■近々に「政権交代」が起きるとしたら…

2024年9月に自民党総裁選挙が予定されている。岸田首相続投の可能性はありつつも、ポスト岸田勢力も自民党総裁の席を狙って虎視眈々の構えだ。言うまでもなく、自民党総裁は日本の首相であり、現状の野党の低支持率では政権交代はあり得ない。そのため、何らかの「政権交代」が近々に起きるとしたら、それは自民党総裁選挙によるものだけだ。

石破茂氏(左)、上川陽子氏(中央)、小泉進次郎氏(右)(左=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons 中央=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons 右=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

さて、この自民党総裁選挙は党所属国会議員らの離合集散によって勝敗が決する。国会議員の20名以上の推薦を得た候補者が「1人1票の国会議員票」と「国会議員票と同数の党員票」の取り合い、全体の過半数を制すれば勝ちとなる。

したがって、自民党総裁選挙のシステムは議員の権力が強いシステムであり、国会議員間の取引によって事実上総裁候補者が決まると言って良い。党員票も実は各国会議員が頼み込んで党員になってもらった人々ばかりで、その大半は実質的に国会議員の紐付き票のようなものだ。

そのため、自民党総裁選挙は、国会議員による権力闘争の場であって、一般の有権者からは遠い場所での争いである。その大半は彼らの当落と利害によって決定されることになる。

シンクタンク調査で判明した「ポスト岸田」候補

一方、大手メディアでは、自民党総裁候補者らの世論調査ランキングを発表している。しかし、筆者はこの手の世論調査には常にある疑問を持ってきていた。その発表されるランキングは本当に投票権を持っている自民党員(最低限、自民党支持者)による世論調査の結果なのかという疑問だ。

そこで、筆者が所属するシンクタンクから大手インターネット調査会社に委託し、有効回答数1000名(性別・全国人口構成比割付)の政党支持者別の自民党総裁選挙支持率に関する調査を実施した。

結果は予想通りのものだった。たしかに、上位は大手メディアの一般的な調査通り、1位・石破茂氏、2位・上川陽子氏、3位・小泉進次郎氏などの順で名前が並んでいた。しかし、実際の自民党支持者に限定すると、1位・上川氏、2位・石破氏、3位・4位同着・河野太郎氏・高市早苗、6位・小泉進次郎、7位・岸田文雄……という結果になった。

救国シンクタンクの調査を基にプレジデントオンライン編集部作成

石破氏は立憲民主党、日本共産党、維新の会、そして無党派層に相対的に強みを持っており、自民支持層においては強力な支持があるわけではない。この結果は筆者の感覚とも一致するものだ。自民党総裁選挙に参加する気もない野党支持層を含めた大手メディアの世論調査ランキングはいかにも不誠実だと言えよう。

■新総裁に求められる「錦の御旗」

さて、大手メディアが公表したがらない、この政党支持別の世論調査データに基づく調査結果を見ると、自民党総裁選挙にも違った景色が見えてくることになる。

写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

仮に、内閣支持率及び自民党支持率が圧倒的に高い場合、上述のような総裁選挙の仕組みを反映して、自民党所属国会議員らは党内政局上の都合のみで自分たちの総裁を決定することができる。自民党支持者の論理だけなら、上川氏、石破氏、河野氏、高市氏の上位陣から誰を選んでも党員からの支持率に大差ないため、後は議員同士の好き嫌いと利害調整次第ということになるからだ。

しかし、現状のように、内閣支持率及び自民党支持率が低い環境では状況が異なる。次期総選挙での当選がおぼつかない選挙に弱い国会議員たちの気持ちは浮ついている。仮に岸田内閣継続または党内受けのみの新総裁を擁立し解散総選挙に突入すれば、野党による政権交代まではいかないが、脆弱な地盤しかない国会議員の落選することになる。まして、地元には落選した自分の議席を狙う地方議員達が順番待ちをしているケースもあり、その次の選挙での復活も必ずしも保証されていない。

そのため、それらの落選に怯える国会議員たちは、自民党支持層を維持しつつも、野党からも一定の支持を奪える新総裁及び「錦の御旗」となる政策を求めることになる。

■東京15区補選で明らかになった「自民党支持層の本音」

一体、野党支持者まで糾合する新総裁候補者は、いかなる公約を掲げて自民党総裁選挙に臨めば良いのだろうか。実はその答えは自民党が不戦敗した東京15区の補欠選挙にあった。

東京15区の補欠選挙は自民党の柿沢未途氏の「選挙とカネ」のスキャンダルが原因で発生した補欠選挙だ。それ以前の自民党衆議院議員であった秋元司氏も収賄容疑で逮捕された自民党にとって最悪の選挙地合いの場所である。今回の補欠選挙では自民党公認候補者すら立てられず、乱戦を制した立憲民主党(+共産党)候補者に不戦敗を喫することとなった。

しかし、この東京15区の選挙は自民党公認候補者が存在していなかったことで、自民党支持層の本音がくっきりと表れることになった。NHK出口調査によると、同選挙で2着であった無所属・須藤元気氏、3着であった日本維新の会・金澤結衣氏、4着であった日本保守党の飯山陽氏はいずれも自民支持層に食い込んだが、その3名全員が選挙公報を含めて「消費税減税」を全面に打ち出す選挙戦を展開していた。

東京15区の補欠選挙は記録的低投票率であったことに鑑み、これが都市部における自民党の岩盤支持層の本音だと捉えることもできる。つまり、自民党支持層は、実は消費税率維持・引き上げに強い拘りはなく、むしろ減税を支持していたことになる。

■「増税メガネを否定」なら自民党が大逆転の可能性

東京15区には「自民党公認候補者に対する優先投票」という政党支持者の行動原理の陰に隠れた、物価高に苦しむ自民党支持層の本音が染み出した結果が表れていた。さらに、東京15区では上記3候補以外にも消費税減税を選挙公約として掲げた候補者の得票を合計すると約53%に達していた。この得票率は当選した立憲民主党候補者の得票数を軽く上回る数字でもあった。

9月の自民党総裁選挙において「消費税減税」を打ち出した候補者が全国的には表面化していない自民党支持者の本音を掴むことで、有権者の過半数からの支持を得る可能性は十分にある。あくまで「消費税減税」はその一つの仮説にすぎないが、自民党総裁選挙で議員票(議員の好き嫌い・利害調整)だけでは逆転の見込みがない候補者らは、大減税政策を試しに主張してみる価値はある。そして、現状のままでは与党の大幅議席減は避けられないため、当落ギリギリの議員もその賭けに乗ってみる余地はある。

自民党が最も強い選挙を展開するときは、それまでの与党の党是を翻した瞬間である。新総裁が「増税メガネ」と呼ばれた岸田首相を否定し、そこから生まれた勢いで与党・野党を飲み込むなら、自民党には選挙で大勝利をもたされることになるだろう。反対に党内談合でトップの首を挿げ替えたところで、国民はその本質を見透かし、すぐに支持率は急降下することになる。自民党支持者、そして国民の声なき声を「真に聴く耳」がある新総裁が選ばれるか、今から注目していきたい。

写真=時事通信フォト
参院予算委員会で厳しい表情で質問を聞く岸田文雄首相(=2023年3月24日午前、国会内) - 写真=時事通信フォト

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。
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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)