「成功の秘訣」とは何か。ライフコーチの宮崎直子さんは「『成功の秘訣を知りたい』と稲盛和夫氏に教えを乞うた時、『絶対にやってはいけない』と強く言われた教えがある。シリコンバレーの常識とは正反対だったが、それを守ったところ、本当に効果があった」という――。

■一代で京セラとKDDIを築き上げた「成功の秘訣」

私が稲盛和夫さんの盛和塾シリコンバレーの門を叩いたのは2011年の秋のこと。2003年から共同経営者として経営していたソフトウエアの会社が伸び悩んでいた私は、一代で京セラとKDDIという数兆円規模の会社を2つも築き上げた稲盛さんの成功の秘密が一体どこにあるのか知りたいと思ったのだ。

盛和塾に入って稲盛さんの教えを学ぶに連れ、稲盛流の成功の秘訣(ひけつ)は、私が暮らすシリコンバレーの常識とは真逆のところにあることが分かった。稲盛さんから教わった「絶対にやってはいけない」たった1つのこと。その教えを守ることで、私は仕事が順調になっていっただけでなく、高い自己肯定感を身に付け保つことができるようになるという、思わぬ副産物を得ることができた。

シリコンバレーはその自由さの反面、経営者も社員も私利私欲で動いている人が多いのも事実だ。起業する前に勤めていたベンチャー企業で私はそれを目の当たりにした。

写真=iStock.com/JasonDoiy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JasonDoiy

■損得勘定丸出しの生き方をしてきた

多くのシリコンバレーの会社では、なんの前触れもなくレイオフが起こる。レイオフとは、会社の業績が悪くなった時や会社の合併などに伴い、複数の社員を一斉に半永久的に解雇することだ。ある日唐突に会社を解雇される可能性が常にあるシリコンバレー企業の社員たちは、会社に対する忠誠心は希薄で、自分に少しでも高いお給料やポジションをオファーしてくれる会社が見つかればさっさと移っていく。

私自身も当然のように、「それは自分にとって得か、損か」という観点でいろいろな物事を判断する習慣が身に付いていた。会社員時代の私は、「なるべく楽をして成果を上げたい、私の上司が見ていないところでは手を抜いて、見ているところでは努力をアピールする」という損得勘定丸出しの生き方をしていた。

そんな会社員だったから、自分で会社を始めても従業員をうまくまとめられなかった。自分が昔自分の上司の目を盗んでは怠けたりしていたのを思い出し、従業員もきっとそうなのだろうと疑っていた。これでは良好な信頼関係が築けるわけがない。ましてや一人ひとりの能力をうまく引き出すこともできなかった。

■「お天道様が喜ぶ判断をせよ」

稲盛さんから教わった、たった1つのこと。それは「絶対に損得勘定で判断するな」ということだ。そういうと、「損得勘定で判断しなかったら、一体何を基準に判断せよというのか」と思うだろう。

その答えが、「私はこの4文字で経営してきました」と稲盛さんをして言わしめた「敬天愛人」である。「天を敬い人を愛する」という稲盛さんが敬愛した西郷隆盛さんの言葉だ。「人には愛情を注ぐ。けれども判断をする時は、天がOKを出してくれる、天が喜んでくれる判断をせよ」という意味だ。

得度されたお坊さんでもあった稲盛さんは、天、宇宙、神といった言葉を使って、私たち塾生に人間を超えた偉大な力の話をよくしてくださった。「誰も見ていなくてもお天道様が見ている」という昔から日本に伝わる教えに基づいて、「リーダーたるもの周囲に安易に迎合するのではなく、お天道様が喜ぶ判断をせよ。そうすることで長期的に会社は発展していく」というのが稲盛さんの経営哲学だった。

そんなことで経営ができるのかと疑問に思うのも当然だろう。しかし稲盛さんの成功の秘密はここにあったのだ。

写真=AFP/時事通信フォト
JAL会長就任後の2010年8月31日、東京で記者会見し、質問に笑顔で答える日本航空の稲盛和夫会長 - 写真=AFP/時事通信フォト

■損得で考えればJAL再建は引き受けなかった

稲盛さんが「敬天愛人」をベースに下した英断でビジネスがうまくいった例は枚挙にいとまがない。

その1つが、経営破綻したJALの再建を打診された時の話だ。当初、稲盛さんの周りの人はみんな大反対したという。もしも再建に失敗したら、稲盛さんの晩節を汚すことになると、周りの人は心配した。

そんな心配をよそに、2010年2月1日、会社更生法適用申請から2週間後に会長に就任。わずか2年でV字回復させ、みごと再建を成し遂げた。

当時稲盛さんは、78歳。既に2つも立派な会社を育てたのだから、損得勘定で判断すれば、悠々自適に老後を楽しんだ方がよかったはずだ。けれども稲盛さんは、「航空会社というのは日本の経済にとってとても重要な業界で、それがANAの一社独占になっては、日本の経済に打撃を与える。良い競争を保つためにもJALの再生は必須だ」と考えて、引き受けることにした。そこには、失敗したら自分の晩節を汚すことになるという損得勘定はなかった。ただ、「もし天が見ているとしたら、自分にどうしてほしいだろう」という視点で決断を下した。

■表裏をなくしたら部下を信用できるようになった

「損得勘定」で物事を判断していれば、一時的には目覚ましい発展を遂げても、長い目で見ると没落してしまう。盛和塾に入って私が学んだのは、「敬天愛人」で判断することで企業を長期的に安定して成長させることができるということだ。

「儲けたい」の一心で立ち上げた会社が2、3年で消滅。大企業でさえ、社員や幹部の不正により一瞬の内に潰れてしまう。実際にそんな例を何度も見た。

そして、私自身の会社が伸び悩んでいるのも、私が損得勘定で物事を判断していたからだと分かった。具体的にすぐに効果が出たのは、従業員との関係だった。「天がいつも自分を見ているとしてどんな働き方をしたら喜んでもらえるだろう」という視点で自分自身が仕事に取り組むようになったら、部下に対する私自身の見方ががらりと変わった。

自分が損得勘定なしに、つまり裏表なしに一生懸命仕事をし始めたら、部下もそうなのだろうと思えるようになったのだ。それ以来、部下を信頼して、良好な関係を築き、部下の能力を最大限に引き出すことがとても自然にできるようになった。

■自己肯定感を上下させる4大要因

さらにこの「敬天愛人」で判断するという稲盛さんの教えは、私自身の自己肯定感にも大きな影響を与えた。

拙著『鋼の自己肯定感』では、私が長らく住んでいるシリコンバレーに住む人々の習慣をベースに心理学や脳科学など最先端の研究結果をまとめている。この中では、自己肯定感を上げ下げする4大要因を「他人からの評価」「他人との比較における自己評価」「成功と失敗」「不測の事態」と定義し、その対処法について述べている。この4大要因にいかに振り回されず、確固たる自己肯定感を持つことができるか。実は、その方法の土台を築いてくださったのは、稲盛さんだ。

損得勘定で動いていた当時の私は、この4大要因に見事に振り回されていた。他人の評価に一喜一憂していたし、人と比べては自分の評価を上げたり下げたりしていた。何かに成功すれば自己評価が上がり、失敗すれば下がっていた。そして予期せぬ出来事が起こると、「どうして私が」と不満を抱えていたのだ。しかし、稲盛さんの哲学を学んだ私は、この4大要因を全て手放すことができた。

どういうことなのか。一つひとつお話ししたい。

■鋼の自己肯定感を手に入れた理由

1.他人からの評価

まず、何かを決める時、人にどう評価されるかを気にして判断するのではなく、「もし天が見ているとしたら私にどうしてほしいだろう、私がどんな決断を下したら天は喜んでくれるだろう」という観点で考えることが習慣化された。自分は常に天にOKを出してもらえる決断、行動をしているという自負がある。だから、自分が下した判断を他人が評価してくれればもちろんうれしいが、評価してくれなくても落ち込むことはなくなった。

2.他人との比較における自己評価

稲盛さんは「才能を私物化するな」という言葉を使って、「我々一人一人にはなんらかの才能があり、それを世のために使え、私利私欲で出し惜しみするな」と解いている。私には私にしかできない天から与えられた才能がある。私がすべきことはそれを最大限世のお役に立てることだ……。そう考えて自分にできることを出し惜しみなく行動に移すようになってからは、他人と比較して自己肯定感が下がることもなくなった。

3.成功と失敗

宮崎 直子『鋼の自己肯定感〜「最先端の研究結果×シリコンバレーの習慣」から開発された“二度と下がらない”方法』(かんき出版)

また、損得勘定で考える成功や失敗と、敬天愛人がベースの成功や失敗は180度異なる。損得勘定で考える成功は自分がすぐに得をすることだが、自分のことしか考えていないので視野が狭い。一見得をしているように見えるが、その先にあるさまざまな障害が見えていないので、長期的には失敗に終わりやすい。

一方で天が考える成功は、なるべく多くの人に恩恵をもたらすことだ。目先の利益に心を奪われることなく、天が喜ぶ成功を意識すると、視座が高くなり、結果としてより良い判断ができる。これを理解して実践するようになってからは損得ベースでの成功失敗に一喜一憂することはなくなり、本当の意味での成功を手に入れることが容易になった。

4.不測の事態

不測の事態は会社を経営していた私たちにも時折降り掛かってきた。例えば、12年間経営している間に私たちは二度訴えられたことがあった。以前の私なら慌てふためき、損か得かという狭い視野でしか判断できなかったが、敬天愛人で物事を判断できるようになっていた私は、極めて冷静に対処することができた。

稲盛さんから教えてもらった「絶対にやってはいけない」たった1つのこと、「損得勘定で生きること」をやめたことで、私は、仕事が好転していっただけでなく、何事にも振り回されることのない鋼の自己肯定感を手に入れることができたのである。

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宮崎 直子(みやざき・なおこ)
ライフコーチ
三重県生まれ。シリコンバレー郊外在住。津田塾大学英文学科卒業後、イリノイ大学で社会言語学や心理言語学を学んで修士号を取得。シリコンバレーでソフトウエア会社を起業、経営し大手コンピュータ会社に売却。稲盛和夫氏の盛和塾シリコンバレーに8年間塾生として所属し、広報を務める。アラン・コーエン氏のもとでコーチングを学び、ライフコーチに。自己肯定感を高める方法を講座、執筆、SNSを通して提供している。著書に『鋼の自己肯定感』(かんき出版)がある。宮崎直子公式サイト
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(ライフコーチ 宮崎 直子)