日本財団職親プロジェクトでの小澤輝真社長(写真:北洋建設提供)

日本は治安がいい国か、悪い国かと聞かれたら、お読みの方のほぼすべてが、治安がいいと答えるのではないでしょうか。実際、2018年度の『犯罪白書』によると、2017年に検挙された人の数(刑法犯)は、過去最低の21万5003人。発生率も同様に戦後最低を更新し続けています。

世界経済フォーラムが2018年に公表した「世界競争力報告」でも、日本は安全な国トップ10に入っており、この国の治安のよさは世界に誇れる特長の1つと言えるでしょう。

さまざまなデータが「安心・安全な国」を裏付けるなか、しかし過去最悪を更新し続けている数字があります。それが検挙者に占める再犯者の割合「再犯者率」です。2017年の検挙者のうち、再犯者は10万4774人で、再犯者率は48.7%。検挙者のおよそ2人に1人が再犯者である計算です。

筆者が代表取締役を務める北洋建設では、創業以来500人超の元受刑者を雇用してきましたが、なぜ、再犯者率が年々上昇を続けているのか。私はその原因が出所後の就労状況にあると考えています。拙著『余命3年 社長の夢』から、具体的に紹介しましょう。

出所時の所持金は数万円しかない

2018年度の『再犯防止推進白書』によると、2017年の再犯者の72.2%が逮捕時には無職でした。加えて、2013〜2017年の5年間で、保護観察終了時に仕事についていなかった人の再犯率は25.2%、仕事についていた人の再犯率は7.8%でおよそ3倍です。

元受刑者たちには、出所後、大きな困難が待ち受けています。まずは、お金の問題。刑務所では刑務作業という就労の機会がありますが、時給は最大で約40円ときわめて安く設定されています。もっともこれは、海外の格安製品におされて、企業からの刑務作業の依頼が激減しているという事情もあるようです。そのため、出所時にたいていの元受刑者の手元にある現金は数万円程度です。そのなけなしのお金も、数日分の飲食と宿泊費に消えていきます。

次に、住居の問題です。元受刑者のなかには、周囲の目を気にして、元住んでいた場所に戻りづらいという人は少なくありません。悪い仲間たちがいるから戻りたくないという心情もあります。ですが、家を借りるようなお金がないことは先ほど述べたとおりです。

仮出所者には更生保護、満期出所者には更生緊急保護という、宿泊場所等を一定期間提供することによって社会復帰を助けるための制度がありますが、とくに後者は全員が利用できるわけではなく、決して十分なものではありません。

そのようなお金も住むところもない状態では、早々に生活に行き詰まってしまうでしょう。そうすると、再び犯罪に手を染めやすくなります。三度の食事と雨風をしのげる場所を求めて、あえて微罪を犯して刑務所に戻るケースも多いそうです。つまり、再犯は、このように構造的な問題です。

多くの出所者が仕事を得られない

このとき、仕事があればどうなるでしょうか。稼ぎがあれば、生活の基盤ができて、住む場所も持てるようになります。元受刑者に仕事の機会を与えることは、最高の再犯防止策なのです。

しかし、現実は、多くの元受刑者が仕事を得られません。2017年の出所者数は、2万3068人、そのうち官民の就労支援を受けた人は1〜2%にとどまります。その最大の理由は、多くの会社が元受刑者を受け入れることを拒んでいるからです。「本当に真面目に仕事をするのだろうか」「お客様や社員に対してまた悪さをするんじゃないか」。そういったことを懸念するのでしょう。

その結果「出所して3カ月間ハローワークに通っても、2件しか求人がなかった」「半年間、職を探したけれども面接すらしてもらえなかった」。こうした声を当社に来る元受刑者たちから聞く機会は少なくありません。

そうした環境を変えようと、前述のように元受刑者たちを積極的に雇用してきました。ただし、これは、ボランティア活動ではありません。元受刑者は、真面目にやり直したいのに、その機会が得られず、困っている。

そして、やる気があって、真剣に頑張りたいと思っている人が少なくありません。会社はそうしたやる気がある人を必要としているから、積極的に雇っているのです。あとがない人たちが発揮する力は本当にすごいものがあります。もちろん社会的な意義のある活動だと思っていますが、それだけではありません。

雇用にあたっては、さまざまな工夫が必要です。まずはお給料。たいていの会社は、お給料は1カ月働いてから払いますが、それだと、その1カ月の間、使えるお金がないため、彼らは生活に困ります。それが犯罪を誘発しかねません。


北洋建設の従業員募集のポスター(画像:北洋建設提供)

そこで、北洋建設では、毎日2000円を給料から前払いしています。1日3食つきの寮があるので、食事以外に2000円を使えるのです。残りのお金は給料日に支払います。使えるお金があることは安心感を生み、それが再犯防止につながっていきます。

このときお金は2000円札で渡しています。2000円札は珍しいから使うとき、顔を覚えられやすい。顔を覚えられると悪いことをしづらくなります。毎日、私が社員たちに2000円札を渡します。直接渡すのは、使うとき、社長の顔を思い出してほしいという思いもあります。

寮もとても大切です。出所したりして、家を借りることができない社員には最初は寮に入ってもらうことにしています。3食つきというのもポイントで、やはりおなかが満たされると、心が穏やかになります。風呂もあり、ゆっくり眠ることのできる場所は、再犯防止にとってすごく重要です。

「過去」をオープンにできる居心地のよさ

同じくらい大切なのが、寮を含めた会社の雰囲気。お金や食事、住むところが保証されても、雰囲気が悪ければ、居づらくなってしまいます。具体的には、元受刑者には「過去」をオープンにするよう徹底してもらっています。こうしていると余計な詮索が起こりません。事実を隠そうとするとウソをつくことになります。すると、ウソにウソを上塗りし、信頼関係をつくることができなくなり、それが退職リスクにつながります。

さらにオープンにすることを前提にして受け入れれば、その人がどういう人かは日々の暮らしぶりや仕事ぶりだけで判断されます。受け入れてもらうには、今を真面目に、真剣に生きさえすればいいわけです。

元受刑者が入社すると、当日か翌日の夜に有志たちで歓迎会を開きます。歓迎会では先輩たちが「実は、俺はな」と話してくれます。そうするとお酒の力も手伝い、自己開示をしやすくなる。その後も、皆で食事をしたり、飲んだりする機会を多くつくって、愚痴や心配事があれば気軽に言えるような関係をつくるようにしています。だから安心感が生まれるのだと思います。

実は、日本の元受刑者の更生保護は、こうしたやり方とは真逆のアプローチで行われてきました。犯罪歴を隠すのです。出所者のうち1〜2%しか就労支援を受けていないと書きましたが、おそらく残りの98〜99%の人は、罪を隠したまま、職探しをしているのだと思います。そして、運よく働き口を見つけたとしても、過去を隠したままでいるのでしょう。


保護観察所の所長と出所者との交流を描いた、吉村昭さんの『見えない橋』という小説があります。この保護観察所の所長は、出所者であることを周囲に知らせない形で支援を続けます。

こうした罪を隠す「見えない橋の精神」に基づいた支援のあり方は、後日、犯罪歴があることがばれて、会社をクビになるという事態も招きかねませんし、なによりも元受刑者たちに無理とウソを重ねさせることになります。

一方、犯した罪をオープンにして、それを背負いながら真摯に生きれば、1週間もすれば詮索する人はいなくなります。あとは自分の行動だけで判断されます。

よく言われるように、過去は変えられないけれど、未来は変えられるのです。だから、私は受刑者をウソでしばることのない環境で、更生を進めるべきだと考えています。それによって、社会全体の意識も変わっていくと信じています。必要なのは「見える橋の精神」です。

それでも8割の人たちが辞めてしまう

このようにさまざまな工夫をして元受刑者を受け入れても、当社では8割が辞めていくという厳しい現実があります。入社早々に姿を消す人も少なくありません。それでも残りの2割の人が仕事を通じて更生をしていく姿を見るのは、何にも代えがたい幸せです。再犯の防止は、未来の被害者を減らすことにもつながります。

私は難病を患い余命3年と宣告されていますが、残された時間のなかで、少しでも自社の定着率を上げ、同時にこうしたメッセージを伝えることで、出所した人が皆、仕事に就くことができ、それによって更生が進み、再犯者率がゼロになる。そうした社会が実現するよう力を尽くします。