本記事は、FICC代表取締役社長を務める、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。◆ ◆ ◆ブランドパーパスがビジネスに大きなインパクトを与えるという考え方は、徐々に受け入れられつつあります。マーケティング活動の成果や強いチームの結束などという形で、その効果を直接体験したという主張も、もはや珍しいことではありません。社会的にポジティブな変化がビジネスの成長を加速させるという可能性は、マーケターに大きな期待感を与えます。それは私たちの仕事により広い社会的な側面を与え、意義を感じさせてくれるものです。ジムステンゲル氏の『GROW』が出版された2015年から、たった4年でカンヌを席巻するほど、ブランドパーパスがマーケターの間で人気のコンセプトになったのも不思議ではありません。ブランドパーパスの幅広い可能性に目を向けるにあたって、そのインパクトを測定する明確な方法が必要になります。従来の調査方法では、パーパスに対する熱意や、ビジネスにおける費用対効果などを指し示すことはできません。従業員、消費者、そして社会というあらゆるレベルに影響を及ぼすブランドパーパスの計測は決して簡単なものはないはずです。

 

 

しかし、複雑であるということは言い訳にはなりません。私たちはブランドとそのビジネスを社会にとってより良い形にする機会を享受していますが、それには活動を測定し改善するという責任が伴います。その重要性から、ブランドパーパスのインパクトを測定する方法は急速に確立されていくはずです。先ずはインパクトの対象となる従業員、消費者、社会という対象毎にどのようなアプローチがあるのかを考えてみましょう。

従業員へのインパクトを測定する

ブランドパーパスのインパクトは組織内から始まります。パーパスから得られるメリットの中でも、チームの結束は最も目に見え、価値のあるものです。アンケートによって社内エンゲージメントを測るツールなどで、ブランドの一部であることに対する従業員の熱意を理解することはできません。そのためには、1 on 1などの対面のミーティングが欠かせません。しかし、ほとんどの組織では自らの活動を正当化し、改善するために何らかの量的指標が必要となります。ブランドへのエンゲージメントを測定する基準は数多くありますが、中でも最も適切なのがブランドアイデンティフィケーション(ブランドとの同一化)であると思います。次の項目に従い、5段階のスケールなどで評価を行うことにより、従業員がどれほどブランド自身のアイデンティティーと同一化しているかを測定し、改善すべき点を理解することができます。ブランドとの同一化 ブランドや組織の成功を自分の成功のように感じますか? 他の人がブランドや組織についてどう思うか興味がありますか? 誰かがブランドや組織を褒めた時、自分が褒められているように感じますか? ブランドや組織を「私たち」と「彼ら」のどちらで呼びますか? ブランドや組織が批判されると自分が侮辱されたように感じますか?現在のアイデンティティ 自分を表現する上で、ブランドや組織はどれほど重要ですか?理想のアイデンティティ ブランドや組織はどれほどなりたい自分に近づいていると感じさせてくれますか?有意義さ ブランドや組織はどれほど自分の人生に意義を与えてくれていると感じますか?アチチュード(態度)の強さ ブランドや組織のことを考える頻度はどれくらいですか?

消費者へのインパクトを測定する

ブランドアイデンティフィケーションに関する調査は消費者へのインパクトの測定にも活用することができます。しかし、その結果から個別の活動を評価し改善することはできません。消費者の心理的変化を管理するためには、パーセプションフロー・モデルが有効な手法です。消費者行動の各段階における購買への影響を評価し、購入や再購入の段階を軸にROIに基づいて段階ごとのKPIを定義することができます。下にブランドパーパスの消費者へのインパクトを示したパーセプションフロー・モデルのテンプレートを用意しました。消費者が自分にとって重要な社会的問題に気付くことから始まり、その問題に共に取り組むブランドと同一化するプロセスを描いています。

 

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ジム・ステンゲル氏曰く、「ブランドパーパスはビジネスそのもの」であるべきです。私たちは消費者へのインパクトを測定し、そのROIを示すことで、マーケティングへ投資を正当化しなければなりません。私は今のところパーセプションフロー・モデルを用いたインパクトの測定が最も現実的な方法だと思います。

社会へのインパクトを測定する

ブランドパーパスの最も重要な側面はその社会へのインパクトです。ブランドパーパスに基づいた活動は、個人や社会全体に目に見える改善をもたらし、信頼できるものであるべきです。ブランドはそのオーセンティシティ(真正性)だけでなく、実際のインパクトも証明しなければなりません。ブランドパーパスに基づいた活動はそれぞれ異なる目的を持っているため、あらゆるケースに対応する汎用的なソリューションは存在しません。また、ブランドの活動に対する社会的な価値は、常に主観的判断に左右されます。しかし、その社会的インパクトを証明できなければ、ブランドはいずれ従業員と消費者からの支援を失うことになります。非営利団体への助成金の給付などに活用されるSROI(社会的投資収益率)フレームワークはブランドパーパスの社会的インパクトを測定するためにも活用できるものだと思います。このフレームワークでは、生み出された「アウトカム(成果)」や人々の生活の改善に対する経済的価値を定義することで、活動の社会的価値を算出します。こうしたアウトカムに絶対的な評価指標はないため、その経済的な価値を指し示すには代わりの「プロキシ(基準値)」を設けなければなりません。こうした代替の基準値はブランドが独自に定義するのではなく、実際にその社会的問題に直面している人々の視点から調査を行うべきです。

 

 

デッドウェイト(死荷重)は、特に何もせずにもいずれは発生していたアウトカムの価値を指します。ディスプレースメント(置換)は、活動の結果として生まれた他者に賦与されたコストのことです。これらをアウトカムの合計から差し引くことで、本当の社会へのインパクトを明らかにすることができます。[社会へのインパクト] = [アウトカムの合計] - [デッドウェイト及びディスプレースメント]ブランドパーパスの測定はまだ黎明期にあり、今後マーケティングのROIを改善し、収益を生み出すポテンシャルは大いに存在します。ブランドパーパスは間違いなく21世紀のブランドの原動力となるものです。より多くのブランドがそのパーパスを追求し、ビジネスを成長させるためには、私たちが確実な測定方法を確立しなければならないのです。Written by 荻野英希Photo by Shutterstock