企業が30年以上前の古いCMをリバイバルさせたり、オマージュしたりするケースが増えている。企業のマーケティングに詳しい桜美林大学の西山守准教授は「昨今の株高、高額ボーナスの支給で最も恩恵を受けている中高年を意識する戦略が見て取れる。若者を意識してきたこれまでの『平成レトロ』ブームとは異なる」という――。

■活況を呈している「リバイバルCM」

最近、過去のテレビCMのリニューアル、オマージュが目立っている。

マクドナルドが、1987年から放映していたコカ・コーラの「I feel Coke」のヒットCMをオマージュしたビッグマックの「あしたも、笑おう。」篇を放映し、40〜50代を中心に「懐かしすぎる」などと話題となった。

また、湖池屋のトルティーヤ・チップス「ドンタコス」は発売30周年を機に商品をフルリニューアルして、当初のCMを再現した動画と、「ドンタコスったらドンタコス♪」と商品名を連呼する当時の楽曲を利用した新たな動画を配信している。

図表1のように、目立つものだけでも、過去のリニューアルCM、オマージュCMはいくつか見られている。

筆者作成

■「レトロブーム」は1995年以前へ

CMではないが、K-POPグループ「NewJeans」のHANNI(ハニ)が、東京ドームのファンミーティングで1980年の松田聖子さんのヒット曲「青い珊瑚礁」を歌い、大きな話題を集めた。

「平成レトロ」のブームはいまに始まったことではないが、これまでは1995年以降の若者文化が主な対象になっていた。最近は1995年以前へとトレンドが移ってきているように見える。

この背景には、企業のマーケティング活動におけるターゲット戦略の変化が影響していると筆者は考えている。

その変化とは、これまで重視していた若者世代から、中高年世代へと狙い撃ちするターゲットを変えたことだ。

このトレンドは今後も加速していくと予想している。

■企業は「バブル景気の再来」を望んでいるわけではない

今年2月に日経平均はバブル期の最高値(1989年の大納会)を更新した。大手企業の2024年夏のボーナス妥結状況は98万3112円と、比較可能な1981年以降で最高額となっている。

一見すると、バブル復活の期待感から、バブル前後のトレンドが復活しているようにも見える。ただ、現在の日本経済はバブル期とは大きく異なっているのもまた事実だ。

日本はもはや世界をリードする超大国とは言えなくなっているし、高齢化が進み、所得格差も拡大している。日本全体が熱狂していたバブル期とは様相はだいぶ異なっている。

企業もそのことは重々承知しており、「バブル景気の再来」を待ち望んでいるわけではない。

それでもなお「バブル期のトレンド」を想起させるCMを今になって作るのはなぜか。

平成バブル時代と現在との世相の共通点と違いを読み解けば、現在のトレンドの背景にあるものが浮かび上がってくる。

ビッグマック「あしたも、笑おう。」篇(105秒)より
ビッグマック「あしたも、笑おう。」篇(105秒)より

■「I feel Coke」で描かれた高揚した大人の世界

バブル絶頂期には、筆者は田舎の公立高校の学生だったため、バブルの熱狂も恩恵も味わう機会はほとんどなかった。バブル期に東京都心の私立大学に通っていた知人(男性)はこのようなことを言っていた。

「あの時期の女子大生は社会人と付き合っていて、僕たち男子学生は相手にされなかった。だから、バックパック旅行をして、物価の安い東南アジアで遊んでいた」

これはひとつのケースに過ぎないが、バブル期の消費の主体は社会人(あるいはそのおこぼれにあずかっている学生)だったと言えるだろう。

実際、当時のコカ・コーラの「I feel Coke」のCMは若者というよりはある程度成熟した大人が中心で、描かれているのも大人の高揚した世界だ。

バブル崩壊は1991年とされているが、世相の変化は1995年あたりが分水嶺となっている。

1995年は、阪神大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件という、日本を震撼させた大事件が起きている。また、コスモ、木津、住専などの金融機関の破綻、大和銀行の巨額損失の発覚という、のちの金融機関の再編へとつながる出来事が起こっている。

1995年以降、若者、特に未成年を中心とするカルチャーが活発化している。アムラーの出現も1995年であるし、コギャルやルーズソックスのブームも、1995年以降がピークとなっている。

なお、最近若者の間でリバイバイルしているのも、1995年以降のトレンドがメインである。2022年頃から若者の間ではやりはじめた「Y2Kファッション」は現在でも継続しており、こちらも2000年代前後のトレンドだ。

つまり、最近の「レトロCM」を紐解けば、企業広告のターゲット層が1995年以降の「若者文化」に親しみを持つ現代の若者世代から、1995年以前の「大人文化」に懐かしさを覚える40代以上の中高年世代へとシフトしていることが読み取れるのだ。

■金のない若者より、金のある中高年を狙う

最近までは、企業のマーケティング活動では「Z世代」が注目を集めてきた。彼らは、上の世代とは異なった新しい消費行動を取っているが、次世代の消費リーダーとなることが期待されてきた。SNSの利用も活発で、情報波及力も高い。

一方で、Z世代の可処分所得は少ない。消費行動、情報接触行動が細分化しており、マスマーケティングが通用しづらいという特徴もある。

昨今の株高で恩恵を受けているのは、金融資産の額が高く、投資人口も多い中高年層が中心である。また、大手企業の社員はボーナス増の恩恵も受けている。消費を牽引していくのも、若年層よりはその親世代になっていくだろう。

マクドナルドの「I feel Coke」は、当時のコカ・コーラのCMとは違って若者やファミリーも描かれており、単純に中高年層を狙っているとは言い難い。しかし、2023年初頭の同社の「アジアのジューシー」のCMが若年層を中心に訴求していたことと比べると、ターゲットとする年齢幅が広がっていることは間違いない。

SNSの話題を見ていても、このCMを知っている世代の口コミが目立っていた。

ビッグマック「あしたも、笑おう。」篇(105秒)より

中高年層の消費が日本経済の活性化につながる

2024年は、1998年に放映されたドラマ「GTO」の新作が放映されたり、中森明菜さんが歌手活動再開に向けて本格的に動き出したり、1980年代の流行ドラマ「あぶない刑事」の新作劇場映画が公開されたりという動きも見られる。これらは、当時リアルで楽しんでいた人がメインターゲットとされているように見える。

これまでの「レトロブーム」は、当時を知らないZ世代が新鮮さを感じることで受容されてきたものが多かった。これからは当時を知っている30代後半以降の世代が、過去を懐古するようなものがより多くなっていくのではないかと思う。

思い返すと、1970代の若者を中心とするサブカルチャー、カウンターカルチャーがあり、その後に1980年代バブル経済によって大人が消費社会の中心となった。その後のバブル崩壊により、1990年代後半から再び若者文化が活発化し、現在そのリバイバルが起きている。そろそろ次の節目が来ているように思える。

バブル経済はもう戻ってこないかもしれないが、当時の流行は再び戻ってきて、多少なりとも中高年層の消費を刺激し、多少なりとも日本経済を活性化させてくれるのではないか。そして、そこから新たな「大人の文化」も生まれてくるのではないだろうか。

筆者は、そのようなささやかな期待を抱いている。

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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
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マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)