■燃料はあるのに“オイルショック”が起きている

9月20日ごろから始まった英国全土での“オイルショック”。市中のガソリンスタンドから石油が消える、というトラブル発生の端緒から1カ月以上がたつ。スタンドが機能しない原因は燃料がないからではない。運転手が足りずタンクローリーが走らないからだ。英国の求人情報サイトには「時給13.5〜17ポンド(2100〜2650円)」などと、最低賃金の2倍を上回る破格の報酬で運転手を募る求人が並ぶが、それでも人手不足の解消には程遠い状況にある。

今や、英国の市中からは一部の食料や薬品も次々と消え始めており、事態解消のめどは立っていない。

さしたる解決案が見つからない中、政府は「当分は軍のトラックに物資輸送を頼もう」という後ろ向きな解決策でクリスマスまでの小売業のかき入れ時をしのごうとしているが、はたしてこの窮地を切り抜けられるのだろうか。

■ブレグジットと同時に他国労働者も英国から離れた

日本でも1970年代前半、“オイルショック”が起こった。当時、石油のほか、紙製品をはじめとする生活雑貨が街から消え、物価も一気に上がるなど、大きな社会問題となった。

筆者撮影
商品が入荷せず、おわびのプレートが張られた売り場の棚 - 筆者撮影

しかし、今回の英国での動きはこうした「石油の枯渇」といった問題に起因するものではない。トラックやトレーラーの運転手が不足してしまい、油が運べなくなっているのだ。

運転手不足の主因として考えられるのは、英国が欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)への道を選択、昨年末をもって移行期間が終わったことだ。

英国がEUの一員だった頃は、他のEU加盟27カ国の国民が自由に英国へと出稼ぎができた。就労ビザを取ることなく給与水準が高い英国で働けるとあって、旧東欧圏の国々からも多くの人が働きにやってきていた。

しかし、ブレグジットの完全実施を受け、英政府はトラックの運転という仕事を「単純労働者がやること」と見なし、EU諸国出身者への就労ビザを出すのを拒んだ。あおりをくった他国出身の運転手たちは国に帰るなり、他の国に移るなりして英国を離れる道を選ばざるを得なかったわけだ。

■最高で「年収1000万円」破格の求人でも集まらず…

運転手が足りないと気づいた英政府は、大慌てで臨時就労ビザ枠を設定、「運転手の英国入りを歓迎する」と打ち出した。求人情報サイト大手のインディードでは「時給17ポンド/未経験者歓迎」という求人のほか、3.5トントラック+牽引車の運転資格を持つ人を対象に「年収6万4000ポンド(最高1000万円)」という破格の求人も登場している。なお、英国でも日本の大型一種免許に相当する大型車の運転免許が必要だ。

インディードより
トラック運転業務の募集を呼びかける求人 - インディードより
インディードより
トラック運転業務の求人の中には年収1000万円に達するものもあった - インディードより

9月下旬からの約10日間はEU諸国に300人分の緊急募集をかけたが、反応は芳しくなく、当局発表によると期待された人数の1割にも満たないという惨憺たる結果に終わった。

英国が移民に頼っていたもう一つの大きな産業がある。それは農業関係、特に収穫期作業の従事者だ。昨年のコロナ禍の最中、果物や野菜を収穫する人手がまるで足りないとして、ルーマニアなどからチャーター機で作業員を運んだという出来事もあったが、今年も労働者不足問題は解決しなかったようだ。こちらも5000人ほどのビザ枠を臨時に設定したが、応募に応じた人の数はふるわなかった。

農業従事者も「単純労働者」のカテゴリーにあり、これを理由にEUなどから労働者を呼ぶことは基本的に許されていない。こうした人手不足問題を、例えば英連邦として縁が深いアフリカ諸国からの移民を呼んで、長期的な解決を図ろうという動きもあるが、はたして奏功するだろうか。

■「ポンド安でコロナ蔓延の英国に誰が行くか」

2016年にEU離脱の是非を問う「国民投票」が行われた時のことを思い出してみよう。当時はちょうど、中東やアフリカからの難民が次々と欧州へ押し寄せ、EU各国が対策をこまねいていた時期にあたる。離脱を望む人々の願いとして「EU各国間での難民の共同救済はイヤ」「雇用を守るため、EUからの自由なヒトの流入はイヤ」という声も大きかった。

新型コロナウイルスの蔓延という予想外の事態が起きているとはいえ、ブレグジットの完全実施からわずか9カ月で、自分たちの生活を支える働き手が足りなくなるようなことが起こってしまった。

EU出身の運転手にとって、今や英国は良い働き場所ではないという。

通貨英ポンドは、度重なる交渉のもつれもあって、対ユーロのレートは低いままだ。加えて、来年からは英国―EU間の通関検査が本格導入されるため、手続きはより複雑になると見込まれている。運転手は時間給ではなく、運んだ距離によって報酬を得ることも多いが、そうなると遅れが予想される通関検査を伴う英国出入りの輸送を避ける動きが出るのも当然といえよう。

こうなると、未来に起こり得る問題への見通しや深い思慮もなく、他国出身者を追い出しにかかった英国人の選択こそが「自業自得」であるようにも見える。

英国が運転手不足にあえぐ状況について、筆者の知人である40代のドイツ人男性は「ポンドが安い、コロナも収まらない。そんなところへ出稼ぎに来いというほうが無理だ」と英国政府の無茶振りを断罪している。

■政府試算は4700人、業界団体は「3万人は足りない」

運転手不足は、EU国民が英国内で就労するハードルを上げたこと以外に、コロナ感染の拡大で運転免許試験場での「大型車免許の新規資格取得試験」が大幅に延期され、新たな出願者の免許取得機会が奪われたという別の事情もある。

トラック運転手業界団体の幹部は「臨時就労ビザへの期待はほとんどない」と断言する。「よほど良い待遇でも与えれば、英国に行こうと言ってくれる運転手がいるかもしれない。しかし、たかだか数カ月間のちょっと良い待遇の仕事のために、そこそこもらえている今の仕事を辞めますか? クリスマスまでの2カ月間だけ働けとは虫が良すぎる」と政府の考え方を批判する。

政府はトラック運転手の補充人数を4700人と試算、これに近い数の人材を投入すれば当面の流通危機は回避できるというが、業界団体は「運転手の不足数は少なくとも3万人、多く見積もったら10万人」と事態の深刻さを警告する。英国商工会議所も、臨時就労ビザ発給政策について「わずかな水を焚き火にかけるようなもの」と、まったく機能しないのではないかとの絶望感を示している。

■47%が「欲しいものが買えない」異常事態

そんな中、英政府は国民に対して、モノ不足に対する実態調査を行った。その程度がどうか、ということより、先進国の名誉を誇る英国がこうしたアンケートを実施すること自体、状況の深刻さを物語っている。回答としては次のようなものが挙げられている。

「モノ不足」の実態(英国家統計局ONS、10月22日発表)
・いずれかの必要不可欠な食品が買えなかった……16%
・ガソリン不足で給油できなかった……25%
・いずれかの嗜好品(食品)が買えなかった……23%
・欲しいものが買えなかった……47%

さらに、「店舗の品揃えのバラエティーが減ったと感じる」が43%、「欲しいものがなかったので、代替品を探したがそれもなかった」が21%など、物流遅滞のキズが深まっていることを示す格好となっている。

筆者撮影
運転手不足の問題は、ドラッグストアの物流にまで影響をおよぼしている - 筆者撮影

運転手不足の影響はガソリンスタンドだけではなく、他の業界にも広がる兆しを見せている。最も懸念されているのは、スーパーなどへの食品流通に支障が出ることだ。

英国の店舗数では最大の規模を誇るスーパー大手、テスコ(Tesco)は運転手不足問題が起きるや否や、政府に対し「この問題に対応しない限り、クリスマスまでにパニックのような買い占めが起こる」と警告した。

■ようやく再開するサービス業や旅行業に打撃

ただ、物価は確実に上昇している。

運転手不足が顕在化して以降、インフレ率統計はまだ発表されていないが、コロナ禍からの経済復活もあり、9月から10月にかけて、数値的には想像以上の物価上昇が起きた可能性がある。特にガソリン代そのものが上がっており、これが物価全体を押し上げる結果につながると予想されており、第4四半期(10〜12月)には前年同期と比べ4%増。さらに遠くない時期に5%に達するとの見方さえ生まれている。

目下のところ、コロナ禍から完全に脱していない英国が、ブレグジットによるEUからの完全離脱をしてから、経済フル回転の状況には一度も達していない格好となっている。英国のもう一つの産業の軸であるサービス業、ことに旅行業界や飲食業界が本格的に動くとなると、これらもEUからの若年層出稼ぎ者に支えられていたところが多い。今回の石油不足問題のように、英国のサービス業界が極端な人手不足に苛まれる懸念も予想できよう。

むやみに移民に頼っては、そもそものブレグジットの意味が損われる。英政府は引き続き難しい舵取りが求められそうだ。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)