

■「手先が器用選手権」を彷彿とさせる4つの競技

話を戻そう。制作スタッフからの依頼を受けて「手先の器用な女性の学生」を探すことになった私は、本学の芸術文化学群の学生のなかから3人の候補を番組側に提出した。要望通りに送った映像の選考の結果、松本きらり氏というビジュアル・アーツ専修の学生が通過した。

筆者撮影
選考を通過した学生と収録に臨んだ - 筆者撮影

そして番組プロデューサーによる面接を経て、出演が決定した。スタジオの収録は6人の手先の器用さに自信を持つ素人が集められて、おこなわれた。そのなかのひとりに選ばれたのであるから、光栄なことだ。しかも、学生はひとりだけである。

競技は4つあり、最初のステージで6人が4人に絞られ、そのあとはステージごとにひとりずつ脱落してゆく。最後まで勝ち残ると、賞金50万円を手にすることができる。1つ目の競技「ティーアップ・ビーンズ」は、テーブルの上にある小さな豆を箸でつかみ、背後にある一列の棒のうえに並べていく。11個並べると完成だが、細かく震えている豆をつかめる器用さとそれを幅の狭い棒のうえに並べる根気強さを求められる。

2つ目の競技「ローリングダイス・タワー」は、回転する台の上に小さなサイコロをピラミッド状に積み上げる。ピラミッドの上に行けば行くほど、置ける場所は狭くなるため、手先の器用さと同時に集中力が要求される。

3つ目の競技「ピンホール・デスロード」は、左右や上下に動いたり、回転したりする針の穴に糸を通す。すべての針の動きが違うというところに難しさがある。そして最後の競技「TESAKIプリズン」は、棒の上に小さな人形を乗せて、さまざまな障害物を乗り越えてゴールを目指す。根気、集中力、手先の器用さなどすべての能力を総動員して挑まなければならない。

筆者撮影
「TESAKI」の撮影現場。出演者のなかで学生は一人だけだった - 筆者撮影
筆者撮影
セットや照明も「手先が器用選手権」とは大きく異なる

■「手先が器用選手権」が「TESAKI」に生まれ変わった背景

そんなふうに内容的には従来の「手先が器用選手権」と変わりがないように見えるが、タイトルを「TESAKI」にしたのには「海外フォーマットセールス」を狙っているという大きな理由がある。そしてそこには、テレビ局の意識や戦略の変化を見て取ることができるのだ。

「フォーマットセールス(フォーマット販売)」とは、直接、番組自体を売る「番組販売」と違って、テレビ局が番組のアイデアやコンセプト、構成、ノウハウをひとつの「フォーマット=かたち」として売る方法である。購入したテレビ局や制作会社は、そのフォーマットに乗っ取って自国の制作スタッフ、出演者で「現地版」を制作する。

海外へのフォーマットセールスの代表例としては、「マネーの虎」(日本テレビ系)、「SASUKE」(TBS系)、「料理の鉄人」(フジテレビ)の3つが挙げられる。

「マネーの虎」は、イギリスで「Dragon's Den」として放送された後に、アメリカでも「Shark Tank」として人気番組となった。「SASUKE」は「Ninja Warrior」として世界160以上の国と地域で見られており、現地版も20カ国以上で制作されている怪物番組だ。「料理の鉄人」は「Iron Chef」としてアメリカなど各国で放送され、さらに2022年からはNetflixでアメリカ版が世界190の国と地域に独占配信された。

■活況の海外向けフォーマットセールス

フォーマットセールスは、実は最近始まったビジネスモデルではない。

1985年にTBSが「わくわく動物ランド」のフォーマットを韓国KBSへ販売したことが始まりとされている。しかし、このときは映像にレポーターが写り込んでいたため差し替えが難しく、成功したとは言えない結果であった。このようにヒット番組を生み出すフォーマットを作るのは非常に難しく、ある種「運任せ」のような時代が長く続いた。

写真=iStock.com/nemke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nemke

だが、近年、この海外へのフォーマットセールスが活況を呈している。なぜ、テレビ局はこのビジネス手法に力を入れるのか。それには、以下の2つの大きなトレンドが関係している。

1 海外マーケットで「フォーマットセールス」に対する注目が高まっている
2 配信などの「放送外収入」に陰りが見えてきた

まず1つ目の「海外マーケットで『フォーマットセールス』に対する注目が高まっている」について、解説してゆきたい。第二次安倍政権の肝いりとして設立された官民ファンド「クールジャパン機構」が旗振りとなって、2013年から日本のコンテンツを海外に輸出しようとする施策「クールジャパン」が始められた。

このクールジャパンの「最前線」とも言えるのが、カンヌ映画祭で知られる南仏のカンヌで毎年開催されている「MIP(Marche Internationale des Programmes)」と呼ばれるテレビ番組の国際見本市だ。

世界中から多くのテレビ局や制作会社のバイヤーが訪れ、「これぞ」と思った作品を買いつけてゆく。私が制作したドラマ「破獄」や「ハラスメントゲーム」もここに出展され、2017年と2020年の2度にわたってバイヤーが投票してNO.1を決める「MIPCOM Buyers Award for Japanese Drama」のグランプリを獲得した。

■中韓の台頭による「アニメバブルの崩壊」の影響

しかし、このMIPにも大きな変化が訪れている。これまで春におこなわれていた「MIPTV(Marche Internationale des Programmes Television)」は今年を最後になくなり、秋の「MIPCOM(Marche Internationale des Programmes Communication)」のみの開催となったのだ。これには理由がある。

コンテンツ市場成長の牽引役が、テレビ局からNetflixなどの動画配信サービスに移ったからである。MIPはテレビ局の放送サイクルに合わせて年2回開催されていた。しかし、「放送ありき」という常識が崩れてきたため、「年に2回」の意味がなくなり、MIPTVへの集客力は下がり続けた。

MIPTVはその名の通り、テレビの「番組販売」を促進する目的でおこなわれてきた。だが、近年、海外市場における番組販売の単価や成約数が伸び悩むという傾向にあった。

なかでも、クールジャパンの先陣を担っていたコンテンツの「アニメ」に関しては、制作現場の技術が向上して“日本風の”アニメを制作するようになった韓国や中国勢の台頭によって、「アニメバブルの崩壊」がささやかれている。

「ドラマ」に関しては、放送サイクルの「タイパ」が進むなかで少ない話数しか揃えられないというマイナスの状況が続いている。そんななか、新しく注目を集めているのが番組のフォーマットセールスなのである。

■先を行く韓国のライツ事業

韓国はずいぶん前から“国策として”コンテンツのフォーマットセールスに力を入れてきた。人口や自国産業が少ないためコンテンツの海外展開というビジネスには血眼になっている。

国内市場が小さいため、当初から国内市場では直接製作費の一部のみを回収し、残りの直接製作費と収益は海外で得る前提で番組作りをする。今や直接製作費の60%以上を海外展開で回収するのが一般的となっている。「The Masked Singer」はその成功例と言っていいだろう。

一方、日本はまず国内市場での放映で直接製作費の100%を回収して収益を確保する前提で番組が作られる。そのうえで、国内市場である程度ヒットした作品のみ、海外輸出をおこなって追加収益を得る。したがって、コンテンツ制作の段階において、日本は国内視聴者の嗜好を重視しているのに対して、韓国は当初から海外市場を見据え、海外視聴者の嗜好を反映する傾向にある。

次に2つ目の「配信などの『放送外収入』に陰りが見えてきた」だが、ここで注目したいのが、あるデータである。他の在京民放各局に比べて、テレビ東京は全体売上のうち配信などの「ライツ事業」の売上の割合が高い。2023年度の売上においても、ライツ事業は342億4100万円と、放送事業760億9600万円の半分近くを占めている。

放送事業は制作費などがかかるためこの分を引くと、利益は164億4300万円になってしまう。だが、ライツ事業はこういった制作に関わる費用がかからないため、利益は153億8600万円を確保。ほぼ放送と同等の利益をあげている。

このようにテレビ東京においては、配信などの放送外収入が好調だが、これは裏返せば、このライツ事業の成否に会社の命運がかかっているとも言えるのだ。

■「ライツ事業が頭打ちになる」という危機感

もうひとつ、見逃してはならないエビデンスがある。前述したライツ事業の売上推移である。2021年224億8200万円、22年277億1600万円、23年342億900万円というように過去2年とも前年比123%で推移していたが、24年になってほぼ前年同様という数字になった。これまで着実に前年比を伸ばしてきたテレビ東京にとって、この状況は脅威である。

留意しなければならないのは、配信を主とするライツ事業の比重が高いテレビ東京であるからこそこれらの傾向が顕著に表れているという事実だ。数字には表れてないが、ますます日本において配信プラットフォームが勢力を拡大している現状において、“ライツ事業が頭打ちになる”という危機感を抱いているのは他局も同じなのだ。

そんなビジネス環境のなかで「救世主」となりうるのが、フォーマットセールスなのである。では、本当にフォーマットセールスはもうかるのか。

番組フォーマットのライセンス料は、番組制作費の10%前後と言われている。番組の内容や種類によって異なってくるので一概には言えないが、例えば1時間枠の制作費が5000万円だとすると、1本あたり500万円の収入がある計算だ。2005年からアメリカで放送された「Iron Chef Ameria」は138回の放送だったので、それだけで6億9000万円になる。まさに「打出の小槌」だ。

以上の前例から、「フォーマットはまずアメリカに売る」ということが定番となっている。世界市場でのフォーマットセールスの主要クライアントはアメリカだ。アメリカで人気が出た番組は世界中に広がる。そのため、海外販売を目指すうえで、まずはアメリカで人気が出る企画を考案することになる。

■「地上波ファースト」を捨てたテレ東の優位性

以上のようなテレビ局を取り巻くトレンドを受けて、従来の「TVチャンピオン」の「手先が器用選手権」は「TESAKI」へと生まれ変わったのである。

ここまでの分析で、読者の皆さんには、NHKも含めたテレビ局が国際市場においてどれほどの過当競争に置かれているのか、そしてそのなかでどんな方針を採るかで局の命運を決めることになるかという現実について充分に理解してもらえたのではないかと思う。

そこで、ここからは民放各局が「生き残り」をかけて、いかに巧妙に映像ビジネスの戦略を立てているかを検証してみたい。重要なのは、「逆境」に対してどのような策を練っているかということだ。

その点において、私はテレ東に優位性があると確信している。それはここまで述べてきたように、「地上波ファースト」を捨てて「放送外収入」にいち早く舵を切ったテレ東の先見性を評価しているからである。

しかし、この「先見性」は単なる偶然かもしれない。また、一時的な出来事かもしれない。それらが「本物」であることを実証するために、以下に論拠を示しながら「TESAKI」がこれからのフォーマットセールス市場において果たす役割を明確にしてゆく。

「手先が器用選手権」から「TESAKI」へと、より優れたものに改変できていると私が確信する点は、以下の4つの要素である。

1 “共感できる”ものである
2 “普遍的”である
3 “ローカル”である
4 “ゲーム的”である

■悲願だった「TVチャンピオン」の海外展開

テレ東にとって「TVチャンピオン」の海外フォーマットセールスは悲願であった。

実は、「手先が器用選手権」は一度、海外へフォーマットセールスされている。1990年代、日本のテレビ番組が東アジアを中心に人気を集めるようになり、日本の放送局にとって海外マーケットの存在を意識するようになった時期だ。そのころ、人気を牽引したのは主に若者向けのドラマだったが、バラエティ番組にもその流れは及び、TBSの「風雲!たけし城」や「TVチャンピオン」が販売された。

当初は日本で放送されたものに各国で字幕や吹き替えなどの言語処理が加えられて放送されるという「番組販売」に近いかたちだったが、やがて番組フォーマットとしても販売されるようになった。

だが、そのとき「手先が器用選手権」は苦汁をなめている。初期のころには1円玉を立ててドミノを完成させたり、小さいサイコロをピラミッド状に積み上げたりするように、単純に指先のテクニックと精神力を競うものだったが、回数を重ねるごとに徐々に難易度が高く複雑な競技へと変わっていった。

それをそのままフォーマットセールスしたのだが、海外の人々にとっては難しすぎたのだ。あまりにもクリアできる人が少なすぎて、競技は盛り上がらなかった。

テレビ東京旧社屋(写真=Lombroso/PD-self/Wikimedia Commons)

■90年代の失敗の教訓、「TESAKI」の原点

そのため、今回の「TESAKI」は原点に戻って、競技自体はシンプルなものにした。1つ目の競技「ティーアップ・ビーンズ」や2つ目の競技「ローリングダイス・タワー」などはその例だ。そして手先や指先の器用さなどの「テクニック(技)」と同時に、精神力や集中力などの「メンタル面」やその挑戦者の「人間性」を浮き彫りにする工夫をした。

具体的には、なるべく個性的な挑戦者を選び、その人物のバックボーンを描き出すことで、視聴者に「共感」してもらえるように作り込んだ。競技の途中や、競技を勝ち抜いたり競技に負けてしまったりしたときに突然、本人のインタビューが入るという手法が採られているのも挑戦者の人間性を浮き彫りにするための演出である。

競技自体を単純でわかりやすくするということは、すなわち「普遍性」を強調するということだ。どこの国で作っても、誰にでもチャレンジできる内容、そしてその挑戦者を“応援できる”“応援したくなる”共感が番組を魅力的に見せる。

挑戦者は「スーパーマン」ではない。どこにでもいる“あなたの隣にいる”市井の人だ。「共感と普遍性」は深く関わりあっている。「普遍性」を持たせるためには、簡略化、あくまでもわかりやすくというのが効果的な方法だ。

■成功のカギは「マクドナルド」「スターバックス」

3つ目の「“ローカル”である」というのは「文化の違い」に引っかからないようにするということだ。

いまの日本のバラエティに多い、芸人頼みの企画はNGである。ドッキリを仕掛けられたら芸人が「オイシイ」と感じるのは、日本独自のテレビ文化だからだ。欧米で同じような企画を放送すると、人権問題に発展しかねない。“どのような国や文化でも”制作ができる企画を作ることが、成功のカギとなる。

だが、一方で、まったくそのオリジナル国ならではの特色がないのも個性がなく、売れない。それは、典型的なグローバル企業の海外展開を考えてみればよく理解できるだろう。

マクドナルドやスターバックスは、世界中にフランチャイズ展開をするとき、必要に応じて「ローカル化」をする。コカ・コーラもその国の気候や国民の嗜好性によって炭酸の度合いを変えている。しかし、そのブランドが根本的に持っているアイデンティティやコンセプトはどこに行っても変わらない。コンテンツの「根幹」は変えてはいけないのだ。

写真=iStock.com/lightkey
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/lightkey

フォーマットセールスも同じである。世界各国の視聴者に合わせた「ローカル化」をおこなう一方で、その番組のコンテンツブランドを守るための「オリジナリティ」は保持しながら、普遍性を高める努力をする。要は、ローカルに塗り替えられる、入れ替えられるようなフォーマットにしておくことが肝要なのだ。

■海外を意識した「TESAKI」の仕掛け

例えば「TESAKI」の場合には、「ティーアップ・ビーンズ」で箸を使うが、この箸はフォークなどに応用可能だろうし、アジアはもちろん、いまや箸は日本人より使うのがうまい外国の人がいるほど普遍的だ。「ローリングダイス・タワー」のサイコロや「ピンホール・デスロード」の針と糸も日本文化の匂いを感じさせながら、文化が違う国においても充分に適用できる道具となっている。

そして4つ目の「“ゲーム的”である」だが、これは極めて重要な要素である。「TESAKI」のなかでももちろん、周到に用意されている。「ハイエナチャンス」と呼ばれるものだ。各挑戦者は競技が始まる前に「ハイエナカード」を一枚引く。中身は見えないが、競技の途中でこのカードを使うことができる。そして全員このカードの指示に従わなければならない。

書いてある内容は、例えば、「自分以外の全員の動きを1分間止められる」「選んだ相手と場所を変われる」「選んだ相手の成果をゼロにする」などだ。これによって、いままでビリだった弱者が逆転したり、トップを走っていた強者が最下位になったりする。

いわゆる「下剋上のカード」である。単に「技」だけではない、こういった「ゲーム性」や「偶然性」が入ることで、誰にでもチャレンジできる、誰でもはい上がれる「TESAKI」“独自の”競技となる。よく考えられている。これも“普遍的な”要素だからだ。

■韓国ドラマ「イカゲーム」と共通するゲーム性

この「TESAKI」が積極的に取り入れている「ゲーム性」がいかに大切かを考えたとき、過去にこの特性をうまく利用して成功した例が頭に浮かぶだろう。世界的大ヒットとなり、各国からのリメイク権オファーが後を絶たない韓国ドラマ「イカゲーム」である。

借金で首が回らなくなった人々が一発逆転をかけて命がけの様々なゲームに挑んでゆくという内容だが、このドラマの秀逸なところは従来の韓国ドラマの定番と言われてきた「ヒット作の要素」である「社会派」を捨てたことだ。そのことで、家族愛、友情、親子愛、愛憎といった普遍的なテーマに見事に振り切った。

「だるまさんがころんだ」「砂糖菓子の型抜き」「綱引き」「ビー玉」「飛び石」などは、決してハイレベルの“技を競う”競技ではない。誰にでもできるチャレンジになっている。しかも、そこには「偶然性」という“ゲーム的な”要素を計算して散りばめているのである。

「TESAKI」の番組担当者は「ひと擦りして反省点や改善点が見つかったので、次やったらさらに面白くブラッシュアップできると思っています」と自信をのぞかせる。番組はいまはTVerで見られる。今回の記事で分析した点をチェックしてみてほしい。

2023年の世界全体の番組フォーマット輸出量を比較してみると、トップはイギリスの25%、続いてアメリカの24%、オランダ15%である。この3大フォーマット大国に追随するようなポジションにいるのが、フランスと同率5%の日本である。

テレビ局の「地上波ファースト」はもう時代遅れ

だが、トップのイギリスと日本の間には決定的な違いがある。NO.1のイギリスは、番組制作時にすでにフォーマット化を意識した企画を練っているのだ。私は、日本もそうなってくると確信している。

フォーマットを実際に売る立場にあるライツ担当者は私に「『番組を海外へフォーマットセールスするのだ』という意識が作り手にあるかどうかが『売りにくい、売りやすい』に直結する」と語った。

番組作りには「成功体験」と「社内理解」が不可欠だ。フォーマットセールスも同じである。リスクなくしては利益を生み出せない。「金の卵」は最初から金ではないのだ。普通の卵を産むことを繰り返しある日、金の卵を誕生させることに成功する。

しかし、テレ東をはじめとした民間テレビ局にとって楽観視は禁物だ。地上波の番組をフォーマットセールスするという従来のビジネススタイルとは違う、新しいパターンが誕生しているからだ。

吉本興業が制作したAmazon Prime Videoで配信中の「HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル(略称:ドキュメンタル)」は、メキシコを皮切りにオーストラリア、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、ブラジル、カナダなどでフォーマットセールスされている。こういったSVOD発のフォーマットセールスは今後、テレビ局にとって大きなライバルとなるだろう。

うかうかしてはいられない。テレビ局は、フォーマットセールスの将来性を認識し、可及的速やかな対策を練ることをお勧めする。

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田淵 俊彦(たぶち・としひこ)
テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)