「自ら考え、行動できる子ども」を育てるため、これから学校教育はどこへ向かうべきなのか(写真:metamorworks/PIXTA)

ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授のリンダ・グラットン氏らが著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で提唱した「100年時代の人生戦略」は、日本でも一大ムーブメントを起こし、高校生向けに『16歳からのライフ・シフト』も刊行される。

本書によると、今の高校生の2人に1人が107歳以上まで元気に生きる長寿社会では、70代、80代まで働き続けることになり、20代で得た知識やスキルは役に立たなくなるかもしれないという。また、技術進歩や社会の変化により、これまでにない職種やスキルが続々と登場するため、社会人になってからも主体的に学び直し、新たなスキルを身につける必要がある。そのためには、「自ら考え、行動する力」が欠かせない。

人生100年時代を迎え、学校現場での学びの方向性はどうなるのか。ICT(情報通信技術)が学びを大きく変え、GIGAスクール構想により1人1台デバイス体制が整ったいま、「自ら考え、行動できる子ども」を育てるためこれから学校教育はどこへ向かうべきなのかを、学校でのICT導入・活用を推進する平井聡一郎氏に聞いた。

「知識伝達型」から「主体的な学びへ」の大転換


学校教育は大きな転換期を迎えています。

2020年からの新学習指導要領は、明治に発布された学校教育制度以来の大きな教育改革です。

それまでの改訂は指導内容の変更にすぎませんでしたが、新しい学習指導要領は、学び方そのものを変えていこうというのが狙いです。「子どもたちが自ら求める学び」が骨子で、学び方まで言及したのは今回が初めてです。

人生100年時代を迎え、変化の激しい社会を生き抜いていくには、今までの知識伝達型の学び方では、必要な力は身につきません。しかし日本の標準的な1クラスの人数は40人で、諸外国と比べ圧倒的に多く、主体的な学びにおいて理想的な環境とはいえません。学び方を変えたくても、学習環境を一気に変えるわけにはいきません。

そこで登場したのがGIGAスクール構想です。学習者主体の学びを実現するために、必要な環境を整備しようというのが狙いとなっています。


平井 聡一郎(ひらい そういちろう)/合同会社未来教育デザイン代表社員。茨城県の公立小中学校で教員、教頭、校長として33年間勤務。その間教育委員会で指導主事を務める。古河市教育委員会で参事兼指導課長として全国で初めてICT機器環境の導入を推進。2018年度より現職。文部科学省中央教育審議会臨時委員、ICT活用教育アドバイザー等を歴任(写真:著者提供)

現状、GIGAスクール構想により、生徒一人ひとりに1台のデバイスを与えるという目的は果たしましたが、使用頻度は積極的に取り組んでいる自治体と、そうでない自治体とで差が出ています。実際、文部科学省が毎年度実施する「全国学力・学習状況調査」でも、自治体格差が顕著に表れています。

「ICT機器を授業で活用している学校の割合」では、ICT機器を週3日以上活用している学校が約8割です。ところが、「自分で調べる場面でICT機器を使用している学校の割合」はそれが6割に下がり、「自分の考えをまとめ発表・表現する場面でICT機器を使用している学校の割合」となると4割まで下がります(いずれも「ほぼ毎日」「週3回以上」の合計。政令市を除いた小学校の都道府県別データ)。

さらに「児童同士がやり取りする場面でICT機器を使用している学校の割合」は、月に1回未満を含めても3割弱に下がり、月1回未満の学校が激増しています。

つまり、ここがICT機器活用の大きな分かれ目です。「自分の考えをまとめ発表、表現する場面」の活用は従来の授業の中でのICT機器活用であり、ここでの学びは教員と子どもを結ぶ縦のラインの学びと言えます。一方で子ども同士のやり取りのある学びは、横のラインの学びと言えます。ここがICT機器活用により学びが変わる大切なポイントとなるわけです。

言い換えれば、子ども同士のやり取りを意識した授業を展開すれば、学びが変わる可能性が高くなるとも言えるでしょう。

子どもたちに学びを預けることで、自分たち自身で学びをどんどん深めていきます。任せることに不安を感じていた教員も、その姿を見て、「子どもたちは意外とやる」と、意識が変わります。意識の転換を図るうえでも、子ども同士で学ばせることに大きな意味があると思います。

学校こそAIやChatGPTとも上手に付き合える

子ども同士で学ばせることに貢献できるのがICTです。たとえばクラウドを使ってデータを共同編集したり、友だちの作品にコメントを加えたりするなど、工夫次第でいろいろなことができます。

クラウドを使いこなすと、ICTスキルが一段上のフェーズに入ります。学校は、今自分たちがどういう立ち位置にいるのか確認して、次へ向けてステップアップしていくことが大切だと思います。

ICTの導入は、トップの裁量にもよります。校長や教育委員会は、率先して推進してほしいですね。保護者も巻き込んで「我々が変わらなければ」というビジョンを共有するのが理想です。ICTに苦手意識を持つ教員も多いと思いますが、これはもうやってみるしかありません。何度も繰り返し使うことで慣れていきましょう。

ICTの世界はクラウドやAIが標準化され、今やChatGPTも学校での活用が始まっています。社会全体が、「これからの教育にはICTは必須」という認識を持たないと改革が進みません。文部科学省もガイドラインを示し、適切な活用を進めようとしています。

ICTに否定的な意見もありますが、何事も過渡期には、ネガティブな意見はつきものです。かつて、テレビや漫画が悪者にされた時代がありました。その対象がかわったにすぎません。

むしろ学校という守られた空間の中で、上手な付き合い方を学ぶべきだと思います。学校の中ならいくら失敗しても大丈夫ですから、新しいことにチャレンジできます。

ICTを武器に、自分の人生を豊かにする

これからは、学校だけでなく社会全体で未来志向の意識を共有すべきです。デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、単に社会をデジタル化することではなく、社会全体が大きな変革をすること。つまり、デジタルを切り口とした、構造改革と言えます。

その問題は教育格差や教員の働き方改革、授業や学校組織改善など多岐にわたりますが、その問題に対して自分たちなりに創意工夫をして取り組んでいる先生方をはじめとした学校教育関係者がたくさんいます。


平井氏が登壇する日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム2023」が8月19日(土)〜20日(日)に開催されます

ICTによって、変化のスピードはものすごく加速しています。それに対応していくためには、自分自身も変わっていかなければならない。それを支えるためにはICTが不可欠です。

私は今63歳ですが、こうやって仕事を続けていられるのは、常に自分のことをアップデートしているからです。新しい情報を収集し、自分のものとすること、これを繰り返しやっています。今は、ChatGPTを学ぶことで新しい武器を得ています。

ICTは弱みをカバーするツールでもあり、実は年配者にとって強力な武器となります。思うように体が動かなくなっても、ICTがそれをカバーしてくれるのです。

だからこそ今の若い人たちには、将来のためにも、保守的にならずにテクノロジーを使いこなしてほしいと思います。今までできなかったことが、ICTを使うことでできるようになれば、自己効力感が高まります。道を切り開き、自分はできるという気持ちを持つことが大切です。面白いと思ったら、どんどんやってみましょう。

まずはやってみるという姿勢がなにより大事です。人生100年時代になると、将来の選択肢も広がり、トライできる回数も増えていきます。失敗しても、再チャレンジができます。『ライフ・シフト』は、そのビジョンを示してくれる本で、大人も子どもも読むべきものだと思います。

先生と生徒が一緒に成長できる場に

学校においては、ICTによって授業のあり方そのものも変わってくると思います。1時間の授業の中で、40人の子どもたち一人ひとりを相手にするのは不可能ですが、子どもたちに質問する力がついたら個別の質問はChatGPTに任せ、AIを使ってどんどん自分で学ばせていけばいいでしょう。


『16歳からのライフ・シフト』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

教員の役割は小さくなって、本来やるべき授業のデザインに集中できます。ただしそのためには、どんな学びを創るのか、クリエイティビティが求められます。教員も学び続けて、常に自分をアップデートしていかなければなりません。

これからの時代はICTによって学校と社会がシームレスになり、学びがフレキシブルに変化していくと思います。ただ、やはり学校でなければできない学びは絶対にあるはずです。これからの学校の役割を、私たちは考え続けなければなりません。「先生も子どもも成長し続ける」、学校がそういう場であってほしいと思います。

(平井 聡一郎 : 合同会社未来教育デザイン代表社員)