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大切に育てていた里子と無理矢理引き離された里親が、児童相談所の設置自治体と争うケースが各地で相次いでいる。

里子の委託措置解除や里親登録の抹消をめぐる進行中の裁判は、報道で把握できただけでも4件。取材を進めると、行政不服審査を選択して処分を争っているケースや法的アクションを検討しているといったケースが各地に次々と見つかった。今年に入り訴訟を取り下げ、裁判とは別の方法で主張を続ける決断をした人まで存在していた。

ところがこの問題で、行政不服審査やこれまでの判例に、里親側の主訴が認められたケースは見当たらない。それでも里親たちが様々な形で訴えるのはなぜなのか。里親当事者や里親関連団体らが抱く危機感をたどった。(ジャーナリスト・加藤順子)

<おことわり:本稿では、里子の強引な委託解除を経験した里親について、多義的な「元里親」の表現を避け、里子の存在や里親資格の有無に関わらず「里親当事者」と表現しています>

●「不適切な養育」や「養育不適当」のマジックワード

国が推進する社会的養護施策のなかでも最優先とされている家庭養育。里親は、様々な事情から親と離れて暮らす子どもの養育を家庭で担い、児童相談所はその里親子を援助する。両者は本来、「子どもの最善の利益」を目指す協働相手とされる関係にある。

このパートナーの間で近年起きている異変を、社会的養護に詳しい専門誌の編集長はこう証言する。

「里子の引き上げトラブルは、これまでは数年に1件聞く程度だったが、ここ最近は相談も報道も明らかに増えている。気がかりなのはこうしたなかに、強引な理屈や曖昧な線引きで措置解除されたケースがみられること。たいてい使い勝手の良い『不適切な養育』や『養育不適当』といったマジックワードが使われている」

●里子の“引き剥がし” 里親当事者グループが発足

今年5月10日、こうした危機感を、各地の里親当事者とその支援者が共有する初めての機会がオンライン上であった。

「このところ児相が里親家庭から、かなり強行なかたちで里子を引き離す事例が増えている。それぞれの進められ方や委託解除理由があまりにも理不尽で、里子と里親に対する大変な人権侵害が起きていると感じている。相談しても『子どもの引き上げはよくあること』『どうせ虐待では?』などと周囲に取り合ってもらえず、生活や仕事もおぼつかなくなる深刻なダメージを負った里親もいる。虐待が疑われ、何の証拠も説明も検証もないまま児相から社会的に抹殺されるような扱いをうけた里親もいる。こうした状態が放置されるなら、里親なんてリスクが高すぎて誰もやれなくなるし、誰にも勧められない」

緊急ミーティングを呼びかけた現役里親がこう切り出すと、実際に里子の引き上げを経験した里親当事者たちから、悲痛な報告が次々と上がった。

「児相の誤認なのに、里親側からはそれを正せない」 「里子の引き上げ後、進捗の説明がないまま長期間放置されていて辛い」 「里子の一時保護から委託解除までの間に、児相の説明が二転三転していった」 「(自分や子ども、関係者が)やってもいないこと、言ってもいないことが報告書に記載され、(審議会や審査会に)提出されていた」 「事実が曲解され、虐待と決めつけられた。実害も、行為を認める供述も存在せず、再現検証もないままないまま、里親資格まで剥奪された」 「里子が虐待を完全否定し、里親家庭への復帰をどれだけ求めても無視され続けた」

委託解除の経緯や事情は異なるが、どのケースも、児童相談所の強権的なふるまいや強引な理屈付けに翻弄された、いわゆる「児相被害」ともいえる内容だ。

話は尽きず、初めてのミーティングは4時間を超えて中断する形となった。その後も頻繁に会合が持たれるなか、参加者から、「落ち込むのはもうやめたい。制度の改善を求めて動き始めたい」といった声があがり、「里親家庭のあすを考える会」(以下、里あす)が発足した。

●「おそらく私らだけじゃない」 始まったアンケート調査

里あすの代表に就いたのは、沖縄県那覇市の里親当事者、小橋川学さんだ。

小橋川さんは、2022年1月に5歳の里子女児を強引な形で委託解除された。コザ児童相談所から懇願される形で生後2カ月から引き取り、育ててきた子どもだった。この際の児童相談所による一連の対応に精神的苦痛を受けたとして、現在、妻の久美子さんとともに那覇地裁で、県に計300万円の損害賠償を求める裁判を続けている。

訴状によると、経緯は次のとおりだ。

小橋川夫妻は2019年夏以降、実親が女児と暮らしたいと希望していることをコザ児童相談所から聞かされた。児童福祉法上、里親への委託は親権者の同意が必要なため、もし同意が撤回されれば子どもは親元へ戻さなければならない。これを理解していた夫妻は、親子の面会交流が始まる可能性を念頭に、女児に前もって実親の存在を伝える「真実告知」を検討し始めた。ところが、タイミングを見計らっていた2021年2月末頃、面会交流を一度もしていないないにもかかわらず、児童相談所から、「実母が『今すぐ引き渡せ。泣こうがわめこうが血が繋がっているからすぐ慣れる』と言っている」と言われ、衝撃を受けた。かねてより真実告知は女児の発達特性を踏まえるべきだと考えていた夫妻は、複数の医師や児童心理の専門家に診断や助言を求め、医療的見解に基づいてタイミングを慎重に決めるようコザ児童相談所に繰り返し要請した。しかし考慮どころか同年12月、「このまま引き渡さなければ誘拐罪になる」などと脅されたうえ、不当な諸条件が記載された引き渡し合意文書への署名を執拗に迫られるようになった。2022年1月4日、夫妻は納得がいかないまま女児をコザ児相の職員に引き渡した。

この引き渡しは、撮影していた琉球朝日放送の映像によると、実際のところ「引き剥がし」とも言える衝撃的な様相だった。

泣き叫ぶ声が響き渡るなか、久美子さんにしがみつく女児。児童相談所職員が女児を引き離し、車に連れ込もうとしたまさにその時、女児自身がその手を振り払う−−。

後日、報道された仲宗根啓介記者のレポートは、地元里親界を超え、瞬く間に共有された。これをきっかけに、オンライン署名サイトには、女児を小橋川夫妻へ再委託するよう求める署名が6万筆を超えて集まったほどだ。

県議会も動き、事態は稀有な展開を見せる。突き上げを受けた玉城デニー知事は同年4月1日、外部有識者による調査委員会(鈴木秀洋委員長)を設置したのだ。

今年2月に発表された調査委の最終報告書で明らかになったのは、コザ児童相談所による数々の問題対応だった。例えば、小橋川夫妻に会いたいと、引き上げ後の女児が一時保護所内で発し続けた悲鳴のようなメッセージが無視されていたこと。虚偽の情報を用いて実親と里親を対立に導く印象操作が行われていたこと。医療的見立てや福祉的ケースワークを無視し、嘱託弁護士の法的見解を前面に押し出した敵対的な里親対応が行われていたことなどだ。

県はこの報告書を、調査委の意向に反して、県のウェブサイトに掲載していない。また、最終報告書が完成したことを、小橋川夫妻に対して直接伝えることも手渡すこともしなかった。「そうすることになっていなかったから」(県特命推進課)だという。

すっかり部外者とされた夫妻が、報告書の内容をある程度知ることができたのは、自ら情報公開請求して今年3月末に開示された、「部分開示版」と表紙に謎の追記がされた文書によってであった。

「子どもが結局、実親の下ではなく別の里親宅に預けられたことをみても、児相は、意見してくる里親からただ引き離したかっただけなのでは? と思えてなりません。その後、実親の本当の意向も『今すぐ返せ』といった激しいものではなく、児相がねじ曲げて伝えていたこともわかった。子どもの人権を無視したこんなやり方をされた里親は、おそらく私らだけじゃない。他に犠牲者が出ないようにしたいと思って、顔も名前も全部出して取材に応じることにした」(学さん)

小橋川夫妻ら9組の里親当事者・現役里親が参加する「あす里」は、今年8月上旬から、知られざる里子の強引な委託解除の内実を明かそうと、自ら情報収集に乗り出した。

「納得のいかない委託措置解除を経験した里親のアンケート」(里親家庭のあすを考える会)

寄せられた情報は、一定期間を経た後に個人情報や特定情報を省いた形でとりまとめ、ソーシャルメディア上で公表する予定だという。

●繰り返される各団体からの国への改善要望

こうした里親当事者の危機感に先駆けて、いち早く国に対応改善と制度改正の両側面から働きかけてきたのは里親関連の各団体だ。

全国66里親会をつなぐ全国里親会(河内美舟会長)は、2022年6月と今年4月と短期間の2度にわたり、国に提出した要望書のなかで委託措置解除について触れている。

措置解除にあたる状況を評価する際には、子どもおよび里親等からの丁寧な事情聴取、適正な弁明と弁護の機会、第三者の評価等の過程を里親に対して明解な理由の提示及び、解除後の子どもに関する情報の開示をして頂きたい。(後藤厚労大臣宛の全国里親会2022年要望書、「1.子どもの権利の向上と里親の地位の向上」項目より抜粋)

児童の処遇方針を決する会議において、その後の援助方針に変更がある場合においては、里親から、「こどもの生育状況」、「生活の現状」、「地域社会での他者との関係性」などについて、十分な情報と意見聴取を行ったのちに、児童本人の希望を第一に尊重して決定されるよう通知願いたい。(小倉内閣府特命担当大臣・こども政策担当宛の全国里親会2023年要望書「1.子どもの権利の向上と里親の地位の向上」項目より抜粋)

裏を返せば、委託解除にそれだけの不条理が存在することを示す要望内容だ。

「国は里親の処遇を少しずつ改善させてきたと評価はしているが、その一方で、委託解除の対応については、まだ取り組みが必要だと思う。制度の運用責任が各自治体にあるため国の関与は難しいのは理解できるが、24時間365日、家庭で献身的に里子を育て、苦難を乗り越えてきた里親を、施設と同じような『手段』としてしかみなさない態度の児相も現に存在している」(同会事務局)

里親家庭よりもやや大きめの家庭として活動するファミリーホームの全国組織である日本ファミリーホーム協議会(北川聡子会長、以下FH協議会)も、2022年6月以降、複数回にわたり厚生労働省の担当者に口頭で要望を伝えてきた。

「国は施設養育中心から家庭養育推進に政策の舵を切ったのに、家庭養育に見合った虐待対応のあり方を示していない。里親家庭だからこそ子どもが見せる様々な行動があるが、それを理解できない児相が、虐待と判断して引き離してしまう例もある。そんな誰も望まない委託解除が起きないようにしてほしいと、国に研究を求めている」(北川会長)

そこには、虐待の判断基準が曖昧で児童相談所によって対応に大きな差が出やすい問題も絡むという。

「性虐待や繰り返される悪質な暴言・暴力は論外だが、里子の行動を止める際に思わず手が出てしまった、といったものまで虐待とする児相もある。そうしたケースまで一律に里親資格を取り上げるのではなく、判断基準を明確化し、子どもの意見を踏まえてセカンドチャンスを認めるよう制度を変えてほしいとお願いしているところだ」(北川会長)

里親の登録抹消については、当事者団体ではないが、東京都も2021年から今年にかけて、3年連続で国に見直しを要望している。FH協議会の要望同様に、虐待や著しい不適当な行為で一律に里親登録を取り消すことになっている欠格事由規定を緩め、事由の軽重に応じて決定できるよう求める内容だ。同時に都は、児童買春や児童ポルノの犯罪歴がある人物でも、刑を終えれば里親になれる児童福祉法の抜け穴も指摘し、この点での早急な法改正を求めている。

●国は「あくまでもニュートラルでいたい」

運用の改善か制度の改正かといった違いはあるものの、委託解除に里親界が求める方向性は「改めるべき」でおおむね一致している。

しかし、この4月から社会的養育を所管するこども家庭庁家庭福祉課は、「各団体からの要望は受け止めている」としつつも、今のところ静観の構えだ。

背景にあるのは、「措置の決定権者である児童相談所には、対応ガイドライン等にも定められている通り、関係者への丁寧な聞き取りを元にして適切に委託解除をご判断いただいている」との現状認識だ。

このため自治体への通知要望についても、「必要なら事務連絡や通知もやぶさかでないが、今のところは(出していない)」という。

里親の欠格事由規定をめぐる要望についても、「時間がかかることでもあり、次の法改正のタイミングを待つことになる」という姿勢だ。

訴訟に至った事案の把握状況は、「報道で把握はしている。沖縄の件だけは調査委員会の報告書を取り寄せたが、どちらにも言い分があると捉えている。私どもはあくまでもニュートラルでありたい」との回答だった。

そうしたなか、同課がFH協議会の要望を一部反映したとするのが、今年度から始まった3ヵ年計画の調査研究だ。「里親不調」を防ぐ目的で過去事例を分析するという。

しかし、里子と里親の関係悪化に伴い委託解除となる里親不調は、里親子の意に沿わない形で行われた委託措置解除とは意味が異なる。そのうえ研究成果の活用についても、「国の指針やガイドラインの改訂に生かすためではなく、あくまでも自治体に、児童相談所が判断する際の基準を考えていただくためのもの」(同課専門官)としている。

となれば、そもそもこの研究、要望に見合った事業と位置付けてよいのか気になるところだ。

腰の重い国とは異なり、児童福祉や行政、法律等の専門家らは、表面化する対立事例の急増という「兆し」に呼応する動きを見せている。このところ、テーマに里親子の委託解除問題を取り上げる会合も目立ってきた。

対立はどのように起き、里子や里親にどのような影響を及ぼしているのか。「里あす」が始めたアンケートが、強引な委託解除の実際を明らかにすることを期待したい。