「営業利益率54%」キーエンスに株主反発のわけ
高収益で知られるキーエンスだが、配当など株主還元策をめぐっては投資家の不満も強い(撮影:尾形文繁)
「合理的な会社なのに、合理的な説明が聞こえてこない」
今年7月、外資系機関投資家のアナリストが長年の不満を訴えた。矛先は高収益・高年収企業として知られるキーエンスだ。
6月に行われたキーエンスの株主総会の結果は、今年も会社側にとって厳しい数字となった。第1号議案「剰余金の処分」の賛成票は68.85%、第2号議案の「取締役9名の選任」も、創業者で取締役名誉会長の滝崎武光氏への賛成が71.06%にとどまった。現社長の山本晃則氏への賛成も84.32%で、賛成票が9割強であることが一般的な日本企業と比べても、株主の支持が低い結果となった。
複数の機関投資家によれば、議決権行使助言会社大手のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)がこれらの議案に反対推奨したことが影響したようだ。
高収益なのに、あまりに低い配当性向
キーエンスはFA(ファクトリーオートメーション)に関わるセンサーや画像処理システムを手がける企業だ。FAとは工場の生産工程を自動化するために導入するシステムのことだ。2019年4〜6月期の純利益こそ9年ぶりの減益となったが、工場の自動化需要が旺盛なこともあり、同社の業績は堅調に推移している。
経済産業省の企業活動基本調査によると、製造業の売上高営業利益率は5.5%(2017年度実績)。それに対し、キーエンスの2019年3月期(2018年度)の決算は売上高5870億円、営業利益3178億円で、営業利益率54%と製造業と思えない数字を誇る。
平均年収は2100万円で、それを支えているのはまさにこの高い収益力にある。高収益の秘密は工場を持たないファブレス経営や製品の研究開発力、データに基づく合理性を極めた直営営業や社風にある。多くの機関投資家は「ビジネスモデルや事業の執行力はパーフェクト」だと口をそろえる。
にもかかわらず、株主総会の議決において多くの反対が出るのは、配当をはじめとした株主還元策を不十分だとみる投資家が多いためだ。2019年3月期の配当は年間200円。1株利益は1864円で、3割配当がスタンダードになりつつある配当性向は約10%にすぎない。
キーエンスのバランスシートを確認すると、連結自己資本比率は94.4%、利益剰余金は2019年6月20日時点で1兆5585億円に積み上がっている。現預金だけで4348億円を保有しており、複数の機関投資家は「資本の使い道も不明で、こんなに貯める意味が理解できない」と不満を漏らす。
キーエンスに対する株主側の不満は今になって始まったことではない。「すでに10年以上、多くの機関投資家が(配当政策に)反対を貫いてきた」(信託会社ファンドマネジャー)というのだ。臨時報告書として株主総会の議決権行使割合が公表されるようになった2011年以降の12回の総会のうち、2018年を除く11回で剰余金処分案への賛成が7割を下回っていた。
直近5年間は配当を6.6倍に増やすが・・・
会社側も株主の「不満」を理解している。キーエンス経営情報室長の木村圭一取締役は「(2014年3月期の60円から2019年3月期の200円まで、2017年1月に株式1株を2株に分割)直近5年間で配当を6.6倍に増配している。また、(キャピタルゲインと配当の合計を株価で割った)TSR(株主総利回り)は5年間で343%、10年間で773%とTOPIX平均のそれぞれ145%、214%を大幅に上回った」と強調する。
実際、ボストンコンサルティンググループが出している「2019企業価値創造に優れた大型企業ランキングTOP50」では、(2014年からの)5年間のTSRは世界第28位となっている。木村氏は「世界的に株主リターンが高い企業だと評価されており、今後もリターンの最大化を図っていきたい」と話す。
ただ、日系機関投資家のあるアナリストは「株式市場で平均的な配当性向に基づく株主還元策などを行っていれば、株価はより高くなり、もっと利益を出せていたはず」と主張する。「ファブレスで大規模な工場建設などの投資はないはず。剰余金の規模から考えても自社株買いや株式分割などの施策があるべきでは」(複数の外資系機関投資家)など、反対する株主に共通するのは株価が本来もっと上昇しているはずだという考えだ。
これらの意見に対し、キーエンスは「事業環境が大きく変化するグローバル経済において、短期的な資金対応ではなく、中長期的な業績拡大のための判断が企業価値の最大化につながる」(木村氏)と株主に理解を求める。
過去には消極的だった株主やアナリストとの対話の機会を増やしている。実際、「昔と比べれば会社側の考えを理解できるようになり、意見を交換しやすくなった」(外資系機関投資家)との声も出ている。
木村氏は「キーエンスは付加価値の創造こそが企業の存在意義であると考えてきた。付加価値を創造する企業としてグローバルでさらに大きく成長するために、ファブレスによるFA事業にとらわれることなく、機会を捉えながら、M&Aも含めた成長投資を積極的に行っていきたい」と、柔軟に事業を変えていくための資金が必要だと強調する。
キーエンスのあり方が日本市場に影響する
その言葉どおり、キーエンスは今年、金融、小売り、ECなど業種を問わず、利用顧客が持つデータを分析してマーケティングや営業、製品開発などを効率化するソフトウェアの販売を開始。データを読み込むだけで改善したいビジネス課題に対して有効な施策を提示して業務をサポートするシステムだ。
それでも機関投資家が反対の意思表示を繰り返すのは、会社側の説明に納得できないからだ。また、会社側との対話が増えるようになったとはいえ、「長期での経営方針や事業の状況についての説明がいまだ不十分ではある」との声も根強い。
一般的に機関投資家は顧客から資産を預かり、それを元に運用を行って収益を得る。顧客に対する説明責任があるため、株主総会への議決権行使に際しては一定の基準をもっていることが多い。「(キーエンスは)高収益企業で投資対象として文句はないが、還元など株主への対応は顧客にきちんと説明できない以上、反対の態度を表明せざるをえない」(前出の外資系機関投資家)。
キーエンスの時価総額は9月9日時点で約7.9兆円。ソニーに次ぐ大きさで、ソフトバンクや三菱UFJフィナンシャル・グループ、ファーストリテイリングを上回る。海外投資家からの注目度も極めて高く、「キーエンスのあり方は日本市場の魅力にも影響する」(外資系ファンドマネージャー)。キーエンスの株主還元策は日本株投資に大きな影響を与えそうだ。