年金暮らしの70代の両親は39歳の長男と同居している。長男はきちんと働いたことがない。一家の月の収支は3万〜5万円の赤字で、それを老後資金の1100万円から切り崩しているが、底を突くのは時間の問題だ。さらに、築45年の自宅の雨漏りが発生。修繕費用の負担はあまりにも大きい。両親他界後、長男は生活保護申請する予定だが、FPの畠中雅子さんは「一生働かないで暮らしたいという願望をかなえることは難しいでしょう」という――。

■築45年の自宅の雨漏り発生、修繕するかしないか

中谷家は、現在、父親(75)と母親(72)、長男(39)の3人暮らし。父親と母親の年金を頼りに暮らしている。長男の慎二さん(仮名)は、高校時代にいじめに遭い、学校に通うことができなくなった。それでも10代の頃には何度かアルバイトをして、自分の小遣いくらいは稼ぐことができていた。

だが、アルバイト先でも同僚たちとうまくなじめず、徐々に欠勤をするようになった。欠勤が続いて、最後のアルバイト先をクビになってからしばらくは、部屋から出ることができない状態に陥った。食事は部屋の前に置いてもらい、風呂に入るのは1カ月に1回程度。親とも話ができない時期が3年くらい続いた。

【家族構成】
父親:中谷晴夫さん(75歳・仮名、以下同)
母親:美智子さん(72歳)
長男:慎二さん(39歳)
次男:隆弘さん(35歳)結婚して、別世帯

【収入と支出】
父親 年金収入月額16万円
母親 年金収入月額 6万円
慎二さん 収入なし
(国民年金は申請免除を受けている)
支出は平均して月に25万〜27万円程度(月3万〜5万円の赤字)
固定資産税 年約6万円

【貯蓄】
父親 600万円
母親 200万円
長男 300万円

3年が過ぎた頃、慎二さんは徐々に部屋から出られるようになり、次第に親とも食卓を共にできるようになった。両親は長男が働けない状態でいることは気にしながらも、一緒にご飯を食べられているし、家族3人でテレビを観て過ごす時間も持てるようになったため、父親も母親も流されるままに日々の生活を営んできた。

「自分たちが死んだら、あの子はどうやって暮らしていくんだろう」という不安は常に付きまとっていたが、なすすべがないまま、20年近くの時間だけが過ぎていったといった感じだろうか。

ところが、そんな中谷家にトラブルが発生した。両親が30代の時に建てた家の老朽化が進み、雨漏りに悩まされているのだ。雨漏りをなんとかしなければと複数の工務店に見積もりを取ったところ、安いところで350万円、高いところだと500万円という見積もりが届いた。

見積もりを見るまでは、「放っておくわけにはいかないだろうな」と思いつつも、先のことは考えないようにしていた中谷家だが、まとまったお金を支払わなくてはならない緊急性が生じたことから、筆者に相談を寄せることになった。

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■家計は毎月赤字…貯金が底を突くのは時間の問題

自宅の修繕費用のねん出方法を考える前に、「引っ越しすることは考えられないか」と尋ねたところ、父親は死ぬまで、今の家から動きたくないとのこと。母親は父親が亡くなった後は、長男と住み替えするのも仕方ないと思うが、今すぐの引っ越しは考えられないとのこと。長男はできる限り、今の家に住み続けたいが、現実に無理であれば、収入のない自分は受け入れるしかないと考えているそうだ。

3人の考え方を踏まえると、雨漏りの修繕はおこなうしかなさそうだ。とはいえ、最低でも350万円以上の修繕費用を出すのは厳しいので、350万円の見積もりを出している会社に、「なんとか200万円以内で、最低限の修繕をお願いできないか」と相談してもらうことにした。その結果、220万円くらいまで見積もりの予算を落とし、修繕工事をおこなうことになった。

中谷家の場合、現時点でも月々3万〜5万円の赤字が発生している。収入(年金)は月22万円。支出は月25万〜27万円。固定資産税(年約6万円)や家電の買い替え費用などの負担を考えれば、年間で60万〜70万円程度の赤字が発生しているはずである。

父親の余命を仮に10年とした場合、亡くなるまでに現在の貯蓄(家族計1100万円)から600万〜700万円が生活費の赤字で消えていくだろう。介護が発生したら、赤字額はさらに増える計算になる。

父親が「今の家で人生を終えたい」という希望を持つ以上、修繕工事をおこなうのは必須条件となる。とはいえ、修繕をしたのち、父親が存命中に貯蓄が底を突かずに生活を成り立たせるには200万円くらいの支出が限界だろうと考えられた。

写真=iStock.com/key05
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雨漏りの修理を行った後、両親が揃っているあいだはできるだけ生活費を抑えながら、自宅で暮らしていく。だが、父親が亡くなった後は、母親の年金だけで暮らすのは無理がある。その頃には、自宅の築年数が60年前後に達しているはずで、経年劣化を考えると自宅で暮らし続けるプランも成り立ちにくい。

そのため、父親が亡くなった後は自宅を売却して、賃貸住宅に住み替える必要がありそうだ。母親の年金だけでは賄えない生活費については、自宅の売却代金を取り崩しながら補填(ほてん)していくのが現実的だろう。

そこで、売却代金について見積もってみることにした。建物については、売却する際にプラスの評価ではなく、建て壊すために費用を引かれてしまうはずだが、路線価を基に売却見込み価格を予想したところ、家を壊す費用を差し引いて1200万〜1300万円程度は手元に残りそうだと予測ができた。

■長男が両親の死後に生きるための最終手段は生活保護

一方、母親の年金だけでは、家賃を含めると月10万円を超える赤字が出てしまいそうなので、売却代金だけで慎二さんの残りの人生にかかる費用をまかなうのは難しそうである。さらに、国民年金保険料の申請免除を受けている慎二さんが、自分の年金だけで暮らしていくのは完全に無理がある。

母親と暮らしているあいだなのか、慎二さんが一人で暮らすようになってからになるのかはわからないが、おそらく母親が存命中に売却資金は底を突くことが予想される。

その場合、全財産が10万円を切るようになったら、生活保護の申請をおこなうのが現実的だろう。母親がもらっている年金は生活保護費から差し引かれるが、生活保護の受給が開始すれば、税金は免除され、医療費や介護費用や葬儀代(直葬)の費用も保護費から出してもらえる。家賃も「住宅扶助費」として支給され、実費を国が肩代わりしてくれる。

ただ懸念点といえるのは、長男の慎二さんが65歳未満の時点で生活保護の受給が開始した場合、「働くことを促される」という点である。65歳より若い人が生活保護費を受給する場合、働くのが困難と見なされるような病気の診断を受けていなければ、ハローワークなどで求職活動をおこなわなければならないからだ。病気や障害などの「働けない事情」がなければ、働かずに生活保護を受け続けるのは難しいのである。慎二さんは病気の診断を受けていない。

ひきこもり当事者の中には、「生活保護を受けて、一生働かないで暮らしたい」という願望を口にする人がいるが、そんなに甘くはないことも知っておくべきだろう。

今までで20年くらい働いていない慎二さんにとって、ケースワーカー(生活保護の担当者)から求職活動を促される現実を、どのように受け止めるのだろうか。だが、発想を変えれば、生活保護を受け続けることが、仕事を始めるきっかけになるとも捉えられる。

写真=iStock.com/y-studio
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もう1点。生活保護の申請をするに当たり、慎二さんは弟へ扶養照会の連絡がいくことを気にしている。だが、兄弟姉妹には扶養の義務はないため、扶養照会の連絡がいったとしても断ることができる(※)。「弟に扶養照会することはやめてほしい」と頼めば、聞いてくれる担当者もいる。これは担当者次第なので、確約はできないのだが――。

※民法877条では「直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養をする義務がある」が、親族が自分の生活だけで精いっぱい、余力がない、といったケースでは、「自分の親及び兄弟姉妹に対する扶養義務」は認められない。

今回、中谷家では、雨漏りの修理をしなくてはならなくなったことで、その結果として生活設計についても考える必要が出てきた。生活設計を立てたところ、中谷家には「引っ越し」と「生活保護の申請」が必要というプランを立てることになった。

「働くことが難しい子ども」が生活保護を受けているケースは少なくないが、親からの「働け」という圧力が嫌で、別居して生活保護の申請は認められたものの、その後ケースワーカーからの「働くように」という指導がコワくて、自宅に戻ったひきこもりの子もいることは知っておいたほうがよいだろう。

また、別居して生活保護の受給をしていた子どもが、親の死によって財産を相続するケースもある。財産を相続すると、生活保護が停止するだけではなく、それ以前にかかった医療費などの返還を求められるケースもある。自治体に返還するくらいなら、自分は相続放棄をして、他の兄弟姉妹に自分が相続するはずだった分の財産をあげたいと考える人もいるが、相続放棄もできないのが原則だ。

生活保護の申請に関しては、活用できる財産がない場合に制度を利用するのが順当だと思うが、「65歳未満で病気を患っていない人」が申請をおこなう場合は、働くことも覚悟した上で申請することが必要だろう。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)
ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。
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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)