日本は「アメリカや中国に負けている」などというレベルではないのです(写真:tomcat/PIXTA)

「日本企業の部長クラスの年収は、タイよりも低い」

経済産業省が2022年5月に発表した「未来人材ビジョン」という報告書が衝撃的な事実を明らかにし、各メディアを賑わせました。日本は「アメリカや中国に負けている」などというレベルではなく、これまで後ろを走る国だと思っていた「東南アジアにも負けている」――元・LinkedIn日本代表の村上 臣氏はそう言います。同氏の新刊『稼ぎ方2.0』から一部抜粋、編集してお届けします。

安いニッポン

元・LinkedIn日本代表として、キャリアに関する発信を続けている私は、「今こそ、誰もが会社の外にもキャリアを持つ必要がある」と訴えています。

なぜ今、会社の外にもキャリアを持たなければならないのか。ひとつの根本的な理由は、「1社で働いているだけでは給料が増えないから」です。

日本の平均給与(実質)の推移を見ていくと、1992年に472.5万円のピークを迎え、以降は徐々に下がっています。2009年にはリーマンショックの影響で421.1万円まで下がり、そこから少し持ち直してはいますが、2018年時点で433.3万円。ピーク時から40万円近く下がっています。

「失われた30年」という言葉があるように、日本はバブル崩壊後、現在に至るまで長期的な経済低迷を続けています。日経平均株価は1989年に3万8915円の史上最高値をつけてから、一度も高値を更新していません。

もちろん国もこの状況を黙って見過ごしているわけではなく、「生産性を向上させよう」「イノベーションが経済成長のカギ」みたいなことを主張してはいます。

けれども、実際には景気回復に向けた展望は見えていません。このまま失われた40年、50年が続く可能性も現実味を帯びています。

皆さんも薄々感じているとは思いますが、このまま給料は増えないと考えるのが現実的ではないでしょうか。

日本の平均年収は「シンガポール」「タイ」より低い?

そもそも、どうして日本で働く人たちの給料がずっと上がらないのでしょうか。原因は諸説あり、簡単に説明することはできません。ただ、あえて主な原因を挙げるとすると、第一に日本の国際競争力の低下があります。

かつての日本企業はグローバルな競争で強さを発揮してきましたが、バブル崩壊以降は徐々に新興国に追いつかれる状況が目立つようになりました。GDPは2011年に中国に抜かれ、一人当たりGDPも韓国や台湾に追い抜かれようとしています。

今までは、グローバルで稼いだお金を給料として従業員に還元していたわけですが、国際競争力が低下した結果、それができなくなっているわけです。このまま国際競争力が低下すれば、給料が増えないどころか、減る危険性も考えられます。

そして、将来の日本を担う子どもたちを育成する「教育」の面でも、日本の国際競争力の低下は如実に表れています。イギリスの教育専門誌であるタイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)が世界の大学の中から104の国と地域の1799校を独自の基準でランク付けした「世界大学ランキング」というものがあります。

この2023年版において、日本からランクインしたのは117校。その中で日本のトップは東京大学の39位。2021年版の36位、22年版の35位から順位を下げています。日本で2番目の京都大学は68位であり、200位以内に入っているのは、東大と京大の2校にとどまっています。

ちなみに、ほかに500位台を上回った日本の大学は、東北大学(201〜250位)、大阪大学(251位〜300位)、名古屋大学・東京工業大学(いずれも301位〜350位)となっています。200位以内に中国から11校が、韓国から6校がランクインしているのと比較すると、ずいぶん寂しい結果です。

そんな日本の国際競争力低下を反映し、今や日本人の給料よりも、タイやシンガポールといった東南アジアの国々の給料が高くなっているという話もあります。経済産業省によると、日本の大企業の部長職の平均年収は約1714万円。一見すると高そうに思えますが、アメリカ(約3399万円)、シンガポール(約3136万円)、タイ(約2053万円)と比べると、かなり低い水準です。

OECDが発表している平均賃金を見ても、日本は34カ国中24位と低迷しています。韓国(19位)には2013年に抜かれていますし、ここ数年ではスロベニア、リトアニアといった中東欧の国々にも抜かれている状況です。

ちなみに、このランキングは円安が加速する前の2021年時点の為替レートで計算されており、現在の為替水準に置き換えると、日本の低落傾向は決定的になると見られています。

実際に、日本の給料が一向に上がらないため、日本に出稼ぎに来ていた外国人が母国に戻ってしまう動きが出てきています。例えば、日本では近年ベトナム人労働者の数が急増してきましたが、もはや日本で働く金銭的なメリットは薄れつつあります。

日本とベトナムで大きな収入の差はなくなっている

経済発展が著しいホーチミンやハノイといった大都市では、日本とベトナムで大きな収入の差はなくなっています。しかも、ベトナムではこれから年10%くらい給料が上がっていくと見込まれています。あと10年もすれば両国の給料には決定的な差がつく可能性が大です。だったら、母国に帰って普通に働こうと考えるベトナム人が増えるのは当然の成り行きです。

海外からの出稼ぎが減少するのと対照的に、「安いニッポン」に見切りをつけて、海外に出稼ぎに行く人たちも出始めています。日本では低賃金で働いていた寿司職人や美容師などが、アメリカやシンガポール、オーストラリアなどに渡り、収入が数倍になったという話を頻繁に聞くようになっています。


特にワーキングホリデーの制度を利用できるオーストラリア、カナダといった国では、アルバイトをしながら旅行を楽しみ、なおかつ給料の半分くらいを貯金するような日本の若者がいます。

もちろん海外では給料だけでなく物価も高いわけですが、上手にやりくりすれば1カ月20万円くらいは貯金ができます。日本で月収20万円で働いていた人にとっては、どちらが魅力的な労働環境であるかは一目瞭然です。

これまでの日本では、手に職をつけるタイプの仕事をする人たちは、若い頃に下積みをコツコツとこなし、いずれ独立して自分の会社や店を持つというモチベーションを持っていました。

しかし、これからは専門学校で基礎的なスキルを身に付けたあと、すぐに海外を目指すという動きが加速するかもしれません。少なくとも、今、一流の寿司職人はこぞってニューヨークを目指しています。気がつけば、一線級の職人たちはみんな海外で働いているといった状況が現実のものになるかもしれないのです。

(村上 臣 : LinkedIn(リンクトイン)日本代表、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教員、ポピンズ社外取締役、ランサーズ社外取締役)