これからは、病気の原因そのものを断って病気にかからなくする「予防医学」が発達していきます(写真:metamorworks/PIXTA)

2023年1年間に生まれた子どもの数は、外国人なども含めた速報値で75万8631人。で、前の年より4万1097人減少と8年連続で、統計開始以来、過去最少になったことが報道されました。 少子化と表裏一体の課題が「超高齢化社会」です。

医療の発達により、いわゆる不治の病が少なくなり、なかなか「死ねない」時代がもうそこまでやってきています。

一般的な定年の年を過ぎても長く生きなければならないこれからに備え、何をどのように準備しておけばいいのか――医療、お金、住まい、相続など、さまざまなジャンルの専門家8名の著者による『死に方のダンドリ』(ポプラ新書)から、一部抜粋・編集してお届けします。

「死なない時代」を後押しする

これからは、致死的な病気を治すだけでなく、病気の原因そのものを断って病気にかからなくする「予防医学」が発達していきます。その分野で大きな役割を果たすのが、「遺伝子解析技術」です。

遺伝子解析技術と個々の病気の知見を組み合わせて遺伝子の異常を調べ、早期に特定の病気を察知し、予防につなげることがすでにできるようになっています。

アメリカ人俳優のアンジェリーナ・ジョリーさんは、乳がんと卵巣がんの発生率が高くなるとされる、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因遺伝子であり、かつ、がん抑制遺伝子でもあるBRCA1に変異が見つかり、今後乳がんになる確率が87%と診断されました。

母親が56歳の若さで卵巣がんによって亡くなっていることもあり、ジョリーさんはまだがんになっていない両側の乳房切除を決断し、実際に手術を受けています。

患者さんの遺伝子を解析することで、将来がんを発症する人にはどんな遺伝的な特徴があり、実際に発症した場合は、どんな大きさでどのくらいのスピードで病気が進行するかまでわかるようになっているのです。

オーダーメイドの病気予防が可能に

「エピゲノム」の研究も、病気の予防に大きく貢献すると考えられています。

エピゲノムは食事、運動、生活リズムなどによって遺伝子(ゲノム)の働き方をコントロールする仕組みです。現在、世界中でエピゲノム研究が進んでいますから、2030年ごろにはオーダーメイドの病気の予防が可能になると考えられます。

つまり「あなたはこういう病気になりやすいので、こういう食事をしたほうがいい」といったことが個人単位でわかるようになり、それを病気の予防や健康維持に生かせるようになります。

「センシング」の進化も予防医学の普及を後押ししていきます。

センシングとはセンサーを使って、さまざまな生体情報を24時間365日計測し、数値にして可視化する技術のことです。身近なところではアップルのスマートウォッチがその代表格です。いまや、iPhone 本体もセンシング装置を兼ねつつあります。

センシングの研究がさらに進めば、思いもよらない生体情報が健康維持や病気の早期発見の指標として使われる可能性があります。自宅や職場にもセンサーが付けられ、食事、入浴、仕事など日常生活のさまざまな場面から得られたデータを分析して、健康維持のアドバイスをしてくれるのがあたりまえの風景になるかもしれません。

未来の診察室は、センシング専用の部屋となる可能性もあります。そこに「人間医師」はいません。

患者さんが入室したと同時にセンサーが体温や顔色などを測定して、患者さんの状態を自動で把握できるようになります。採血はまだ看護師さんがしてくれていますが、数十年後には診察室に入るだけで、わざわざ血を採らなくても血液の状態がわかり、異常を検知できるようになるでしょう。

すでに血糖値を継続して自動的に測るセンシングデバイスは実用化されていますから、不可能なことではありません。

センシング専用の診察室では、人間医師に代わって「AI医師」が診断をしてくれます。「AI診断」の進歩も致死的な病気を減らし、私たちの健康寿命を延ばすことに寄与するでしょう。

現在は人間の医師が患者さんを診察して、病状の把握や治療方針の決定を行う診断のプロセスを担っています。

ただし、人間は誰でも間違いを起こす可能性があります。医師もそうです。診断を間違ってしまったら、どんな薬や治療も無意味になってしまいます。

AIなら肉体的・精神的疲労もない

AI診断なら、ありとあらゆる病気の情報を網羅したデータベースを患者さんの基本情報や病状、検査データと照合して、誤診を最小限にすることができます。勘違いや思い込み、肉体的疲労、精神的疲労もないため、人間より安定した正確な診断ができます。

診断のスピードも人間はAIにかないません。AIは過去の症例や論文といった膨大なデータを短時間で学ぶことができますし、情報の抽出や照会も瞬時にできます。

AIによる診断は、2023年の論文に記載されている乳がんの診断の正確さの比較でも人間医師と同等の正確さを示しており、実力的には「追いつき」「追い越す」状況が見て取れます。 

皮膚科医とAIを比較した2023年の総説論文によると、読影の正確さのスコアは同程度でも、人とAIでは得意分野が異なることが確認されています。

ここしばらくは、両者の「協力」「いいとこ取り」が続きます。

それでも、扱いやすい領域から始まって、高度な業務でも医師業務がどんどんとAIに置き換わる日は着実に近づいています。

AIはインターネットとの相性がよいため、インターネットを活用した遠隔診断や自動診断の実現と普及にも大きく貢献するでしょう。

私が今、注目している医療系スタートアップにUbie(ユビー)という会社があり、従来、紙に患者さんが手書きしていた問診を、AIの力を借りてスマートフォンやタブレットから入力できる自動問診サービスの提供を始めています。

これは、医師が慢性的に不足しているイギリスで保健省(NHS)が、その解決のために「Babylon」という自動問診・診断システムを導入した流れを汲む、といえるものですが、来院前に外出の準備をしながら簡単に入力できるため、診察をスムーズにしてくれますし、遠隔で医師が行う診断や自動診断もスムーズになります。

AIや自動問診は近い将来、全国に普及するでしょう。

たとえば、コンビニで無人レジを使うのがあたりまえの風景になったように、医療シーンにも、これまでの病院の風景をがらりと変えるようなイノベーションが続々と登場してきます。

あれほど対面が必須と思われていた商談や会議にもあっという間にオンラインが普及して、ビジネスシーンは激変しました。しかし、今やそれがあたりまえで、皆、それを当然のように受け入れています。

診察室からは人間医師の姿が消える

センシングとAI診断によって、診察室からは人間医師の姿が消え、誤診は限りなくゼロに近づいていきます。一部の手技や手術を除けば、人間医師でなければできない業務は激減するため、病院に必ずしも行く必要はなくなっていきます。

そもそも病院は、病気にかかった人が大勢集まっている場所です。わざわざ行くことによって病気をもらう可能性がありますから、病院に行かなくて済むのなら、行かないほうがいいのです。

センシングとAI診断でより正確な診断が行われるようになり、病院に行かなくて済むから病気をもらってくることもなくなる。私たちはますます病気では死ななくなっていくのです。

とはいえ、老いがなくなったわけではありません。

人間のほとんどの臓器の耐用年数は50年ぐらいと思っていいと私は考えています。日本人女性の平均閉経年齢が約50歳というデータは、人間の生殖能力が50歳前後を境に急速に減退することを意味しています。

ロコモティブ・シンドローム(運動器障害のために移動機能が低下した状態)のリスクも、50代から大きくなります。 

しかし、現代は致死的な病気でも治せるものが増え、日本人の体力も向上しました。医療技術の進化はとどまるところを知らず、そのスピードは加速しています。そのため、臓器の耐用年数を超えて、多くの人が80歳、90歳、100歳と長生きするようになりました。

今以上に健康維持のための理想的な環境が整えば、今はまだ簡単ではないですが、120歳を迎えられる人は増える可能性があります。

しかし「人間はいつか死ぬ」

ただし、人間はいつか必ず死にます。人生の終わりの瞬間に向かって身体が老化していくのは不可避です。現代は病気でなかなか死なない時代ではありますが、不老時代になったわけではありません。


2020年に「老化は治療できる病である」とするハーバード大学医学大学院教授のデビッド・A・シンクレア博士の著書『LIFE SPAN 老いなき世界』(東洋経済新報社)が刊行され、話題となりました。このように老化を病気とみなして治療しようとする研究も進んでいます。

ただ、そのような研究の結果として老化を治療する薬ができたとしても、非常に薬価は高額で、健康保険では当然カバーできず自費診療となります。その恩恵にあずかれるのは、ごく一部の富裕層だけです。

そして、ここからが肝心なのですが、仮にその老化の治療薬で寿命が数十年延びたとしても、いつかは死が訪れるのです。

また、延びた分の数十年の間にまったく身体の不調がないことは考えにくく、そのときは病院や普通の薬に頼ることになるでしょう。寿命が延びたら延びたぶんだけ、生涯に使う医療費は増えるのです。

(奥 真也 : 医療未来学者・医師)