ゴミやモノは多いが、整然としている部屋。しかし、住人が抱えていたものが見え隠れしている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「たすけて たすけて たすけて」

小学校の女性教師が一人で暮らす大阪府のマンション。ふすまには、いくつもの「たすけて」という文字が赤と黒のマジックペンで書かれていた。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

一体、女性の身に何があったのか。部屋の片付けの依頼を受けた、ゴミ屋敷の片付け・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長(以下、二見氏)に、「絶対に捨てられない人たち」の片付けについて聞いた。

ガムテープでぐるぐる巻きにされた無数のカロリーメイト


今回の間取り(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けの依頼者はマンションに住む女性(40代後半)の両親だった。ゴミ屋敷と言っても生ゴミの類は一切ない。部屋にあるモノも整理整頓されているが、ただ雰囲気は異様だ。というのも、まるで10年以上部屋が放置されていたかのようにあらゆるモノがほこりまみれなのだ。

玄関の左手にある和室には衣類がかかったハンガーラックがある。鏡台もあるのでこの部屋で着替えをしていたようだ。押し入れの中にはモノが整然と収納され、部屋の隅には新聞が1カ所に固めて置いてある。だらしなさはまったく感じないし、むしろ几帳面な印象を強く受けるくらいだ。


住人が衣装部屋として使っていたと思われる和室(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

【画像】生ゴミがあるわけではない…しかし、異様な雰囲気を漂わせる部屋。住人の悲痛なSOSを感じながら片付けたビフォーとアフターを見る(31枚)

玄関の右手にある和室にはダンボールがいくつも積み上げられている。中は空だったり、細々としたモノが入っていたりするが、ガムテープでぐるぐると巻かれた無数のゴミだけが入ったダンボールが目を引いた。ガムテープで巻かれているゴミのほとんどは、カロリーメイトの空き箱。次にトイレットペーパーの芯が多かった。


ガムテープでぐるぐる巻きにされたカロリーメイトの空き箱(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

キッチンにあるダイニングテーブル、ガスコンロ、冷蔵庫には使用の痕跡がまるでない。指で少しすくうだけで、ほこりがごっそり取れてしまうほど長年放置されているのだ。

前出の2つの和室もほこりだらけで、生活はもうひとつある3つ目の和室だけでほとんど完結していたみたいだ。ただ、そこにあるブラウン管のテレビ画面にもほこりがビッシリである。


時が止まったかのようにほこりが積もったブラウン管のテレビ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

小学校の中で起きていた「教師内いじめ

両親からの依頼内容は、「すべての部屋を空にしてほしい」というものだった。

現場に入った4人のスタッフで、まずは主に生活をしていた部屋から片付けることになった。動線を確保するためにふすまを外そうとすると、ビリビリに破れたふすまに冒頭の文字がいくつも書かれていた。

「たすけて たすけて たすけて」

見積もりの際も、片付け当日も、現場に住人である娘の姿はない。女性に何があったのだろうか。二見氏が話す。

「僕らも娘さん本人には会えていないんですが、ご両親の話だと勤務先の学校で教師内いじめに遭っていたそうです。この部屋から学校に通われていたみたいなんですけど、途中からはもう仕事に行けなくなってしまい、ついには精神を病んで病院へ入院することになってしまったんです」(二見氏、以下同)


破れたふすまには住人の悲痛な思いが殴り書きされていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

いつ退院できるかもわからない中、家賃だけを払い続ける日々が続いていた。たとえ退院したとしても両親としてはもう娘を一人にはしておけない。そのため、退院を待たずしてこの部屋を引き払うことにしたのだ。

両親は娘の状況を把握できていなかった

ふすまに書かれた文字のことは、依頼主の両親にはあえて伝えなかった。その代わり、片付け後に両親が部屋に入ったときに、すぐにふすまに目が向くようにしておいた。

「この文字を見たら大きなショックを受けるだろうなと思って、ご両親にはふすまのことは伝えられなかったんです。ショックを受けるにしても僕らの前だとしんどいだろうなと。見るんだったらご両親2人だけで見たほうがいいと思ったんです」


思わず言葉を失ってしまったスタッフ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

かといってふすまを処分して、なかったことにするのも違う。多くのケースを見てきたイーブイなりの気遣いだった。また、依頼主である両親に対して気を遣ったのにはこんな理由もあった。

「依頼時のお話と部屋の状況を比べると、その温度感がだいぶ違ったんです。お母さんは『娘がちょっと精神的にしんどかったみたいで』とお話されていました。でも、部屋を見るとちょっとどころではなかったわけです。娘さんのつらさが仮に“10”だとしたら、ご両親はその3割も気づけていなかったはずです」

親としては娘のつらい状況を何も把握できていなかったことになる。第三者にふすまの文字を見せられてしまったら、親としての立場がなくなってしまう。

きっとこの部屋に住んでいた娘の女性は、几帳面で責任感の強い人だったのだと思う。それゆえに職場で起きたいじめのことも周りに相談できず、心が壊れるまで我慢してしまい、親には心配をかけてはいけないと一人で悩みを抱えてしまったのだろう。


衣装部屋として使っていた和室を片付けるスタッフ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


衣装部屋だった和室の片付け後(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

部屋の状態はそこに住む人の心の状態が反映される。

カロリーメイトの空箱をひたすらガムテープでぐるぐる巻き続け、ダンボールへ大量に溜めておくなんて普通の精神状態ではない。生ゴミを溜めてしまうようなことはなく異臭もしなかったが、トイレだけは動画には映せないほどに汚れていたという。

「私も部屋の状況から住人の女性は几帳面な方なんだと予想ができました。でも、これ(ガムテープで巻かれたカロリーメイトの空箱のこと)ばっかりは几帳面とかそういう問題ではないですよね。動機がわからないですし、精神的な問題が起因しているんだと思います」


住人が主に生活していたと見られる部屋(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


綺麗に片付けられた部屋(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

部屋からは娘の強い強迫観念を感じた

動機のわからない偏執的なこだわりは、過去にとりあげたゴミ屋敷でもいくつか見られた。


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たとえば、「『10年没交渉の弟が急死』姉が見たゴミ屋敷の全貌」で亡くなった男性が住んでいた部屋には、洗剤で綺麗に洗われた食品や弁当のトレーが入った小さいゴミ袋が、壁や天井の至るところに吊るされたビニール紐に大量に括りつけられていた。

男性は亡くなる直前までおそらく引きこもり状態にあったという。依頼主である姉は、「弟は几帳面な性格でした」と話していた。

すべての部屋が空になり、病室で娘が「探してほしい」と母親に伝えていた真珠のネックレスも見つかった。学校の卒業祝いか就職祝いか何かで、母親が娘に送ったモノだという。ハウスクリーニングも含めて5時間という軽めの作業だったが、現場で片付けをしたスタッフたちには重い感情が残った。

「ほこりが積もった静まり返った部屋でしたが、“誰か助けて”“なんで誰もわかってくれないの”という娘さんの強い強迫観念を感じました」

空っぽになった部屋を両親に引き渡してから、その後の連絡はない。


住人が大切にしていたという贈りもののネックレスも見つかった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


キッチンも綺麗に片付いた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

(國友 公司 : ルポライター)