松田憲幸(まつだ・のりゆき)さん  ポケトーク株式会社代表取締役会長兼CEO/ソースネクスト株式会社代表取締役社長兼CEO  大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムコンサルタントを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。翻訳端末ポケトーク事業を22年に分社化しポケトーク株式会社を設立、代表取締役社長兼CEOに就任し、ソースネクスト株式会社では代表取締役会長兼CEOに就任。ポケトーク株式会社で24年6月に代表取締役会長兼CEOに就任予定。新経済連盟理事。

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翻訳専用端末「ポケトーク」を展開する、ソースネクスト子会社のポケトークは、2025年の新規株式公開(IPO)をめざす。同翻訳端末は世界85言語に対応し、話しかけると人工知能(AI)が翻訳したテキストと音声が即座に出力される手軽さが受けて急成長。しかし2020年春以降はコロナ禍による逆風に直面した。回復基調にある今、今後の成長に向けた手ごたえと上場も含めた青写真について、あらためてポケトークの松田憲幸代表取締役社長兼CEOに聞いた。

――翻訳機「ポケトーク」を2017年末に発売してから約6年半が経ち、2025年に上場を見据える。コロナ禍による逆風もあったが、成長のキーポイントをどうとらえているか。

さかのぼると、2022年のポケトーク分社化が起点になっている。背景には、きちんと計画的な「起業」にトライして大きく成長させてみたい、という私の強い気持ちと、グループ全体のトランスフォーメーションを進める、という2つの狙いがあった。

ソースネクストを立ち上げたのは、今から28年前のことだ。さらに事業を成長させようと、12年前には自身の拠点をシリコンバレーに移した。この起業のメッカで大型起業やその急成長ぶりを間近に見るにつけ、私がソースネクストを起業した時はまったく計画的でなかったと痛感している。当時と比べれば融資環境や収益計画への見方も改善されており、現在のセオリーに則ってもう一度きちんと起業してみたい、という気持ちが大きくなっていった。

となると、起業の選択肢としては、ソースネクストとは別の新しい会社を立ち上げるか、既存事業をスピンオフさせるかだが、後者のほうが早くできる。ポケトーク事業なら、通訳の需要は世界中にあるし、それなりのブランドに育ってきていたので、分社化して翻訳に特化した事業として進めるのも面白いのではないかと考えた。

ただ、ポケトーク事業はソースネクストに占める売上比率が高くなりすぎて、すぐに分社化するのが難しかった。それがコロナ禍で売上比率が急激に下がり、簡易分割できることもわかって、2022年2月1日に分社化した。

さらに、これは一事業の分社化にとどまらない。グループのビジネスの根幹を変えることにもつながる。ソースネクストの起業当時から比べると、ドル円は円高から円安に、市場は国内からグローバルに変わり、IoTを取り巻く環境も大きく変化した。自社開発製品を増やすなどすでに変革を進めてきているが、もっとスピードアップするための体制を作っていきたい。

――コロナ禍があったからこそポケトークを分社できたともいえるが、コロナ禍により翻訳機の需要が縮小して事業への打撃も大きかった。どのようにリカバリーしたのか。

コロナ禍の影響はもちろん大きかったが、特にコロナ禍後には、良い誤算と悪い誤算があった。
悪い誤算のほうでは、日本の需要が思っていた以上に戻らなかった。特に海外旅行が落ち込んだ影響は大きい。円安による追い打ちもあって、特に高齢者がコロナ罹患への恐怖感から旅行を手控えられている。

良い誤算のほうは、米国の売上が急増していることだ。約4年前に採用した米国のゼネラルマネージャー(GM)がBtoBシフトの戦略を立て、教育・医療・物流分野を集中的に開拓してきた成果が一気に挙がってきている。移民がますます増えて翻訳需要が高まっていることも追い風になった。日本のような観光需要ではなく、郵便局や病院、学校など生活に根差した場面で使われている。
これらの両面があったことで、結果として、計画に対し大きくプラスにもマイナスにもなっていない。

――米国の法人市場の開拓余地はまだ大きそうだ。ポケトークのこれからの国内外の展開で、特に注力したいのは?

今後の戦略は米国を中心にグローバルに広げていきたい。製品としても、端末だけでなく、端末をつなぐコンソールなど、翻訳に関わるさまざまな展開が考えられる。

ポケトークの販売台数はすでに100万台 に達し、それだけ多くのお客様と接点があるのは強みだ。さまざまな感想も寄せられ、使い勝手を良くするための改善点が日々出てくる。「ポケトークライブ通訳」のように、専用端末を介さず自動で言語を判別するインストール型の翻訳ソフトウェアもさらに強化していく。今後3〜5年内に、「英語は勉強しなくていい」というレベルの利便性を実現したい。

ただ同時に、翻訳ツールについては、もう一段階大きなブレークスルーが起こるだろうとも感じている。かつて運搬ツールが馬から自動車に画期的に変化したのと同じぐらい、飛躍的なステップが訪れそう。2007年にアップルの「iPhone」が発売され、みなが急にスマートフォンを持ち始めたときのような大きな変化が来るかもしれない。そのチャンスをきちんとつかみたい。顧客との接点の多さや経験、資金などの面で弊社に優位性があると考えている。

米国以外には、欧州もポテンシャルが大きいが、国によって言葉やカルチャーが異なるため、ウェブサイトもそれぞれ作るなど、相応の手間はかかる。米国もここまでくるのに4年超かかっているので、欧州で本格的に展開するのは時期尚早だろう。

――GAFAM(Google、Amazon、Facebook=現Meta、Apple、Microsoft)のようなグローバルカンパニーもAI翻訳機能を進化させてきているが、ポケトークの優位性は?

彼らの機能はあくまでエンジンというか部品であって、ユーザー・インターフェースは決してよくない。一気に流行した「ChatGPT」も、かつてのDOSコマンドプロンプトのように、コマンド(命令)をタイピングで書けないといけないし、子どもや高齢者が使いこなしやすいツールとはいえない。ポケトークは「AIだから」買っていただけるのではなく、「便利だから」「使いやすいから」と買っていただいている。その差は大きい。

今や一番安くて優秀な技術者は日本にいるので、日本でつくって海外で売るという当たり前のビジネスを、スタートアップとしては珍しいだろうがチャレンジしたい。そのためには資金や人材が必要なので、上場することを表明した。18年前だが企業を上場させた経験もあるので、それも自分の強みと考えている。

ポケトークをスタートアップとして成長させつつ、単なる分社化ではなく、ソースネクスト本体と2つの組織をもつメリットを最大限に生かしていきたい。ポケトークと並行して、さらに会社を作ったり買収したりといったチャレンジもありうる。

翻訳機の事業というのは、おそらく大企業では「医療現場で翻訳を間違えたらどうするんだ」といったリスク回避の議論になって進みづらいうえ、現状の市場規模が大きくない点もあって、取り組みにくいはず。一方で、スタートアップが取り組むには、ハードウェア開発に資金がかかりすぎて難しいだろう。弊社ぐらいの手ごろな規模で、しかも創業者が意思決定できる企業じゃないと手掛けられない。テクノロジーはあるので、そういう絶妙な諸条件があり、かつ成長余力の大きい事業分野はまだまだあるかもしれない。

――ソースネクスト本体の事業はどのように成長させるのか。

ソースネクストを立ち上げた28年前当時は、資金面の問題もあっていきなり自社開発はできなかったため、海外開発のソフトを仕入れて日本で販売していた。私は日本IBMでシステムエンジニアとして働いていたのだが、ちょうどパソコンの出荷台数が500万台を超えるといわれていて、Windowsが絶対的に強かったので、Windows上で使うソフトなら絶対売れると考えたのだった。

しかし今では、円安になり、Apple人気が高まり、時代はすっかり変わった。ソースネクストでも、すでに売上比率の8割ぐらいは自社開発製品を占めている。今年3月に発表したゴルフ用対話型AI「バーディー・トーク」もその一つだが、今後はAIを使った自社開発製品を積極的に打ち出すと同時に、買収も進めていく。

――ポケトーク上場に際して、親会社のソースネクストは保有する84%の一部を放出し、連結子会社は維持する。親子上場については、親会社が自社の利益を優先させて子会社の少数株主の利益を損ないかねないことや、子会社の利益がグループ外に流出すること等のデメリットに対して批判もある。

親子上場についてさまざまな議論があることはもちろん承知している。ただ、2つの組織の間で「衝突」ではなく良い意味の「競争」が生まれたり、優秀な人材を迎えやすい環境ができたりするメリットを最大限に活用したい。2つの組織ができることで無駄も生じるだろうが、それぞれの市場規模がそれなりにあればいいのではないかと考えている。

私の中には「誰もやっていないことにチャレンジしたい」という気持ちが強い。親会社の社長を譲って、子会社の社長に就くというのもその一つ。米国ではGMのみならず完全な現地化を進めていて成果も着実に挙がっている。日米双方をにらみながら最適な組織の在り方も探っていきたい。

――2024年6月から、ポケトークの経営体制が変わることを発表した。P&Gやジーユーなどを経てポケトークに入社し取締役CMOだった若山幹晴氏が代表取締役社長兼COOに、松田氏は代表取締役会長兼CEOに就いて、それぞれ日本と米国の成長をけん引する。

私がサラリーマンだった時の最大の不満は、若いというだけで評価されない、昇格できないことだった。だからこそ、20代で役員、30代でも社長になれるような会社を作ろうと決意して、1993年9月にソースネクストの前身となる会社を起業した。

現ソースネクスト社長の小嶋は28才で役員になり、43才で社長に就任した。そして、今回の若山は36才でポケトークの社長に就任する。私が起業時に立てた目標は、30年8ヵ月の時を経て達成できたことになる。

今後、若山が日本市場のテコ入れや経営のスピードアップを図ると同時に、私はポテンシャルが大きい米国市場をはじめとしたグローバル展開を全力で推進していく。