悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、苦手な人との付き合いに悩む人へのビジネス書です。

■今回のお悩み

「苦手な人とうまくやる方法」(32歳男性/サービス関連)



苦手な人との関係性については、これまでにも何度か取り上げてきました。そんなところからもわかるとおり、「苦手な人といかにうまくやるか」はビジネスパーソンにとっての普遍的な悩みであるといえるでしょう。

「どちらが正しく、どちらが間違っているか」とか、「好きか嫌いか」ということ以前に、人が人である以上は噛み合わない部分が出てきても当然だからです。一対一の関係だったはずが、いつしか周囲を巻き込んでしまったりすることもありますし、なにかと厄介ですよね。

しかも対面のコミュニケーションでさえ難しいのに、昨今のリモートワークであれば、なおさら面倒なことになるかもしれません。なにしろオンライン上では、相手のちょっとした表情の変化などを確認しづらいのですから。

とはいえ、どれだけ嫌な思いをしようとも、「今後、苦手な人とはつきあわない」というわけにはいかないのが社会人のつらいところ。

そのためどうすることもできず、ましてや人にも相談するわけにもいかず、結果的にはひとりでストレスを抱え込んでいるという方もいらっしゃるかもしれません。

とはいえ、それではなにも解決しません。そこがつらいところではありますが、仮に「解決しない」ということが覆せない事実だったとしても、いまより楽になる方法はなにか必ずあるはず。したがって、その方法をなんとか見つけ出したいところです。

そこで今回はそのような観点から、それぞれタイプの異なる3冊の本をチョイスしてみました。

○「苦手は苦手でよい」と認める

『「対人関係療法」の精神科医が教える 「苦手な人」とのつき合いがラクになる本』(水島広子 著、大和出版)の著者は、「対人関係療法」という精神療法(うつ病などに対する効果が科学的に実証されている治療法)を専門とする精神科医。

『「対人関係療法」の精神科医が教える 「苦手な人」とのつき合いがラクになる本』(水島広子 著、大和出版)


多くの患者さんを治療してきた結果、人と人との関係が、人を病気にするほどのストレスをもたらすことを実感してきたのだといいます。

しかし、もうひとつ注目すべきは、その関係をうまくコントロールできるようになると、病気が治るほどの効果を発揮すると主張していること。それは、「ある人との間のストレスがなくなった」ということに加え、「自分自身には力がある」という感覚が身につくからなのだそうです。

「自分自身には力がある」というのは、自分がただ対人関係にふりまわされるだけの無力な存在ではなく、実際に状況を改善したり、そのために人の力を借りたりすることもできるし、状況が変わらない場合でも、「まあ、大丈夫」と思えるという感覚です。

本書もそのような「効果」を目指しています。

(「はじめに のびのびと人づき合いしたいあなたへ」より)

たとえば著者は、「あの人は苦手だ」と感じていることの裏側にはさまざまな事情があるものだと指摘しています。なにかしらの事情によって「コントロールできない感じ」を持っているからこそ、そこから「苦手だ」という緩徐いうが生まれるということ。

それは否定しようのない現実で、どうにもできないことでもあるでしょう。だからこそ、自分の感情を認めてしまうことが大切。

「苦手意識を持っている自分」について「コントロールできない感じ」を減らすためには、「苦手は苦手でよい」と認めることが必要です。(71ページより)

もちろんそれは、最終的な結論ではないはずです。けれども、楽につきあえるようになれば、気持ちの重さが変化することは事実。そこで、まずは「とりあえず現在、苦手意識を持っている自分がこれでよいのだ」と認めるところから始めるべきだというのです。

いいかえれば、まずは「苦手意識を持っている自分」のなかの「コントロールできない感じ」から手放していこうということ。それは「孤立して生きていこう」ということでも、「苦手な人がいたほうがよい」という意味でもないそうです。

人間関係についての価値観の話ではなく、「現実を受け入れる」ということなのです。そのためには「コントロールできない感じ」から抜け出す必要があり、具体的には「まあ、なんとかなるだろう」と思うことから始めるべきだというわけです。

たしかにそんなところからスタートすれば、以後のプロセスも楽になっていくかもしれません。

○怒りは怒っている人の問題と知る

ところで、苦手な人を苦手だと感じることにも、これまたいろいろな理由があるはず。一例を挙げれば、「怒り」という感情が関わっているケースも多いのではないでしょうか?

相手に対してこちらが怒りを感じることだってあるでしょうし、相手がこちらに怒りをぶつけてくるからこそ、関係がギクシャクするというケースも考えられます。

また、なんらかの怒りが介在している場合、「どちらが悪いか」という問題が気になってしまいがちでもあります。そういう意味でも、いろいろ面倒なことになってしまうわけです。

この厄介な「怒り」の感情について、『苦手な人が気にならなくなる本』(山粼洋実 著、日経BP)の著者は、「怒りの原因は相手のせいでも環境のせいでもない」と主張しています。怒りは「自分で決めている」のだと。

『苦手な人が気にならなくなる本』(山粼洋実 著、日経BP)


つまり同じ状況であっても、「怒る場合」と「怒らずにいられる場合」があるということ。また、怒ってしまう人もいれば、怒らずにいられる人もいることでしょう。

相手が怒っているのは、あなたが相手を怒らせているのではなく、相手があなたの言動や行動に"勝手に"反応して怒っているのです。単純に機嫌が悪くて八つ当たりをしているときだってあります。

怒っているのは相手の問題。この「区別」ができるようになると、周りからのネガティブな影響を受けにくくなります。(131ページより)

相手の怒りの理由を突き止め、それを認めたうえで、自分の考え方を伝える。そうするだけでも、自分の反応や感じ方を変えることができるようになるということ。

そういう意味では、冷静さが不可欠ですね。

○「嫌い」をユーモアで包む

ところで「苦手」の裏側には、多少なりとも「嫌い」という感情があるはず。だとすれば、そこには主観が介在していることになります。つまり、客観的ではない可能性も否定できないということです。

そこで、視野を広げるため参考にしたいのが、『それ、勝手な決めつけかもよ? だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(阿部広太郎 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

『それ、勝手な決めつけかもよ? だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(阿部広太郎 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)


著者はコピーライターであり、数々のワークショップで話してもいる人物です。つまり本書は、人間関係についての本ではありません。しかし「解釈」することの意義を訴えるなかで、「好き」と「嫌い」についても触れており、それが一般的な人間関係にも役立ちそうなのです。

とくに注目すべきは、コピーライター養成講座のワークショップから導き出された結果に基づく、「『嫌い』という感情の取りあつかいには気をつけたい」という主張。

「粗探しをする人」「傲慢な人」「自慢話ばかりする人」など、ダイレクトな表現で「嫌い」を表現する人が多かった。人は、好きよりも嫌いなことを言う方が饒舌になるし、歯止めがきかなくなるのだと思う。悪口で盛り上がることも、だれしも一度は経験したことがあるのではないだろうか。

だからこそ、オブラートに包むことを心がけたい。(73ページより)

それは、ユーモアに包むことだと考えているのだとか。つまり、"やわらかく包む"わけです。

「嫌いだ」というどす黒い感情は、放置しておくと炎症が広がっていくし、抱えていると支配されてしまう。棘をつくり心の中を転がり出してチクチクするし、考えたくもないのに気になってしまう。そういう時こそ「嫌い」を見つめよう。(74ページより)

「こんな人がいてね」と身近な人にユーモラスに伝えることができれば、共感が生まれてもっと楽になれるかもしれないという考え方。

でも、少なくとも今回のご相談に関しては、必ずしも人に伝える必要はないかもしれません。自分のなかで苦手な相手をユーモアに包んでしまうだけでも、気持ちは楽になるに違いないからです。

印南敦史 作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちPHP研究所より文庫化)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)、『読書に学んだライフハック――「仕事」「生活」「心」人生の質を高める25の習慣』(サンガ)、『それはきっと必要ない: 年間500本書評を書く人の「捨てる」技術』(誠文堂新光社)ほか著書多数。最新刊は『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)。 この著者の記事一覧はこちら