イギリスでは子どもの保護を目的として「メッセージアプリの通信内容スキャン」などを義務付ける「オンライン安全法案(Online Safety Bill)」が議論されています。しかし、オンライン安全法案には「法案に準拠するとプライバシーの保護が難しくなる」という問題が存在しており、多くの専門機関が法案への反対を表明しています。そんな中、新たにAppleがオンライン安全法案に反対する姿勢を示しました。

Online Safety Bill: Civil society organisations urge UK to protect global digital security and safeguard private communication | Open Rights Group

https://www.openrightsgroup.org/publications/open-letter-protect-encrypted-messaging/

Apple joins opposition to encrypted message app scanning - BBC News

https://www.bbc.com/news/technology-66028773

オンライン安全法案はイギリスで子どもの保護を目的として議論されている法案で、オンラインプラットフォームの運営者に対して「子どもに害を与えるコンテンツの削除」「プラットフォームへの未成年のアクセス制限」といった仕組みの構築を義務付けるものです。オンライン安全法案には罰則も設けられており、違反した事業者の幹部には最大2年の懲役あるいは最大1800万ポンド(約33億円)または全世界売上高の最大10%の罰金が科されます。

子どもの保護はもちろん重要ですが、オンライン安全法案に準拠するためのシステム開発には多大なコストがかかります。このため、法案が可決した2023年1月には「Wikipediaのような公益につながるプラットフォームの存続が脅かされる」といった反対意見が寄せられました。

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そんなオンライン安全法案の中には、「児童虐待を防ぐために、メッセージアプリで送信されるテキストや画像のスキャン」を義務付ける条項も含まれています。しかし、多くのメッセージアプリはプライバシー保護のために通信内容のエンドツーエンド暗号化を実施しているため、法案に準拠するには暗号化機能を削除したり、暗号化前に送信内容をスキャンしたりする必要があります。

エンドツーエンド暗号化はユーザーのプライバシーを保護する他、企業秘密や国家機密の流出を防いだりジャーナリストの安全を守ったりといった役割も担っています。このため、オンライン安全法案が施行されればユーザーのプライバシーが侵害されることになるとしてデジタル権利保護団体「Open Rights Group」は80以上の専門機関の賛同を得てオンライン安全法案に反対する公開書簡を2023年6月23日に発表しました。





公開書簡の発表後、「WhatsApp」や「Signal」といったメッセージアプリの運営者も書簡への賛同を表明。さらに、「iMessage」を開発するAppleも賛同を表明しました。





AppleはBBCに対して「エンドツーエンド暗号化はジャーナリストや外交官、人権活動家のプライバシーを保護するための重要な機能です。また、市民が監視や個人情報の奪取、詐欺、データ流出から身を守ることにも役立っています。オンライン安全法案はプライバシー保護に深刻な脅威をもたらしイギリス国民を危険にさらす可能性があります。Appleはすべての人々の利益のためにイギリス政府に対してエンドツーエンド暗号化を保護するような法案修正を求めます」と述べています。

なお、Appleは2021年8月に子どもの保護を目的とした「iPhone内の写真やテキストのスキャン機能」を発表していました。しかし、スキャン機能に対しては今回のオンライン安全法案と同様に「プライバシーが侵害される」という批判が相次ぎ、2022年12月にはスキャン機能の実装を断念したことが報じられています。

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