気鋭の作家・小川哲が語る「小説家」と「占い師」の類似性

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褒められたい、世間に認められたい、有名になりたい。
こうした承認欲求は、誰もが大なり小なり持っている。この欲求があるからこそ人は努力したり、一つのことに集中して取り組むことができるが、あまりに承認欲求が肥大化すると自分を実際以上に大きく見せたり、ウソをついて体裁を取り繕ったりといったことにもなる。

まさに諸刃の剣である承認欲求に振り回される人々を描いたのが、『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲さんの新作『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社刊)だ。

SNS全盛の今、肥大する承認欲求は「現代病」。今回は小川さんにお話をうかがい、この連作短編集の成り立ちについて、そして承認欲求との付き合い方についてお話をうかがった

■誰もが抱える承認欲求を正しい方向に向けるために

――「SF作家」と呼ばれることが多い小川さんですが、『君が手にするはずだった黄金について』はSFの要素はほとんど感じられません。この作品がどのようにできあがっていったのかについてお話をうかがえればと思います。

小川:今回の本に入っている作品で最初に書いたのは「小説新潮」の山本周五郎特集号に掲載された「3月10日」なのですが、当時まだ『地図と拳』の連載中だったので、それとは違うものを、ということで調べものをする必要があまりなくて、現代が舞台のものを書こうと思ったのが始まりです。

掲載誌が「小説新潮」なので無理してSFを書く必要もないだろう、というくらいの感じでしたね。もともと「こういうジャンルのものを書こう」と決めて書くタイプではないですし。

――「承認欲求」がテーマになっている連作短編集です。このテーマはどのように決まったのでしょうか。

小川:僕は作品の中で小説について考えることが多いんです。『地図と拳』では建築や戦争について考えているんですけど、そこでも「建築と小説はどのように違って、どのように同じなんだろう」という感じで、小説を通して建築を考えていました。

今回は自分の身の回りのことから小説について考えることが多かったです。僕は他人にほめられたくて小説を書いている感覚はないのですが、世の中にはそうじゃない人もいますし、同業者の中にも認められたくて小説を書いている人もいます。そういった人と自分は何が違って何が同じなのかを考えることで、小説について考えようと思ったんです。

――「プロローグ」と「3月10日」は、直接的な愛情表現を使わずに恋人同士のある関係性が表現されていて、恋愛小説として読むと味わい深かったです。恋人同士のような近しい人間関係を書くのに気をつけていることがありましたらお聞きしたいです。

小川:僕個人は言葉で愛情を表現する行為が苦手なので、小説でもそういうのが書けないんだと思います。必要とあらば書くのかもしれませんが、できるだけ書きたくない(笑)。行動とかひとつひとつの描写で関係性が描ければいいと思っています。

――占い師に心酔してしまった友人の奥さんの目を覚まさせようとする「小説家の鏡」がおもしろかったです。作家である語り手の「僕」は、占いはすべてインチキだと思っているわけですが、一方で占い師のところに出向くと心が通じ合う瞬間があり、小説家である自分と占い師に類似性を見出したりもしています。このあたりは小川さんご本人の実感でもあるのでしょうか。

小川:小説家も占い師もウソをついてお金をもらっている点では同じですし、世の中にうまく入っていけない人が救いを見出すことがあるという点で、小説も占いも似ているのかもしれません。僕は占い師を詐欺師だと思っていますし、自分は占い師とは違うと思っていますけど、これだけ嫌いなのは自分の中にその要素があるからこそなのかもしれません。

――表題作の「君が手にするはずだった黄金について」については情報商材や投資詐欺といった現代的なトピックを通して、承認欲求が高じた末の転落劇が描かれています。承認欲求自体は誰もが持っているものですが、これを正しい方向に向けるためのアドバイスをいただきたいです。

小川:「等身大の自分」と「こうありたい自分」のギャップが大きければ大きいほど、人はそこをウソで埋めようとしがちです。ギャップを努力で埋めようとするならいいのですが、ウソで埋めようとするのはまちがった承認欲求の満たし方ですよね。

まず、このギャップを努力で埋められる範囲に抑えておかないと、最終的に不幸なことになってしまうのかなと思います。

――ウソで埋めたくなる気持ちは感覚的にはわかります。

小川:僕にもわかる部分と許せない部分があります。「こうでありたい自分」に到達できない苦しさは誰もが持っているもので、それが努力で成し遂げられないと作中の「僕」の友人のようになってしまう。僕だってそうなる可能性があったのでしょうし、みんなそうなんだと思いますね。

(後編につづく)

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