「アジフライの聖地」とも呼ばれる長崎県松浦市で獲れる真アジを使用した「アジフライ専門店」が注目を集めている(写真:)

アジフライが全国的に話題だ。後述するように、福岡をムーブメントの発信地として、新感覚のアジフライを提供する店が大都市を中心に日本各地へと広がっている。

2022年3月には東京・市ヶ谷にアジフライ専門店「トーキョーアジフライ」がオープンし、連日行列ができるなど、話題を集めている。他にも、東京・高田馬場にある和食店「酒肴新屋敷」は、数量限定のアジフライを提供する店として人気を集める。

アジフライといえば、定食や居酒屋メニューの定番ともいえるが、今なぜ注目されているのだろうか。

「アジフライの聖地」長崎県松浦市で獲れる真アジ

酒肴新屋敷の場合、アジの水揚げ量日本一(西日本魚市統計)を誇り、今や「アジフライの聖地」とも言われる長崎県松浦市で獲れるアジを使っていることが売りであり、人気を集める理由になっているという

フライに使われる松浦のアジは「真アジ」で、その多くは五島・対馬沖の暖流域を回遊し、年間を通して月1000トン以上の水揚げが安定的にある。

松浦の真アジは2種類に大別され、1つは対馬海峡から五島海域の沖合を回遊していることから身が引き締まり、上品な脂がのっているもの。もう1つは養殖の盛んな伊万里湾内に住み着き、質の良いプランクトンを食べて育つことから、脂身の厚い濃厚な味わいになるという。

酒肴新屋敷の店主、池田隼人さんは2022年5月、人気テレビ番組「マツコの知らない世界」で「アジフライの世界」にアジフライの名手として出演したことも。全国各地のアジフライを食べ歩き、松浦のアジに辿り着いて魅了されたという。

松浦が不漁の場合は他の産地のアジを使うが、基本的には松浦産アジを使ってアジフライを提供する。2022年10月には「松浦アジフライ大使」に就任し、松浦市のギフトショップと組んで冷凍アジフライ「ALAYASHIKI AJIFRY」開発に携わるほど、松浦産アジとの縁が深い。

「友田吉泰市長が“アジフライの聖地”と宣言してから、漁師から魚市場で働く人、料理人を含めた加工事業者、各店舗……松浦アジフライに関わる市内の人たちが試行錯誤してきた経緯があります。

昨今、松浦アジフライが九州を飛び出し、全国で人気を集めるようになっているのは、そんな背景があると思います。全国どこで獲れるアジも美味しいですが、ここまでユニークな街やアジフライは唯一無二だと感じています」(池田さん)

福岡でもアジフライ専門店に行列

筆者が住み始めて1年になる福岡市にも、松浦産アジを用いたアジフライを食べられる店が複数ある。昨年秋頃「福岡で近年流行っているグルメは?」と地元の友人知人たちに聞くと、「松浦産アジで作るアジフライ」との答えが返ってくることが多かった。

常に長蛇の列ができる店も多いというので、先日、余裕を持って開店10分前に福岡市中央区長浜にある「三陽食堂」に行ってみると、予想通りすでに数人の客が待機していた。店内の販売機で「アジフライ定食」(880円)、「アジフライ食べ放題定食」(1100円)から欲を出して後者を選択。


食べ放題定食では3〜4枚追加する人が多いが、30枚追加したツワモノもいたとか……

運ばれてきたアジフライは開きではなく「フィレタイプ」。肉厚でふっくらしていて、上品な脂がたっぷりのっている。噛むと外のパン粉はサクサク、中の身はふんわりとしていて、調味料をつけなくてもアジそのものの甘みがじんわり広がるのがわかる。揚げ物なのに油っこくなく、かろやかさを感じる。

三陽食堂を運営するのは、漁業から養殖、水産物卸、水産物加工まで、水産業の一気通貫で知られる株式会社三陽だ。福岡市に本社を持ち、松浦市にも営業所や工場、冷蔵庫を構える。1991年の創業から長らくtoB向け事業を続けてきたが、創業30年を機にtoC向け新規事業を開始している。

アジの取扱量、アジフライの製造規模共に国内トップクラスの三陽は、全国の飲食店にアジフライを販売してきたが、2022年7月、冷凍自動販売機を設置して一般消費者向けの販売を開始し、人気を博している。


福岡市内6カ所に自社運営の「アジフライ自販機」を構える。地下鉄駅構内にある他メーカーの自販機でも取り扱いが始まるほど好評

その流れで“アジフライ専門食堂”として同月にオープンしたのが、先の三陽食堂である。宣伝をしなかったもののSNSで話題を集め、2023年6月頃には博多駅にも出店する勢いだ。toB向けや自販機の品と同じアジフライを食べられる店だが、美味しさの理由について新規事業開発担当の横山裕二さんはこう語る。

「松浦産アジは身が丸くてやわらかく、脂のりの良さが特徴だと感じています。弊社のアジフライは、刺身として食べられるほど鮮度のいい松浦産アジを加工し、生パン粉をつけた状態で凍らせています。工場のラインに入ってから15〜20分で処理し、新鮮さを保っています」(横山さん)

三陽の松浦工場は松浦魚市場から1kmもない場所にある。獲れたての松浦産アジを仕入れ後即工場へ運び、水揚げ当日に捌き、粉付けして凍結させる「ワンフローズン」の工程が特徴だ。一般的なアジフライは水揚げから包装まで一部の工程は国内外で行われるため、輸送や加工のタイミングで冷凍・解凍が繰り返され、仕入れから出荷まで3〜6カ月ほどかかることもザラにある。

「アジフライの聖地」になった松浦市

水揚げ後に即加工・一度の凍結を行うワンフローズンは、松浦産アジフライの鮮度の高さや美味しさのカギを握る要素であり、松浦市が「松浦アジフライの絶対ルール」として定める「松浦アジフライ憲章」のひとつ。


(松浦市Webサイトより)

同憲章は2019年4月27日、松浦市が「アジフライの聖地」(2020年12月に商標登録)と宣言した日に制定され、松浦市で水揚げされたアジ、または松浦市周辺海域で獲れたアジを使うこと、ノンフローズンまたはワンフローズンでの提供が松浦アジフライであることなどを規定している。

2023年4月で聖地宣言から丸4年を迎える松浦市は、本場のアジフライを求めて福岡を中心とした隣県からはもちろん、関西や北海道からも観光客が訪れる街になった。佐世保市や平戸市、伊万里市などの観光地として知られた街に行く途中の経由地ではなく、松浦市を目がけて来る人が増えている。コロナ禍以前のデータだが、2017年の観光客数は80万2400人だったが、2019年は93万500人と躍進している。

それも「松浦といえばアジフライ」が定着したおかげだが、ここまでの道のりは平坦ではなかった。2018年1月に初当選した現松浦市長・友田吉泰さんは就任後、「松浦をアジフライの聖地にする」とのビジョンを掲げ、アジフライを打ち出して市のPRをスタート。当時から「アジフライの聖地 松浦」プロジェクトに関わってきた、松浦市役所 文化観光課 観光物産係 郄橋聡美さんは初期の頃をこう振り返る。

「市内約120の飲食店を1店舗ずつ回り、アジフライをフックにした町おこしへの協力を相談していました。当時は『松浦産アジが新鮮で美味しいのは当たり前』『今さらそれを打ち出しても響かないのでは』といった消極的な意見もありました。それでもなんとか20店舗の協力を得て2018年8月、松浦アジフライを食べられる店を掲載したアジフライマップ第1弾を発行したのが始まりです」(郄橋さん)

アジの味が濃いから美味しい

この動きと連動し同8月、福岡市天神の人気食堂「梅山鉄平食堂」で、松浦市とのコラボイベント「AJIFRY AFFAIR」が開催された。松浦魚市場直送のアジフライをワンコインで食べられる3日限定の同イベントは大反響のうちに終わり、松浦市にとって大きなターニングポイントになったという。

2021年3月にも同様のコラボイベントが“復活”し、福岡の人々に松浦アジフライを大きく印象付けた。2020年2月には「アジフライセンターおむこさん」、2021年4月には「あじフライ食堂かば」、2022年7月には「食事 満福」、前出の「三陽食堂」と、福岡市内にアジフライ専門店が続々とオープンする流れができていった。

松浦市はその後も週末のイベントやPR活動を地道に続け、今や松浦アジフライ憲章を満たした市内の店舗は35店舗となっている(2023年5月時点)。


変わり種アジフライの一例。左から「松浦シティホテル〈松花〉」のアジフライおにぎらず、「旅亭吉乃や」のアジフライサンドイッチ(写真提供:松浦市)

「最近ではアジの半分はアジフライに、半分は刺身にしたり、アジフライをハンバーガーの具材にしたり、独自ソースを提供したりするなど、各店舗で工夫を凝らしている印象を受けます。この数年でより美味しくなっていると感じています。アジフライを食べに来られる方の中には、複数店舗を回って食べ比べをして楽しむ方もいると聞きます」(郄橋さん)

郄橋さん自身、松浦市で生まれ育ち、昔からアジと親しんできたが、今でも松浦アジフライを日常的に食べていて、その美味しさを「洒落ではありませんが(笑)アジそのものの味が濃く、ソースに負けないしっかりした味が魅力です。アジフライといえばソースなどをつけるイメージがあるかもしれませんが、最初はそのままで味わっていただきたい」と語る。

松浦市から福岡市へ、そして全国へ。松浦アジフライはこの先も全国へ広がっていきそうだ。

(池田 園子 : ライター、編集者)