Instagram「lunagram_158」より

5月下旬、衣料品販売チェーンの「しまむら」が新店舗をオープンすることに伴い起用したファッションモデルに注目が集まっています。「瑠菜(るな)」という名前の服飾専門学校生、20歳。普通に綺麗なモデルさんに見えますが、Instagram「lunagram_158」に投稿された「瑠菜」の容姿に賛否両論のコメントが寄せられています。

「瑠菜」に対する私たちの反応

「るなちゃんメッチャ可愛い」

「魅惑の微笑みじゃ!」

「わたしも早くこんな風になりたいです」

といったポジティブなコメントがある一方で、

「生身の人間を応援したい」

「なんだか違和感があります」

「どんなに綺麗だとしても生身の人間のモデルさんがいいなぁ……」

というネガティブなコメントもあります。

「生身」という言葉からお察しの通り、「瑠菜」は生成AIで作られたモデルなのです。本稿は、生成AIモデル「瑠菜」の印象に対する私たちの反応を、表情・顔分析、AI・ロボット研究の視点から考えたいと思います。

6月10日(月)までに「瑠菜」のInstagram「lunagram_158」に投稿された写真の中で、「瑠菜」の顔写真は、同じカットを含め、27枚。コメント欄に

「言わなければ本当わからない‼️」

「AIモデルということは実在しない方なのですね?」

「AIすごい!めっちゃリアル」

とあるように、現在の生成AIは、「外見や動きが人間に近づくほど親愛度は高まるが、ある程度似てくると不気味に感じる」という有名な「不気味の谷」状態を越えて、実在の人物とほぼ変わりがありません。


Instagram「lunagram_158」より

AI顔と本物の顔、私たちはどちらを好むのか?

近年、AIによって作られた顔(=AI顔)と本物の人間の顔(=本物の顔)を実験参加者に識別してもらう実験がいくつか行われていますが、参加者は両者を識別することができないだけでなく、AI顔をより本物の人間の顔だと偏って認識したり(Millerら, 2023)、AI顔をより信頼したり(Nightingaleら, 2022)する傾向にあることがわかっています(※)。

Millerら(2023)によれば、AI顔は本物の顔より平均的な顔をしており、この平均性が親近感を生じさせているとしています。この度の生成AIで作られた「瑠菜」の顔は、ただの平均顔ではなく、美しい顔の平均顔だと考えられます。

美人コンテスト出場者の顔を合成し、平均顔を作成すると究極の美人顔ができます。「瑠菜」の場合、顔のパーツ、顔の向き、表情などのアレンジは加えられていますが、美しい顔の平均顔に該当するでしょう。


Instagram「lunagram_158」より

魅力的な顔の基準を満たすAIモデル「瑠菜」の特徴

このアレンジもなかなか工夫されています。

27枚中、すべて唇と涙袋が強調されています。大部分が笑顔を見せ、半分以上が顔の左側をカメラに向けています。

唇を大きくすることで女性性が強調され、涙袋を大きくすることで目が大きく見え、可愛らしさが高まります。これらに加え、顔の上半分より下半分を小さくすることで、幼児のような顔を作ることができ、より可愛らしさを演出できます。

また、笑顔は好印象・親近感を醸成します。顔の左側をこちらに向けることで、表情と顔の凹凸が引き立ち、魅力度が向上します。

以上、「個人の好み」という個人差は残るものの、美しい顔の平均顔という特性にアレンジが加わることによって、私たちは、実在の美人よりも生成AIで作られた「瑠菜」をポジティブに評価する可能性が十分にあり得ます。

一方で、生成AIモデルをネガティブに評価するのはなぜでしょうか。「瑠菜」の場合は、最初から彼女がAIだということがわかったうえでの評価ですが、「実在する人間だと思っていたら、AIだと知り、がっかりした」という経験はないでしょうか。

これは、私たちが実在の人物に対して、自然にその人が持つ背景や物語、感情を想像するからではないでしょうか。しかし、AIであるとわかった瞬間、その背後にある物語や感情が存在しないことがわかり、信頼感や現実感は失われ、「同じ身体と心を持っていないのだ」「共感し合うことはできないのだ」、そんなふうに思われてくるのでは、と考えます。

私たちは、AIモデルが目の前にいても、友人とヒソヒソ話が平気でできますし、デジタルサイネージのAIモデルに「おはようございます」と声をかけられても、応答責任を感じないでしょう。


Instagram「lunagram_158」より

AIによる創造物にはデメリットも

AIモデルと実在のモデルを比べた研究ではありませんが、アナロジーとなるのが、AIによる創造物と人間による創造物の比較研究です。概ね、私たちはAIによる創造物にネガティブなバイアスを抱くようです。

例えば、Bellaicheら(2023)は、AIで生成した30枚の絵を用意し、このことを実験参加者に知らせずに、「AIで生成された絵」あるいは、「人間が描いた絵」に判断・評価してもらう実験をしました。

実験の結果、「人間が描いた絵」に比べ、「AIで生成された絵」と判断した絵を、ネガティブに評価する傾向にあることがわかりました。さらに、「人間が描いた絵」と判断した絵を、深遠で意味深く、価値がある、と評価する傾向もわかりました。

人間のモデルを人間による創造物と考えることに賛否あると思いますが、私たちが実在のモデルを見るとき、本人が生まれ持って保持している美そのものだけでなく、モデルになると決意し、心身を作り上げ、維持し、魅せていくプロセスにさまざまな背景を感じ、物語を知り、感情を見る。こうしたところに、私たちは心を動かされるのではないでしょうか。

目下、生成AIによる創造物にネガティブなバイアスがありますが、生成AIにより作られるモデルの増加に伴い、ネガティブなバイアスは低下し、新しい付き合い方が生まれるものと思われます。

まず、近い将来において、AIを用いた創作を経験する人が増えることが予想されます。そうすると、創作に伴うクリエーターに物語があることが想像できるようになるでしょう。そうすれば、人間同様とはいかないまでも、AIモデルを目にした私たちは、その背景にあるクリエーターの想いに感動できるようになるでしょう。


Instagram「lunagram_158」より

新しい美のトレンドが生まれる⁉

また、LGBTQの認知度の高まりが、ファッション業界の美の基準に影響を与えているように、AIによって創作された美が、美の概念を変えたり、これまでなかった美のトレンドを生み出したりするかもしれません。

AIで何の工夫もなく美人を創作すれば、平均顔を持つ人物が生成されます。しかし、これでは、何の変哲もない美人です。ここにわざと平均からズレる要素を入れます。美しさの均衡を壊してしまうかもしれない側面と隣り合わせの独自の美を追求していくことで、新たな美が生まれるかもしれません。平安時代の美人と現代の美人が異なることを考えれば、十分あり得るのではないでしょうか。

私たちと生成AIによるモデルがどう関わっていくのか。答えは、さほど遠くはないかもしれません。

※なお、これらの知見は、AIの学習データの多い白人の顔のみに当てはまります。学習データの蓄積により、近い将来、他の民族の顔でも同様のことが生じると考えられます。

■参考文献
アーヴィング・ゴッフマン著 丸木恵祐・本名信行訳(1980)『集まりの構造――新しい日常行動論を求めて』誠信書房
岡田美智男(2008)「コミュニケーションに埋め込まれた身体性-ロボット研究からのアプローチ」 『言語』37-6 大修館書店 pp.56-63
Bellaiche, L., Shahi, R., Turpin, M. H., Ragnhildstveit, A., Sprockett, S., Barr, N., Christensen, A., & Seli, P. (2023). Humans versus AI: whether and why we prefer human-created compared to AI-created artwork. Cognitive research: principles and implications, 8(1), 42. https://doi.org/10.1186/s41235-023-00499-6 
Miller, E. J., Steward, B. A., Witkower, Z., Sutherland, C. A. M., Krumhuber, E. G., & Dawel, A. (2023). AI Hyperrealism: Why AI Faces Are Perceived as More Real Than Human Ones. Psychological science, 34(12), 1390-1403. https://doi.org/10.1177/09567976231207095
Nightingale, S. J., & Farid, H. (2022). AI-synthesized faces are indistinguishable from real faces and more trustworthy. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 119(8), e2120481119. https://doi.org/10.1073/pnas.2120481119

(清水 建二 : 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役)