なぜ「真面目」で「家族思い」のアメリカ白人労働者たちはトランプを熱烈に支持するのか?
データで捉えられなかった動き――。
2016年のアメリカ大統領選挙は、不動産王ドナルド・トランプの勝利に終わったが、多くの知識階層やメディアは彼の勢いを見抜くことはできなかった。ビッグデータでさえも、だ。
なぜトランプは勝利したのか。その原動力に白人労働者たちの存在があったことは、多くの人が知っているだろう。
その白人労働者たちにはさまざまな呼び名がある。
例えば「ヒルビリー」(田舎者)や「ホワイト・トラッシュ」(白いゴミ)、「プア・ホワイト」(貧しい白人)、「レッドネック」(野外労働者)などだ。すでに気付いている人もいるだろう。これらの呼び名は蔑称である。
彼らは、強国・アメリカの中で、いわば置き去りにされた存在だった。その歴史の中で彼らが主役になることはなかったのだ。
そんな存在が突如、主役になり、喧騒の中で静かに国を動かした。
彼らは一体どんな存在なのか? 何を考えているのか?
カリフォルニア大学ヘイスティングズ校のジョーン・C・ウィリアムズ氏が執筆した『アメリカを動かす「ホワイト・ワーキング・クラス」という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える"真・中間層"の実体』(山田美明、井上大剛翻訳、集英社刊)は、彼らの生活、文化、行動様式、教育、ネットワークなどを分析しながら、“真の中間層”たる「ワーキング・クラス」の実体を暴き出している。
では、「ホワイト・ワーキング・クラス」とは一体どんな人たちなのか。その特徴をいくつか箇条書きでまとめていこう。
・かつてアメリカの製造業を支えたブルーワーカーで、一つの企業で真面目に勤め上げ、家族を養うことを美徳としてきた白人労働者である。
・著者の定義では、真の意味での中流階級で、富裕層でも貧困層でもないアメリカ人を、家計所得分布の下位30%より上で、上位20%より下の世帯が当てはまる。2015年の年間所得のデータから言うと、4万1005ドルから13万1962ドルの間の人が当てはまる。
・仕事は高度に管理され、厳密に定められており、たいてい同じことの繰り返しで単調になりやすく、心理的につらい。男性の仕事は肉体的にきついものもあり(一部の女性の仕事にもあてはまる)、女性の仕事は精神的にきつい傾向にある。
・ワーキング・クラスの仕事には、社交的なスキルよりも技術的なスキルを要求されるものが多く、他人の心を動かす能力よりも自分が持つ技術に誇りを持っている。また、仕事の内容そのものに誇りを感じるのではなく、仕事をしてこれだけのものを手に入れた、これだけの家族を養っているという事実を誇る。
・道徳性を重視するワーキング・クラスの白人たちは、有色人種は道徳性に欠けると見なしている。そして、アフリカ系アメリカ人と生活難を安易に結び付けすぎているところがある。無論、これは人種差別でありそこに弁解の余地はない。
これだけでもトランプ大統領誕生の原動力となった存在の正体の断片が見えてくるだろう。
本を読めば読むほどに、真面目で「家族を大事にする」という伝統的な価値観を持つ誠実な労働者白人像が見えてくる。
ほかにも教育(学歴)や人間関係のネットワークにも際立った特徴が見られる。外に出て浅いネットワークを広げようとするエリートと、土地に裏打ちされた内向きの深いネットワークを形成しようとするワーキング・クラスたちの姿は対極的だ。
エリートたちは彼らを軽視し続けてきた。その怒りが、トランプ大統領を生んだのであれば、大統領就任から今に至るまでの迷走においても、おそらくワーキング・クラスたちによるトランプ大統領への信頼は揺るぎにくいだろう。
本書を解説しているアメリカ研究者の渡辺靖氏は次のように述べている。
彼らにとって、トランプの勝利はポピュリズム=反権威主義、反エリート主義の象徴だった。トランプはしばしば彼らのことを「忘れられた人びと(forgetten people)」と呼ぶが、ワシントン(=既成政治)に失望していた有権者を再び政治回路の中に引き戻した点は、ある意味、米国の民主主義が健全に機能していることの証左とも言える。
(P232-233より)
本書を読んで、日本の状況に思いを張り巡らすだろう。
もちろん、異なる国なのだから状況は違うし、そう簡単に比較することはできない。それでも、本書を通してアメリカで起きていることが「対岸の火事」として捉えられなくなるのも事実だ。
(新刊JP編集部)
【関連記事】
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2016年のアメリカ大統領選挙は、不動産王ドナルド・トランプの勝利に終わったが、多くの知識階層やメディアは彼の勢いを見抜くことはできなかった。ビッグデータでさえも、だ。
なぜトランプは勝利したのか。その原動力に白人労働者たちの存在があったことは、多くの人が知っているだろう。
その白人労働者たちにはさまざまな呼び名がある。
例えば「ヒルビリー」(田舎者)や「ホワイト・トラッシュ」(白いゴミ)、「プア・ホワイト」(貧しい白人)、「レッドネック」(野外労働者)などだ。すでに気付いている人もいるだろう。これらの呼び名は蔑称である。
そんな存在が突如、主役になり、喧騒の中で静かに国を動かした。
彼らは一体どんな存在なのか? 何を考えているのか?
カリフォルニア大学ヘイスティングズ校のジョーン・C・ウィリアムズ氏が執筆した『アメリカを動かす「ホワイト・ワーキング・クラス」という人々 世界に吹き荒れるポピュリズムを支える"真・中間層"の実体』(山田美明、井上大剛翻訳、集英社刊)は、彼らの生活、文化、行動様式、教育、ネットワークなどを分析しながら、“真の中間層”たる「ワーキング・クラス」の実体を暴き出している。
では、「ホワイト・ワーキング・クラス」とは一体どんな人たちなのか。その特徴をいくつか箇条書きでまとめていこう。
・かつてアメリカの製造業を支えたブルーワーカーで、一つの企業で真面目に勤め上げ、家族を養うことを美徳としてきた白人労働者である。
・著者の定義では、真の意味での中流階級で、富裕層でも貧困層でもないアメリカ人を、家計所得分布の下位30%より上で、上位20%より下の世帯が当てはまる。2015年の年間所得のデータから言うと、4万1005ドルから13万1962ドルの間の人が当てはまる。
・仕事は高度に管理され、厳密に定められており、たいてい同じことの繰り返しで単調になりやすく、心理的につらい。男性の仕事は肉体的にきついものもあり(一部の女性の仕事にもあてはまる)、女性の仕事は精神的にきつい傾向にある。
・ワーキング・クラスの仕事には、社交的なスキルよりも技術的なスキルを要求されるものが多く、他人の心を動かす能力よりも自分が持つ技術に誇りを持っている。また、仕事の内容そのものに誇りを感じるのではなく、仕事をしてこれだけのものを手に入れた、これだけの家族を養っているという事実を誇る。
・道徳性を重視するワーキング・クラスの白人たちは、有色人種は道徳性に欠けると見なしている。そして、アフリカ系アメリカ人と生活難を安易に結び付けすぎているところがある。無論、これは人種差別でありそこに弁解の余地はない。
これだけでもトランプ大統領誕生の原動力となった存在の正体の断片が見えてくるだろう。
本を読めば読むほどに、真面目で「家族を大事にする」という伝統的な価値観を持つ誠実な労働者白人像が見えてくる。
ほかにも教育(学歴)や人間関係のネットワークにも際立った特徴が見られる。外に出て浅いネットワークを広げようとするエリートと、土地に裏打ちされた内向きの深いネットワークを形成しようとするワーキング・クラスたちの姿は対極的だ。
エリートたちは彼らを軽視し続けてきた。その怒りが、トランプ大統領を生んだのであれば、大統領就任から今に至るまでの迷走においても、おそらくワーキング・クラスたちによるトランプ大統領への信頼は揺るぎにくいだろう。
本書を解説しているアメリカ研究者の渡辺靖氏は次のように述べている。
彼らにとって、トランプの勝利はポピュリズム=反権威主義、反エリート主義の象徴だった。トランプはしばしば彼らのことを「忘れられた人びと(forgetten people)」と呼ぶが、ワシントン(=既成政治)に失望していた有権者を再び政治回路の中に引き戻した点は、ある意味、米国の民主主義が健全に機能していることの証左とも言える。
(P232-233より)
本書を読んで、日本の状況に思いを張り巡らすだろう。
もちろん、異なる国なのだから状況は違うし、そう簡単に比較することはできない。それでも、本書を通してアメリカで起きていることが「対岸の火事」として捉えられなくなるのも事実だ。
(新刊JP編集部)
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