声でパイロットが「見えてくる」管制官の頭の中
(写真:petapon/PIXTA)
無線交信とレーダーを駆使しながら、超過密の空をコントロールする航空管制。管制官は空港の管制塔やレーダールーム、さらには航空路を見守る航空交通管制部などで、航空機が安全に、しかも効率よく航行できるように「交通整理」を行なう仕事です。
パイロットと管制官のコミュニケーション手段は「声」です。管制官1人に対し、複数のパイロットからの交信が殺到することは日常茶飯事。そのなかで管制官は、どのように的確な指示を出しているのか?
元・航空管制官で現在、航空評論家であるタワーマン氏の著書『航空管制 知られざる最前線』から一部を抜粋し、間断ない離陸・着陸を捌くプロフェッショナルの舞台裏に迫ります。
交信予定のない機が呼んできたら、どうする?
管制官のコミュニケーションは、声だけが頼りです。対面での会議などでは、表情や口の動き、声が聞こえてくる方向などで、誰が誰に向けて発言しているかを感じ取ることができます。しかし、無線交信では音声でしか判断のしようがありません。
もちろん、手元にはレーダーが表示された画面がありますし、外を見れば、交信を行なっている飛行機を自分の目で見ることもできます。また、現在管轄している便情報のリストも見えます。そのなかで、今、まさにこのタイミングで自分を呼んできそうな機、次の指示をほしがっているであろう機を、頭のなかで予測して絞りこみます。
そして、レーダーなどの「目から得られる情報」と「耳から得られる情報」を整合させて、無線の相手を特定し、状況を把握しながら指示を出します。
しかし、自分の周波数帯にいるメンバーは流動的です。今は5人のパイロットと交信していても、いつ6人目が入ってくるかもしれません。
6人目が入ってきたときは、聞こえたコールサインと手元のリストを照合して、「今加わった6人目が誰なのか」を確認するわけですが、本来はほかの管制官から交信切り替えの指示とセットになって送られてくるはずの、当該便に関する情報が届いていないことがあります。
さらには、パイロットが管制官から指示された周波数とは異なる管制官を呼びこんだり、コクピット内の装置への入力ミスで呼び出し先を間違えるということもあります。
通常、次に呼びこむ予定の周波数は、パイロットの事前準備の段階であらかじめセットしますが、パイロットが数字を見間違えてプリセット(前もって設定すること)している場合もありますし、混雑しているときにのみ、追加的に使用する周波数もあります。
声でパイロットが「見えてくる」
管制官の交信予定のリストにない機が呼びこんできたときは、便名を正確に聞き取り、現在の位置や要求を把握したうえで、本当に自分が指示してよい対象なのかを管制官同士で確認する必要があります。こうしたさまざまな観察を、管制官は耳だけを頼りに行なわなければならないのです。
そういう意味では、管制官はヒアリングがもっとも重要です。イヤホンから聞こえてくる声には、常に神経を集中させます。すると、しゃべっているパイロットが「見えてくる」ようになります。
日本人なのか、それとも英語のネイティブスピーカーなのかはもちろんですが、同じ英語をしゃべっていても、その発音で国籍の違いまで聞き取れるようになります。パイロットの国籍が特定できれば、相手を識別する情報が1つ増えます。
管制にとって、いちばん大切なのは安全を守ることです。そのためには、自分が管轄しているエリア、周波数の交通状況を常に把握することが肝要です。自分のエリアに今どんな飛行機がいて、自分がそれぞれの機にどんな指示を出し、実際その通りに動いているか監視します。
その把握さえできていれば、間違えて呼びこんできた飛行機がいたとしても、テリトリーのなかを保護するためには何を指示すればよいのか、明確にすることができるというわけです。
(出所)『航空管制 知られざる最前線』より
交信中のパイロットが突然「消えて」しまうことも…
管制官がパイロットに話しかけても、まったく応答がないことがあります。さっきまで交信していたのに、消えてしまうのです。
管制官が、現在担当している機を次の管轄の管制官に受け渡すときは、「(管制を○○に引き継ぐので)周波数○○に合わせて、次の管制官に通信設定(コンタクト)してください」とパイロットに指示します。逆にいえば、この指示があるまでは、周波数を勝手に切り替えてはいけないのです。ところが、パイロットにとっては、このルールが面倒に思えることもあるのです。
前述した通り、周波数をプリセットする事前対応ができるわけですから、次の管制官の周波数を知ることは簡単です。各国が発行する航空路誌(Aeronautical Information Publication:AIP)も公表されており、誰でも世界中の空港、空域を管制する管制官の周波数などを閲覧することができます。パイロットは、管制官にいわれるまでもなく、その運航で交信する周波数を事前に知ることができるわけです。
周波数の切り替えはボタン操作で簡単に行なえるので、交信の切り替え指示を受けていないパイロットがうっかり次の周波数帯にセットするということも起こり得ます。しかし、それをされてしまうと、管制官はまさに今、指示を出したいときに指示を出せないという状態になってしまうのです。
そんなときは、どこの周波数に行ってしまったのか、捜索が始まります。隣の管轄エリアを担当する管制官なのか、もう1つ先まで行ってしまっているのか。もしかすると誰も存在しない周波数をセットしてしまい、孤立しているかもしれません。
こういうケースさえ起こり得るので、あらゆる可能性を考えて、自分の管轄するエリアを安全に保つために、両方の耳を使って常にモニタリングしながら状況を把握する必要があります。無線交信の合間を見つけて、状況のアップデートを継続するのは大変な労力がかかります。
(タワーマン : 元航空管制官・航空専門家)