自分のケアができないリーダーは部下に嫌われる
自分自身で心身を整えるために有効な“セルフ・コンパッション”について解説します(写真:metamorworks/PIXTA)
近年、心身の健康を崩してしまうリーダーが増えています。グロービス経営大学院教授の若杉忠弘氏は、「ビジネスパーソンが燃え尽きるのを防ぐために、Googleなどのグローバル企業で注目されているのが“セルフ・コンパッション”です。このアプローチは、自分自身で心身を整えるために有効です」と言います。日本でセルフ・コンパッションを広める若杉氏がその有効性を解説します。
※本稿は若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』から一部抜粋・再構成したものです。
自分自身で心身を整えるスキル
今、リーダーの置かれている状況は過酷です。必死に頑張るものの、期待通りの成果を出せず、焦る毎日。一時的に成果が出たとしても、容赦なく次の要求へのプレッシャーが降りかかってきます。
常に環境変化への対応を迫られる中で、今、心身ともに疲れ切ってしまうリーダーが増えています。疲弊しているとき、「これではダメだ」「もっと頑張らねば」と自分を必要以上に厳しく責めるリーダーがいます。これは、まるで傷口に塩をすり込むようなもので逆効果です。
このような自己批判的な態度で自分を追い込むと、短期的には成果につながるかもしれません。しかし、長い目で見れば、疲れが蓄積し、いずれ燃え尽きてしまいます。
そうなれば、心身の健康を害し、リーダーとしての活躍そのものを続けることが難しくなってしまいます。皮肉にも、過酷な状況を抜け出すための厳しさが、逆に自分の首を絞めてしまうのです。
こうした状況を打開する新しいスキルが、セルフ・コンパッションです。
セルフ・コンパッションとは、ひと言で言えば、「自分にやさしくすること」。そうすることで、自分自身で心身を整え、安心感を得て、自信をもって前に進むことができます。
セルフ・コンパッションの考え方を活用しながら、自分が疲れ始めたと思ったら、早いタイミングでそのサインを察知し、適切な対応をとることが大切です。
セルフ・コンパッションの研究データ
最近の研究データを見ても、セルフ・コンパッションは、ビジネスパーソンが燃え尽きたり、疲れ切ったりするのを防ぐのに、抜群の効果をもたらします。
あるサービス企業の社員数百人を調査した研究によれば、セルフ・コンパッションを実践している社員であればあるほど、2年後に燃え尽きにくくなっていることがわかりました。
数年にわたる長期的な効果だけでなく、セルフ・コンパッションには短期的な効果があることもわかっています。
ビジネススクールの学生を10日間にわたって調べたところ、セルフ・コンパッションを取り入れることができた翌日の朝は、疲れが少なかったのです。近年、このような実証データが次々と報告されています。
データだけではありません。実際に、セルフ・コンパッションがみなさんを救うのです。資金調達に奔走するある起業家は私にこう語りました。
「重圧を抱えるリーダーにとって、セルフ・コンパッションは、あったらいいなどという次元の話ではない。絶対に必要なものだ」
その通りではないでしょうか。重圧でリーダーが倒れてしまったら、スタートアップにとって、事業継続のうえで致命的です。
リーダーは重圧に対して、「なんとか、このしんどい時期を乗り越えよう」という精神論で立ち向かってはいけません。
みなさんには、セルフ・コンパッションという確かな技術と方法論を使い、リーダーにのしかかる重圧に向き合い、ご自身のコンディションを整えていただきたいのです。
しかし、みなさんはこう思うかもしれません。
「たしかに、セルフ・コンパッションを取り入れれば、燃え尽きたり、疲れ切ったりすることは減るかもしれない。しかし、自分にやさしくしてしまったら、自分を優先してしまい、メンバーを鼓舞したり、支援したりできるのだろうか」
これもよくある誤解です。
セルフ・コンパッションは、リーダーシップのダークサイドを減らすだけではありません。セルフ・コンパッションは、リーダーシップの実践そのものも強力に後押ししてくれます。
あるボランティア団体でチームリーダーに参画した小林誠さんの話をしましょう。
そもそも、ボランティア団体でリーダーシップを発揮するのは、とても難しいものです。なぜならば、金銭的な報酬でメンバーのモチベーションを維持することができないうえ、集まるメンバーのスキルや経験もさまざまだからです。
小林さんも、そうした難しさの中で、リーダーの仕事に四苦八苦していました。大量の仕事をさばく必要があるのですが、メンバーが手を動かしてくれないのです。いつも、やるべきことの5割程度しか進捗していません。
小林さんは、仕事をしてくれないメンバーに不満をつのらせます。小林さんは、メンバーにこうしてほしいと繰り返し依頼しますが、強制することができないことにいら立ちを感じます。自分の仕事も滞っていきます。
ストレスは増える一方です。頭の回転も鈍くなります。小林さんは、悪循環に陥ってしまったのです。
セルフ・コンパッションの要素
小林さんは、あるワークショップに参加し、セルフ・コンパッションの考え方を知ります。それをきっかけに、自分が抱えている負担感が限界を超えてしまったことを自覚しました。
これは、セルフ・コンパッションの要素の1つである、マインドフルネスにあたります。自分の状況をそのまま受け入れたのです。
小林さんは、リーダーとして頑張っている友人に悩みを相談します。チームリーダーをしていれば、誰もがメンバーとの接し方に悩むものです。
自分の境遇に共感をしてくれる友人との会話で、「自分だけじゃないんだ」と思うことができ、ホッとしました。
このような感覚を共通の人間性といいます。つらいときは、孤立しがちですが、つらい気持ちを通して、周りとの人間関係を深めることができます。
このとき、小林さんは、落ち込んでいる自分を励ましてくれそうなYouTube動画を見ます。このように、自分にやさしさを向けることで、自分にとって必要なアクションをとる余裕が生まれてくるのです。これは、セルフ・コンパッションの要素である、自分へのやさしさにあたります。
ある動画で見た言葉が、小林さんの頭に残ります。
「すべての状況は、リーダーがつくり出している」
というメッセージが、少し余裕ができた心に、すーっと入っていきました。
小林さんは、メンバーが仕事をしてくれないのは、メンバーが悪いと思っていました。しかし、じつは、自分の指示の出し方や伝え方が悪かったことに気づいたのです。
今まではメンバーに、「このタスクをやってほしい、あのタスクをやってほしい」と、ただ単に作業の指示出しをしているだけでした。それではメンバーのやる気は出てきません。すべての状況は自分がつくり出している、と納得したのです。
メンバーの動きも主体的に
小林さんのマインドセットががらりと変わります。リーダーとしての覚悟が生まれました。すべての責任は自分にある、と心が定まったのです。
スイッチが入ったとたん、小林さんに再び、意欲が湧いてきます。小林さんは、メンバーにもっと仕事を自由にやっていいことを伝えました。それと同時に、何が起きてもリーダーである自分自身の責任だという思いも共有しました。
そこからチームが動き出すのです。メンバーの動き方が主体的になっていったのです。失敗しても、リーダーが責任を取ると言ったことで、メンバーは安心して仕事にあたることができるようになります。
その後、もっとも主体的に動くようになったメンバーが小林さんにこう伝えました。
「小林さん、変わりましたね。昔は、小林さんの中に正解があって、僕たちはそれをやらないと小林さんにダメ出しをされる感じでした」
こうして、それまで小林さんにそっぽを向いていたメンバーは、小林さんについていくようになったのです。
これは小林さんだけの体験なのでしょうか。いえ、そうではありません。実際、リーダーがセルフ・コンパッションを実践するほど、メンバーがついてくるという研究データがあります。フロリダ大学の研究では、77人のリーダーを調査しています。
それによれば、リーダーである自分自身に思いやりの気持ちを向けているリーダーほど、小林さんと同じように、「自分はリーダーである」という自覚が強くなっていたのです。
リーダーの自覚が強まるとポジティブな連鎖が起きる
なぜ、リーダーとしての自覚が強まるのでしょうか。リーダーが大変な状況に置かれ、つらく落ち込み、逃げ出したくなったとしましょう。
このようなときにリーダーは、「困難に立ち向かえない自分は、リーダーに向いていないのかもしれない」と自分に懐疑的になりがちです。
しかし、セルフ・コンパッションを実践するリーダーは、まったく別の視点で自分のことを見るのです。リーダーであるからこそつらい気持ちになる、ととらえるのです。解釈が真逆になるのです。実際、リーダーだからこそ、大変な状況に置かれると、多かれ少なかれ、逃げ出したい気持ちになることがあるものです。
この逆転の発想があるからこそ、「自分はリーダーである」という自覚が強まります。
ある研究データによれば、自覚が強まったリーダーは、メンバーの仕事上の課題解決をより手伝っていました。仕事のことだけでなく、個人的な困りごとにも、手を差し伸べていたのです。
実際、メンバーはリーダーのことを、能力があり、自分をケアしてくれるやさしさを持ち合わせていると評価をしていたのです。
つまり、リーダーがセルフ・コンパッションを実践すると、次のポジティブな連鎖が起きるとわかったのです。
●セルフ・コンパッションを実践
→リーダーとしての自覚が強まる
→メンバーを支援(仕事もプライベートの問題も)する
→メンバーはリーダーを、能力とやさしさを兼ね備えていると思う
一見、自分を大切にすることと、メンバーを大切にすることは、相反するように思えます。しかし、実際は自分を大切にできるリーダーが、メンバーも大切にできるのです。
まずリーダー自身が「酸素マスク」をつける
じつは、私たちはこのことをすでによく知っています。
飛行機に搭乗したときのことを思い出してみてください。離陸前にキャビンアテンダントが、必ず、安全上の注意をしてくれます。
キャビンアテンダントは、「酸素マスクが天井から降りてきたら、ご自身に酸素マスクをつけてください」と言います。そのあと、酸素マスクの具体的なつけ方の説明をします。
このあと、キャビンアテンダントは大切なことを言います。
「必ずご自身に酸素マスクをつけたあと、子どもたちや周りの人々の酸素マスクをつけるお手伝いをしてください」
ここでキャビンアテンダントが強調しているのは、酸素マスクをつける順番です。
自分が酸素マスクをつけずに、子どもやまわりの乗客を助け始めたらどうなるでしょうか。すぐに自分が酸素不足になり、自分の命が危険にさらされます。そうなれば、周りを助けるどころではありません。
この注意事項は、そのまま私たちリーダーにも当てはめることができます。まず、リーダー自身が「酸素マスク」をつける必要があるのです。自分の安心・安全がしっかりと確保されるからこそ、周りのメンバーにも「酸素マスク」をつけることができ、効果的に支援することができるのです。
セルフ・コンパッションがリーダーの「酸素マスク」と言えるのではないでしょうか。
(若杉 忠弘 : グロービス経営大学院教授)